第15話 出生記録
僕たちは大学から離れ、駅前の人混みに紛れた。
しばらく歩いても、誰かが追ってくる気配はない。
「撒いたかな」
僕が振り返る。
「たぶん」
つばさは答えた。
でも、その顔は険しかった。
「兄貴」
「うん」
「俺たちの出生記録を調べよう」
「どこで?」
「市の出生管理センター」
僕は少し考えた。
「でも、普通の人が見られるの?」
「自分の記録なら閲覧できる」
「それなら……」
「行こう」
翌日。
僕たちは出生管理センターへ向かった。
そこは病院のような場所ではなかった。
巨大なデータ施設。
出生から死亡まで、国民の遺伝情報や健康記録が管理されている。
受付で本人確認を済ませる。
「神谷つかささんですね」
「はい」
「出生記録の閲覧ですね」
「はい」
女性職員が端末を操作する。
すると、少しだけ困った顔をした。
「……申し訳ありません」
「何か?」
「お二人の出生記録には、閲覧制限がかかっています」
つばさが前に出る。
「自分たちの記録なのに?」
「はい」
「誰が制限を?」
「国家人口遺伝管理局です」
僕たちは顔を見合わせた。
「理由は?」
「機密指定です」
「僕たちが?」
「はい」
職員は申し訳なさそうに頭を下げた。
「通常の手続きでは閲覧できません」
「じゃあ、どうすれば?」
「特別閲覧申請が必要です」
その瞬間。
後ろから声がした。
「その必要はありません」
振り返る。
昨日の女性だった。
研究センターの職員。
「あなた……」
「桐生莉子です」
莉子は二人の前に立った。
「神谷真紀さんの息子ですね」
つばさが警戒する。
「俺たちを追ってた?」
「追っていたという表現は正確ではありません」
「じゃあ何?」
「保護しています」
つばさが笑った。
「保護?」
「そうです」
「俺たちの意思を無視して追い回すのが?」
莉子は黙った。
「……怒るのも当然ですね」
「だったら帰ってくれ」
「その前に、一つだけ伝えます」
莉子は僕を見る。
「あなたたちの出生記録は、政府によって隠されているわけではありません」
「じゃあ誰が?」
「あなたたちのお母様です」
僕は言葉を失った。
「母さんが?」
「はい」
莉子は端末を取り出した。
「出生時、神谷真紀さんは二人の記録に特別な封印をかけています」
「なぜ?」
「それは私にも分かりません」
つばさが苛立ったように言う。
「だったら、解除してくれ」
「できません」
「どうして?」
「解除条件が特殊なんです」
莉子が画面を見せる。
そこには、
解除条件:本人二名の同意
と表示されていた。
「俺たち二人?」
「はい」
僕たちは顔を見合わせた。
「どうすれば解除できる?」
「二人が同時に認証すればいい」
つばさが端末に手を置いた。
僕も続く。
認証が始まった。
数秒後。
【認証成功】
画面が切り替わる。
僕たちの出生記録。
母親。
父親。
出生時刻。
出生場所。
そして――。
「……おかしい」
僕が呟いた。
「何が?」
つばさが画面を見る。
「僕たち、同じ日に生まれてる」
「双子だから当然だろ」
「違う」
僕は指を差した。
「出生時間が違いすぎる」
つばさが画面を見る。
僕の出生時刻。
02:14
つばさ。
18:42
「……?」
つばさが首を傾げる。
「双子なら、あり得るだろ」
「それだけじゃない」
僕は下へスクロールする。
そこには出生場所が記載されていた。
僕。
第一研究施設・地下医療区画
つばさ。
不明
「……」
つばさの表情が消えた。
「俺だけ、出生場所がない?」
「そうみたい」
さらに下へ進む。
そこには一つの記録があった。
出生届提出者:神谷真紀
そして、その下。
出生方法:自然分娩
しかし、その項目には警告が表示されていた。
【情報不整合】
僕は莉子を見る。
「これはどういうこと?」
莉子は答えなかった。
「桐生さん」
「……」
「知ってるんですよね?」
長い沈黙。
やがて莉子が口を開いた。
「私はすべてを知っているわけではありません」
「でも、何か知ってる」
「はい」
「教えてください」
莉子は僕たちを見つめた。
「あなたたちは、本来一人だった可能性があります」
「……え?」
つばさが固まる。
「どういう意味だよ」
「今の段階では、これ以上言えません」
「ふざけるな!」
つばさが声を荒らげる。
莉子は怯えなかった。
「怒って当然です」
そして、小さな声で言った。
「でも、あなたたちのお母様は、あなたたちを守るために記録を改ざんした可能性があります」
僕は何も言えなかった。
兄と弟。
双子。
当たり前だと思っていた。
でも――。
出生記録には、不自然な空白がある。
つばさの出生場所がない。
そして、
「本来一人だった可能性」
という言葉。
その日の夜。
僕たちは自宅へ戻った。
つばさはずっと黙っていた。
「つばさ」
「……なあ、兄貴」
「うん」
「俺たち、本当に双子なのかな」
僕は答えられなかった。
その時。
僕の端末に一通のメッセージが届いた。
送信者は不明。
本文は一行だけ。
『双子ではない。二人は同じ遺伝子から生まれた。』
僕は画面を見つめた。
つばさも覗き込む。
そして、その直後。
もう一通のメッセージが届いた。
『神谷真紀は、あなたたちを二人に分けた。』
僕たちは何も言えなかった。
母さんが隠していたのは、
男性出生率の秘密だけではなかった。
――僕たち自身の出生そのものだった。




