秘密基地 Side.澪
朱奏に手を引かれて、澪は広場を離れた。
秘密基地と言うから森の中の小屋とかツリーハウスみたいなものを想像していたのに、連れてこられたのは町のはずれにある古い洋館だった。
蔦の絡まる薄汚れた白い壁。大きな木製の扉。とがった赤い三角屋根。
まるでホラー映画に出てくるお化け屋敷だ。
扉を開けると、ひんやりとした空気が流れてくる。
外から見た時は崩れかけているように見えたのに、中は意外にもきれいに掃除されていた。
天井は高く、二階へ続く大きな階段が左右に分かれて伸びている。
真っ赤な絨毯がきれいに敷かれていて、窓から差し込む光が静かに床を照らしていた。
「ここが秘密基地?」
澪が目を丸くする。
「せやで」
朱奏は得意そうに胸を張った。
「うちらの家みたいなもんや」
朱奏がステンドグラスが埋め込まれた扉を開く。
色ガラス越しの光が床に落ち、室内に淡い模様を作った。
「ここがリビング!ようこそ、うちらの秘密基地へ」
中は広い洋間になっていて、外の古びた印象とは違い、生活感があった。
本棚やソファが置かれ、壁際には絵画が飾られている。
秘密基地というより、まるで人が住んでいるような、大人がいるような普通の家みたいだ。
部屋の中には悠と3人の子供がいた。
澪が駆け寄る。
「悠くんだ。ねえ悠くん、お兄ちゃんと一緒じゃないの?」
悠は頬杖をつきながら首を傾げた。
「お兄さんは君を置いて、どこかに行っちゃったよ」
澪の目にまた涙がじわりと浮かぶ。
「悠!澪泣かせんといて!」
朱奏がすぐに澪の前に立ち、かばうように澪の背中を軽く叩いた。
「澪、大丈夫、すぐ会えるよ」
「悠くん、そういう意地悪を言っちゃいけませんよ」
「いけませんよ」
「いけませんよ」
座っていた男の子が静かに悠をたしなめる。
その声に合わせるように、おしゃれな西洋風の服を着ている、顔のよく似た二人の子供が同じ言葉を繰り返した。
「初めまして、澪ちゃん。悠がごめんね」
男の子がゆっくりと立ち上がって、澪と朱奏に近づく。
年はここにいる子供の中では一番年上に見える。
「僕は洸です。よろしくね。こっちは双子の樹穂と実穂だよ」
「樹穂だよ」
「実穂だよ」
「「澪、よろしくね」」
「わあ、ぴったりだ!よろしくね、樹穂ちゃん、実穂くん。洸くんもよろしくね」
洸がにっこりと笑うのとは反対に、樹穂と実穂は口をとがらせて顔を見合わせた。
「樹穂は男の子だよ、ねえ実穂」
「うん、実穂は女の子だよ、ねえ樹穂」
「そうなの?ごめんね、樹穂ちゃんの方がヒラヒラでかわいいお洋服だったし、実穂くんの方がかっこいいお洋服だったから、逆だと思っちゃった!」
樹穂は黒いフリルシャツの上に赤いジャケットを着ていた。
膝上のズボンからは白い脚がのぞいている。
動くたびに首元の紐リボンや、袖口のレースが小さく揺れた。
実穂はシンプルな黒いシャツに樹穂とお揃いのジャケットを羽織り、足首まであるズボンを履いている。
首には黒いリボンタイが巻かれており、中央で青い宝石のついたブローチが光っていた。
顔立ちがよく似ている上に髪の長さも二人とも顎下くらいで、服装でしか見分けはつかないだろう。
「男の子が可愛い服着たっていいでしょ」
「女の子がかっこいい服着たっていいでしょ」
「確かに!二人ともよく似合ってるし!」
「それは嬉しいけど」
「別に似合ってなくたっていいんだよ」
「どういうこと?」
「好きな服を着るのに」
「理由なんていらないでしょ?」
交互に喋っていた二人は、ねーと顔を顔を見合わせて笑った。
あっという間に打ち解けた澪と双子は、秘密基地探検に向かって行った。
二人の背中が廊下の奥へ消えていくのを見送ってから、朱奏が小さく息を吐いた。
「……悠」
声の調子が少しだけ変わる。
洸も視線だけを悠に向ける。
「さっきのは言いすぎやで」
悠は相変わらず、頬杖をついたままだった。
「なにが?俺は別に、悪いことは言ってないつもりだけど」
「わざと澪泣かせようとしたやろ」
「澪は招かれたんだ。でも、あの『お兄ちゃん』は違う。そのうち誰にも会えなくて、どうしようもなくなって、勝手に見つけた出口から出ていくことになる。嘘は言っていないだろ」
朱奏は一瞬だけ、言葉を探すように黙った。
そして、ため息をひとつ落とす。
「……それはええねん」
「うちも澪はここにいてた方が楽しいやろうと思うし、澪のお兄ちゃんはもう子供やないからここにはいてられへんと思う」
言い切ると同時に、朱奏は悠を見た。キッと目を細める。
「でも、わざと澪にあんな言い方する必要なかったやろ。そのうち会えるよって言っといて、ごまかしといたらいいのに。わざと澪悲しませて」
「それに何の意味があるかわかんないけど、まあ、朱奏がそうしたいならわかったよ」
「ほんまやな?今度澪泣かせたらほんまに怒るから」
目を閉じて聞いていた洸が、ふふと笑い声をもらした。
「朱奏ちゃんは澪ちゃんが気に入ったんですね。うん、仲良きことは美しきかな」
「……気に入っとるよ。澪、ええ子やもん」
朱奏は少し間を置いてから続けた。
「人を疑うことを知らんくて、純粋の塊みたいな子」
「むやみやたらに傷つけたら可哀想やろ。ただでさえ心細いやろうに」
そうして少しだけ肩をすくめた。
「ここに慣れたらさみしくないやろうし、そのうちお兄ちゃんは?って言わんくなるやろ」
「俺よりタチ悪くないか、それ」
朱奏は悠の言葉を無視して、澪たちが開け放って行った扉を見つめていた。




