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賀夏鉄

 北半球の東側を覆う巨大な盤古大陸の半分以上を紅帝国が支配していた。帝国は大陸の中央部を領土にし、周辺国を従えていた。円形に近い大陸の外側は山岳地帯になっており、帝国は盆地となっている。東西南北から四本の河川が流れ、水田稲作が帝国の基盤だ。


 盤古大陸の外側にある国々は狩猟採取と零細農業で成り立っている。一方、紅帝国は高度な文明と生産力を誇っている。


 紅帝国自体は二百年近く続いている王朝だが、盤古大陸の中央部ではそれ以前に八つの帝国が栄えては滅んでいる。周辺国に攻められたり飢饉や災害が頻発したり政治の腐敗で民心が乱れたり、様々な歴史を経験している。紅帝国を築いた賀一族は科挙試験で優秀な人材を登用しながら統治していた。


 今年の夏に紅帝国の皇子が生まれた。皇帝はその皇子に夏鉄と名付けた。夏鉄には既に五人の兄と七人の姉がいる。他に八人の兄姉がいたが、夭逝している。父帝である潤逸は既に四十歳だが体力も健康も何も問題は無い。


 夏鉄は皇子だが末子なので期待されなかった。皇位継承者は長兄である旬鉄。旬鉄は少し病弱だが温和で頭が冴えており上品だ。皇后である朱万梅の実子でもある。官吏も皇族も後宮も旬鉄を認め、三年前の十八歳の時に立太子している。


 一方、夏鉄の実母は歴史学者の娘である宋加蘭だった。守秘義務と客観性が求められる歴史学者は職業柄、身分が保障されているが、政治の表舞台には出ない地味な存在である。皇子を産んだにも関わらず、加蘭も後宮では地味な存在である。その代わり、政治闘争には巻き込まれず、比較的穏やかな生活を送っていた。夏鉄を愛情深く育てている。


 父帝は公務と政務に追われて忙殺しており、夏鉄が生まれて半月後に一度会ったきりである。七歳までに無事に育つか分からなかったし、既に五人の息子がいる。父帝は夏鉄に期待しなかった。


 夏鉄は実母である加蘭にベッタリと懐いている。加蘭が少しでも離れれば泣き喚く。加蘭が授乳したり抱くと穏やかになる。乳母も世話係も困ってしまったが、根気強く相手をして慣れさせた。傍らでそれを眺めていた姉の月竹は嫉妬して弟の夏鉄を睨んで威嚇する。乳母と世話係は月竹を落ち着かせる。優しい声で別室に誘導して月竹の遊び相手になる。月竹はそのたびにケロリと機嫌を治す。


 毎日笑顔で接した甲斐があったのか、腰が据わり始めて半年も経つと夏鉄は乳母と世話係にも懐くようになった。しかし、宦官には懐かない。宦官も媚を売らなくなった。夏鉄は皇位継承者になる可能性は低いし、母親や身近な女性達に強く依存している。宦官達にはあまり面白くはない話だ。けれども月竹は宦官にも懐くので宦官達は月竹には相応に可愛がった。

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