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『千年後、僕たちは愛を選ぶ』  作者: こうた


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第5話 十八歳の約束

 翌朝。


 目を覚ますと、昨日までとは少し違う感覚があった。


 弟がいる。


 たったそれだけのことなのに、家の中が以前より騒がしく感じる。


「兄貴、朝飯まだ?」


「自分で作れば?」


「未来のキッチン、難しいんだよ」


「ボタン押すだけだよ」


「そのボタンが多すぎるんだって」


 台所から、つばさの声が聞こえてくる。


 僕は笑いながら部屋を出た。


 十九年間。


 僕の家には、僕一人しかいなかった。


 それが今は、同じ顔をした弟がいる。


 不思議な感じだった。


 大学へ向かう途中、つばさが突然言った。


「兄貴」


「何?」


「俺、昔のことを少し話していい?」


「うん」


 つばさは歩きながら、遠くを見るような目をした。


「俺が過去に送られた時、最初は何が何だか分からなかった」


「……」


「母さんに連れて行かれて、知らない場所に出た」


「それが十九世紀?」


「そう」


 つばさは苦笑した。


「電気も少ない。端末もない。車もほとんどない。何より――」


「何より?」


「女性がいた」


「……」


「当たり前だけど、俺にとっては初めてだった」


 つばさは少し照れたように笑った。


「でも、母さんは俺を男子校に入れた」


「どうして?」


「安全だったからだと思う」


 そこで、つばさの表情が少し変わった。


「俺はそこで、初めて『男として生きる』ってことを知った」


「男として?」


「武道をやって、勉強して、寮生活して。毎日怒られてさ」


 つばさは楽しそうに笑う。


「最初は嫌だったけど、途中から楽しくなった」


「強くなったんだね」


「うん」


 つばさは拳を握った。


「だから俺、兄貴を見て最初に思ったんだ」


「何?」


「……細いなって」


「うるさい」


 二人で笑った。


 大学に着く。


 その日は講義の後、文芸部の活動があった。


 僕は部室で小説を書いていた。


 テーマは、


「会えなくなった家族」


だった。


 自分でも気付かないうちに、つばさのことを書いていた。


「つかさ君」


 美咲が隣から原稿を覗き込む。


「これ、弟さんのこと?」


「……たぶん」


「会えてよかったね」


「うん」


 僕はペンを置いた。


「でも、怖いんだ」


「何が?」


「またいなくなるんじゃないかって」


 美咲は何も言わなかった。


 ただ、静かに僕の原稿を見ていた。


「つかさ君」


「うん」


「今度は、ちゃんと一緒にいればいいんじゃない?」


 その言葉が胸に残った。


 その日の帰り。


 大学の掲示板に、人だかりができていた。


「何だろう?」


 美咲が近づく。


 掲示されていたのは、新しい制度についての案内だった。


【次年度生殖協力制度説明会】


【満20歳男性対象】


【参加推奨】


 その文字を見た瞬間、胸が苦しくなった。


「……つかさ君」


「大丈夫」


 僕は笑った。


 でも、美咲には分かったのだろう。


 何も言わなかった。


 家に帰る。


 つばさはリビングで端末を操作していた。


「兄貴」


「何?」


「今日、ひかりと話してたんだけどさ」


「うん」


「この世界の男って、すごい大事にされてるんだな」


「そうだね」


「でも、自由じゃないんだな」


 僕は少し驚いた。


「どうしてそう思ったの?」


「だってさ」


 つばさは端末を置く。


「男が少ないから守る」


「うん」


「男が大切だから、生殖に協力してほしい」


「……」


「でも、それって本人が嫌でも?」


 僕は答えられなかった。


 つばさは少し考えてから言った。


「俺、昔の学校で先生に言われたことがある」


「何?」


「強さって、誰かを従わせることじゃないって」


「……」


「自分で選べることだって」


 僕は弟を見る。


 過去で鍛えられた身体。


 明るい性格。


 女性への憧れ。


 そして、自分で考える強さ。


 僕とは違う。


 でも。


 弟の言葉は、なぜか僕の心に刺さった。


 その夜。


 つかさは一人で自室にいた。


 机の引き出しを開ける。


 そこには、一枚の古い写真があった。


 幼い頃の僕とつばさ。


 二人並んで笑っている。


 写真の裏には、母親の字で短い言葉が書かれていた。


『いつか二人が、自分で未来を選べますように』


 今まで気付かなかった。


 その文字を指でなぞる。


 なぜ母さんは、こんな言葉を残したのだろう。


 なぜつばさを過去へ送ったのだろう。


 そして――。


 なぜ僕は未来に残されたのだろう。


 その答えを知る日は、まだ遠かった。


 ただ一つだけ。


 僕には分かった。


 母さんは、僕たち兄弟に何かを託していた。


 それが何なのか。


 僕はまだ知らない。


 そして翌朝。


 政府から、新しい通知が届いた。


【神谷つかさ様】


【あなたの生殖協力適性評価を開始します】


 僕は画面を見つめた。


 指が、震えた。

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