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第6話 これからもよろしく

 卒業式はつつがなく終わり、ひなはボストンバックを肩にかけて真岡第一高校を出発した。


 天気は快晴、肌寒い風が臙脂色えんじいろのスカートをはためかせていく。制服を着るのもこれで最後だ。あと三日待てば月が変わって、新しい制服を着ることになる。それからピンパッジ。


 ひなはマフラーに口元をうずめてにやにやと笑った。スカートのポケットにはいっているのは、今朝郵送されてきたばかりの保護機関(DIVER)のバッジだ。金色で、分岐した大樹の根と、身をくねらせる鯨が彫刻されている。保護機関への正式な内定通知に同封されていた。配属先は今日中にメールで連絡があるらしい。それを思うだけで、ローファーで刻むステップがますます軽くなる。


 仮想空間で鯨を倒してから、三日が経っていた。三日。なんだか現実感がない。とにかくあの日はたくさんのことがあった。ゼンの浮気が発覚し、あたしはアイツと別れた。保護機関からの内定はあわや取り消しというところまで進み、武器を喚べないという理由で他ならぬ保護機関の人間から命を狙われた。それから真っ暗な世界と、鬼の神楽面をつけた真っ黒な男。


 でも、終わりよければすべて良しだ。ゼンの放った一矢は鯨を切り裂いて消滅させた。彼のための武器を創ったのはあたしで、そのことが機械人形クォーツとしての証明になった。内定は無事に復活し、だからこそポケットのなかのピンバッジがある。


 つまるところ、卒業式までにすっかり元通りになった。

 元通りにならなかったのはゼンとの関係だけだ。

 いかにも卒業シーズンってかんじ。


「よし」


 元恋人との写真を全削除して動作が軽くなった携帯端末を操作し、地図を眺めたひなは足を止めた。「……よし……?」


 駅の東側、表通りから一本奥まった通りを進んで三十秒。ひなの目の前にあるのはどう見てもホテルだった。五階建てで、クリーム色の壁に優美なフレームのついたアーチ型の窓が並んでいる。入口にはちょっとしたボタニカルガーデンがあって、常緑樹の大きくて丸い葉がエントランスへ続く扉にかかっていた。


 ひなは目を瞬かせる。内定通知にあった寮の住所はここだ。でもどうみたってホテルだ。しかも一泊の値段がいくらか分からない系の。


 ぶるっと携帯端末が震えた。メッセージ画面が起動する。差出人は保護機関(DIVER)のアドレス、件名なし、本文は簡潔だ。三〇二号室。


 ひなはじっと画面を見つめた。二通目のメッセージが来る。早く来れば。


 ぶっきらぼう。でも。

 この文面には見覚えがある。


 心臓がひとつ鳴る。携帯端末を握りしめて、ひなは足早にホテルへはいった。受付を無視して進む。


 三通目のメッセージ。残念。階段しかないよ、ここは。

 四通目のメッセージ。まったく、君は気に食わないだろうけど。

 五通目のメッセージ。俺達は共同生活しなきゃならない。ルールだからね。


 六通目は、見ない。見る必要がない。


 三〇二号室の扉を開ければ、彼はちょうど壁から背を浮かせたところだった。オフホワイトのシャツに、ベージュのカーディガンとダークブルーのジーンズをあわせている。相変わらず雑誌のモデルみたいな格好だ。実はファッション雑誌の撮影中だったと言われたって驚かない。


 ひなが息を切らして立ちつくすなか、ゼンは携帯端末片手ににやりと笑う。


「というわけで、これからもよろしく。ひなちゃん」



*****



 西暦二〇XX年三月末日、こうしてあたしとゼンは再会する。

 春の陽気さえ吹き飛ばしてしまう、波乱の共同生活のはじまりまで、あと数秒。





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