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 ほのかに薄暗い店の中で、愉快そうに笑っている高校生と、呆然と立ち尽くす青年が向かい合っていた。


 3月終わりでも、まだまだ肌寒い気温が続いていて、手放しに春を感じさせはしなかったが、例えば道端に咲いている色淡く暖色の花々や、木の芽の膨らみから確実に冬が去っていっていると思われた。

 陽気に誘われ、気晴らしに散歩に出てきただけだったはずなのに、どうしてこんな事態になっているのだろうと、呆然としている青年、阪崎颯太は思った。

 目の前にいるのは、事情があり入ってしまった骨董店の店主らしき高校生。お互い自己紹介もしていないので、名前年齢等不明だが、確実に颯太よりは年下と思われるので、高校生くらいに相違無いだろうと思われる。とても整った顔つきをしているが、格好いいというよりは可愛らしい。しかし、にじみ出る雰囲気からか、絶対に女性には見えない不思議な容姿をしている。色素が薄めの焦茶色の髪と目が、全体を柔らかく見せていた。無造作にそろえられた前髪が、少し長めになっていて、時折邪魔そうにかきあげている。そんな姿も様になっていて、相手が同姓だというのに、時々見惚れる。

 対して颯太はというと、身長が平均より高く180cmは優に超え、更にその上に届くかというくらいの長身であるが、それ以外にたいした特徴も無い、普通の成人男子であった。短髪の黒髪黒目で日本人らしい顔つきに、平均的容姿。強いていえば穏やかな顔つきで、そしてそれに伴った性格をしているせいか、男女ともに友人は多かった。


「さて、と」

 目の前の青年が、微笑みながら声をかけてきた。明らかに楽しんでいる。今の状況と、そして颯太を。声を掛けられた途端、体がびくっと反応して、意識をそちらに向ける。そう言う反応が相手を楽しませるとわかっているのだが、何故かこちらの方が、分が悪い気がする。

 暢気に相手の外見的特長の分析などしている場合ではなかった。今の問題はそこではないのだ。

 『さきほどの颯太の探し物の件と、それに伴う(のかどうか不明だが)求人要請。』

 あの時、目に掠めたものを諦めてさえいれば、こんな自体にはならなかったのかと、多少後悔し始めてきた。

 課題が終わるまでだったでは無いか。多少の睡眠不足さえ我慢して、この店に入らなければ良かったのではないだろうか。どうしてその選択肢を除外してしまったのだろう。いまだ内に残るこの執着心が、恨めしい。

 だがここまで踏み込んでしまったら、もう後には退きたくは無い。

「まず、名前を聞きたいのだけれど、いいですか?」

 目の前の彼が、話を続ける。話しながら、カウンター奥から折りたたみ椅子を出してきて、それを動作で颯太勧める。椅子を開き、カウンターをはさんで反対側、向かい合う形で椅子に腰かけた。

「ああ、そうだね。俺は阪崎颯太。大学…4月から2年生の二十歳」

「二十歳?」

 その質問に、内心どきっとした。嫌なところをついてきたなと颯太は思った。素直に浪人したとか思っていてくれればいいのだが、理由を聞かれ、それを否定した場合の返答に困るなと思う。

 薄暗い店内で、表情が読めるなんてことは無いだろうが、相手が相手なだけに、些細な反応で色々悟られるような気がする。極力顔に出さないようにして、あたりさわりの無い言葉を返す。

「見えない?」

「いや…そんなことは、無いですが」

 良く童顔といわれるからと、弱く笑ってごまかしておいた。そんなことが気になっての反応ではないことは、颯太も重々承知している。が、年齢の違和感については、あまり突っ込まれたくない話だ。別に後ろめたいところは何も無いのだが、その件で人に責められるような視線を多々感じたせいか、嫌な過去として認識してしまっている。あまりおおっぴらにはしたくない。

 相手はまだ何か言いたげではあったが、聞かれる前にこちらからの質問を投げた。

「君は?名前とか聞いても良い?」

「僕ですか?僕はこの根古屋店主で秋津島蓮です。白水高校の…4月から3年」

「17歳?」

「いえ、3月末生まれだから、まだ16歳」

 そう、と答えた。特に言うことも無く、その問答の後、お互い黙りこんでしまった。いや、話すべきことはたくさん在るのだが、何をどのように切り出していいのかわからない。

 言いようもなく気まずい空間が二人の間に流れた。


「さてと」

 先に口を開いたのは蓮のほうだった。

 颯太に対してきちんと正面を向き、机の上で両手を組んでいる。これから商談でも始めるのかという感じだ。

「先ほどの件、返答はいつ頂けます?」

「え?」

「働かないかって言った話。今すぐ答えを出さなくてもいいんだけれど、断るなら早いほうがいいな」

 自己紹介をしていたときより、幾分か砕けた口調になっている。多分、年齢や店主と客という立場ではなく、対等に話を勧めていこうと思っているのではないだろうか。それともこれが地なのか。

 言い方は軽いが、決して冗談ではないということが、醸しだす雰囲気や表情から窺える。蓮は本気で颯太を勧誘しているようだった。

「なんで?」

「ん?何でいきなりこんなこと言いだしたのかってこと?」

「そう」

 この求人、颯太にとって確かにいい話であったが、同時にわけがわからないのだ。

「うーん。一番の理由はアレだと思うんだけれど。阪崎さんが必死になって探していた宝物。アレがすごく気になって」

「颯太でいいよ。普段そんな呼ばれ方しないから、しっくりこない」

「では、颯太さんで。すいません、話の途中なんですけれど、なんかのど渇きません?お茶飲みませんか?」

 颯太も渇きを訴えていたので、ちょうど良いタイミングでの申し出に、有り難く、「頂きます」と答えた。

 蓮は、にこやかに了承し、席を立って奥の部屋へと消えていった。奥のほうからは、軽く食器類がぶつかる音や、せせらぎに似た音がわずかに聞こえてくる。颯太は少し緊張していたのか、小さく息をつき、所在なさげに店内をあちこちと見回していた。

 今更軽くなでるように見ても、アレは見つからなかろうとは思うのだが、焦燥感がいまだ残っているのか、探さずにはいられない。きょろきょろしているところに、蓮が盆の上に茶菓子らしきものと、グラスに入った透明な緑色の液体を乗せ戻ってきた。盆を片手に、もう一方の手には、小さな水差しを抱えていて、そちらにもグラスと同様と思われる液体が入っていた。グラスにはうっすら水滴がついていて、冷たさが窺える。

 双方を机の上に置き、先ほどと同じように席につく。仕草で茶と菓子を勧められたので、礼をいって茶を口に含んだ。冷たいのど越しが、気持ちいい。日本茶かと思われたが、実は違っていたようで、中国茶のようだ。茶葉独特の青臭さと清涼感が口いっぱいに広がる。さっぱりしていて、上品な味わいだった。

 颯太がごくごくと飲み干していくのを見て満足したように笑みを浮かべ、蓮もグラスを口に運ぶ。しばし、まったりとした時間が流れた。

 せっかくの茶菓子(これは和菓子っぽいスイートポテトだった)にも手をつけようと封を開けたところで、自身も飲食の手を休めず、連が話し始めた。

「颯太さんが、もう宝物はどうでもいい。諦めた。うちの店にはもうきっとこないだろう。っていうのなら、この話は無かった事でいい。でも、気になる。探すためにちょくちょく店に来たいっていうのなら、来たついで店を手伝うくらいの気持ちで働いてみませんかって、誘ってみたわけなんです」

「理由は?」

「理由?」

「そう。誘った理由。おかしくないかい?あまりにも唐突過ぎると思うんだけど。しかも、君にメリットはまったく無い」

「そうだね。唐突なのは認めます。ぶっちゃけてしまえば、思いつきだったわけだし。ただ、メリットという点でいえば、無くは無いし、デメリットにいたっては、全く無い」

 蓮は一端言葉をとめて、自分と颯太の空っぽなグラスに茶を注いだ。

 店内の薄暗い中で、唯一照明が集まりいくらか明るくなっているこの机の上で、透明なガラスに注がれた緑色が光に反射して、壁や机の上に淡く色を移している。液体がゆれるようにその光もゆれていて、さながら水族館のようだ。

 男二人が向かい合わせに話しこんでいるとは思えないほどの、幻想的な空間を作り出していて、現実をかえりみると少し哀しくなった。

「メリットとしては、今現在この店は僕一人でやっている。不自由はあまり無いけれど、人手が欲しかったのは確か。だからということがひとつ。あと、颯太さんの探し物。アレ、僕も気になってきちゃったんだ。骨董屋店主としても、客に要請された探し物を見つけ出したいと思っている。それに、結局わからないまま「はい、さようなら」じゃ、気持ち悪いよ。そのために颯太さんを店に引きつけておき、探しやすい状況を作る。そのため」

「デメリットがどうしてないんだ。初対面相手に求人勧誘は、どうかと思うけど」

「それは大丈夫。人を見る目には自信有るんだ。あなたは信用できる人だ」

 真正面からあけすけも無く真顔で誉められると、思いっきり照れるもんだと思う。少しあっけにとられたが、次の瞬間顔中に火がともったように真っ赤になってしまった。蓮はそんな反応に気を良くしたように、くすくす笑っていた。

「僕はこの件において、全く損はしない。店に損害は出ない。よって、デメリットは無い」

 ここで蓮は言葉を切って、颯太から視線を外した。言いたい事は全部言ったという意思表示のようだ。正面を向いて話していたのを、少し体をよじり、座りなおした。相変わらず、静かに茶を含んでいる。

 残るものは、颯太の返答のみになっていた。

 質問を投げかけられてからずっと、蓮から視線を外さすにいたのだが、ここにきて少し、よそに泳がせた。自分に人を見る目が有るのかどうかはわからないが、相当上手でうまく押し隠していない限り、相手が嘘をいっているかいないか位は、颯太にもわかる。

 決して悪い話ではない。

「とりあえず週一で始めてみるのはどうかな?おためし。とりあえず始めてみてから、今後のことを決めても言いと思うよ。曜日は好きに決めてもらっていい。ただし土日は仕入れが有ったりで不定休だから、抜かしてくれるといいな。あとは、祝日は完全定休日だから、月曜日も避けてくれると有り難いかな。どう?」

 颯太の方を見ないで、蓮が声をかける。

「…わかった」

「え?」

「わかった。とりあえず、週一で来るよ。バイトというか、お手伝いって言う形で。よろしくお願いします」

 返事をした途端、ものすごい勢いで蓮が振りかえった。そして、有りえないものでも見るかのように、目を見開いていたので、颯太はおかしくなって笑い出したくなった。

 さっきまですましたようにしていたのに。

 取り繕った表情を崩した彼を見たら、なんとなく楽しくなってきた。

「火曜日と金曜日だったらどっちがいいかな」

 目の前の蓮が、ものすごく嬉しそうな顔をした。

「どっちでも」



 後で聞いたところによると、蓮は自分が考えるより早く、働かないかと口に出していたらしい。

「思いつきというより、やっちゃったって思ったよ」

 考えるより早く身体が動く時、そこに何かしらの縁や繋がりが有ると思うのだそうだ。きっと、俺もアイツも店も、そして俺が捜し求めた宝物の縁に巻き込まれたに違いない。


 あらがえないものに巻き込まれた。そう思わなければ………やってられない。

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