商人とその夫
夏鉄と秋蓮が四十八歳になる年に皇帝が崩御した。二人は西方の首都に向かって拱手しながら頭を下げた。三年の喪に服した後、夏鉄と同じ年の皇太子が即位する。
夏鉄は皇帝に感謝している。皇帝は皇太子の時から末弟である夏鉄を可愛がっていた。夏鉄が秋蓮と共に冷宮を新築した事に感動し、冷宮を終の棲家にしていた夏鉄の実母を気遣っていた。その実母は一昨年亡くなっていたが、皇帝は冷宮の手入れの為に貧しい女達を帝国中から集めて住まわせていた。実母の遺言であり、皇帝はそれを汲んでいた。皇帝自身も遺言にそれを続けるように命じている。皇帝に仕えていた後宮の者達は有難がった。側室も宦官も女官達も年をとっており、女達の力は貴重だ。皇太后になる皇后は引っ越しの采配をしながら彼等彼女達を見送る。
秋蓮と夏鉄は涙を流した。冷宮を新築する前に秋蓮は夏鉄の実母に冷宮を女達の避難所にするように頼んでいたのだ。秋蓮は無理難題だと分かっていたが、高貴な姑はそれを引き受けていたのだ。今もそれが続くのだ。
秋蓮は貧しい女達が少しでも遊郭に売り飛ばされない様に願っていた。月経用の下着を扱っていた商人としての切実な夢でもある。帝国中の女達はそんな秋蓮に憧れている。秋蓮は帝国一番の豪商であるだけではなく、女達の幸せを願いながら叶えているのだ。貴族の女も官吏の女も遊女達を蔑むよりも秋蓮の勇気に心を動かされている。商人の女は秋蓮を目標にしている。職人の女も農民の女も秋蓮の商品を重宝して感謝している。
夏鉄はそんな妻が誇らしかった。喪に服しているから抱き合うことはないが、今でも寝床を共にしている。秋蓮は白髪も皺も増えて体力が衰えたと嘆いているが、まだ息子の真銭と商いをしているし嫁に来た正琴に機織を教えているし夏鉄と一緒に孫の面倒を観ている。孫の冬鐸は今年で二歳になる。正琴がまた妊娠しているので来年は兄になる。
夏鉄は秋蓮を見やる。秋蓮はぼんやりと川面を眺めている。頭には簪を差している。夏鉄が結婚して宮殿を去る前に母親が渡した簪だ。秋蓮は化粧をしないし服装も動きやすくて地味だし他に装飾品を身に着けていない。時々、高価な物を買って渡そうかと思うが、夏鉄が稼いでいるわけではない。子どもを育てたり秋蓮の悩みを聴いたりするだけだった。
「秋蓮」
夏鉄が呼ぶ。秋蓮は振り返る。夏鉄は不安そうな笑みで、
「俺は本当にお前の夫にふさわしいか」
秋蓮は驚いて目を丸くして、
「いきなり自信の無い事をおっしゃらないで下さい。どうしたのですか」
「俺はお前のおかげであまりにも幸せだ。お前はどうだ」
夏鉄が尋ねる。秋蓮は微笑み、
「私はそれ以上に幸せですよ」
二人はにこやかに暫く見つめ合う。




