塙山朝花劇場『いきもの異文化交流』
・野いちご先輩:塙山草太
・野いちご後輩:保科綾
・シロツメクサ(四つ葉):乙葉由愛
・カタバミ:野々古姉妹
・イタリアン(ネズミムギ):黒部太郎とその仲間たち
・ナレーション:塙山朝花
――乙葉おれんじふぁーむ。
この農園とその周辺には、動物や虫たち、そして木や花、草などの植物……沢山の生命が存在しています。
彼らも人間と同じ、それぞれの生活をもっているのです。
今日は少し舞台を移して、乙葉おれんじふぁーむの上の方。
崖のように険しい柿畑、通称『崖畑』の様子を見てみることにしましょう。
おや?
さっそく植物たちが、なにやらお話しをしているようです。
今回はあちらの様子を少しだけ覗いてみることにしましょう。
* * *
「先輩先輩」
「ん、なんだ後輩」
険しい畑の中にも、自然の緑が多くあります。
その一角、日のあたりのいい場所に野いちごが二つ、仲良く並んでお話ししています。
二つの野いちごは先輩後輩の間柄。
「どうしたっすかそれ。実の端っこが削れてるっすよ」
「ああ、こないだマムシに齧られたんだよ」
「マムシっすか……お気の毒に。毒があるだけに」
「うーん2点」
「2点っすか」
「100点満点でな」
「……なかなか厳しいっすね。ところで、よくその軽傷で助かったっすね」
「ああ、アイツ、俺をヘビイチゴと勘違いしたみたいだ。違うとわかるとすぐに去っていったよ」
「またっすか。似た奴がいるってのも困ったもんっすね」
「ああ全くだ。ヘビイチゴが食べたけりゃ、田んぼやあぜ道にでも行けっての」
どうやら、あまり楽しいお話しではないようです。
近年の地球温暖化。
それに伴う生態系の乱れ。
そのおかげで、最近はこのように思わぬ形で動物たちに攻撃される機会も多く、野いちごたちも不満を溜めているのでした。
「あ、そうそう。似た奴といえば……あちらにおわすクローバーさんにも、似た種類の植物がいますよね?」
「ちゃんとシロツメクサさんと言えと何度言えば……。まあいい。だがな後輩。あの美しい四葉のシロツメクサさんに似たものなど、この世には存在せぬよ」
「いや……すぐお隣にいらっしゃるんすけど……」
恋は盲目。
それは野いちごにも通ずるようで。
先輩野いちごは、四葉のクローバーことシロツメクサさんにすっかりホの字のよう。
目と目が合うだけで、先輩野いちごの果実はより赤く火照ってしまうのです。
「最近赤くなり過ぎて、ぶっちゃけキモいっすよ先輩」
おおっと、後輩からのドギツイ一言。
しかし恋する先輩野いちごにとっては痛くも痒くもないみたい。
このままでは先輩の威厳がすっかり鳴りを潜めてしまいそうです。
先輩野いちごの恋に関してはさておき、彼の想い草であるシロツメクサさんにも似た見た目をもつ植物がいるそうです。
『シロツメクサさん~。こんにちは~』
「あら、カタバミちゃんたち。こんにちは~」
クローバーの名で有名なシロツメクサさん。その隣に咲くのは、ハート型の葉をもつカタバミ姉妹。このカタバミはどうやら双子のようで、二つはなにをするにもいつも一緒。言葉を発するのもいつも一緒です。
「今日もハートの葉っぱがお洒落やね」
『いえいえ~、シロツメクサさんこそ~、素敵な四葉です~』
この二種は、野いちごとはまた違った、ほんわかしたお話しに花を咲かせています。
『ところで~、最近は花粉が酷いですね~』
「ああ、う~ん。そうやねぇ。今年は空気が乾燥してるし、余計飛んでくるねぇ……」
おやおや。
今回はそうでもないようです。二種ともいつもより深刻な様子。
「畑には良いとはいっても、やっぱりイタリアンさんたちの増殖は凄いよね~」
『ですね~。さすが外国からいらした方ですね~』
二つが見るその先には、青々とした牧草がこれでもかというくらいに茂っています。
彼らが二つのいう『イタリアンさん』。ネズミムギともいわれる、ヨーロッパ原産の植物です。
「「生えるーノ、増えるーノ」」
「「花粉飛ばすーノ、刈られてもすぐ伸びるーノ」」
外来といえど日本に来たのは結構以前、それこそ明治時代頃だといわれています。それでもいまだにイタリア訛りが抜け切っていません。
彼らの頭と根っこには、背丈を伸ばすことと数を増やすことしかないようです。
「シロツメクサさんが困ってらっしゃる……! くそう、あのムギどもめ……」
「たしかに、あの花粉は強烈そうっすね」
彼らは主に、五月から六月頃に花粉を飛ばします。そのアレルギー性はなかなかのもので、杉やヒノキが大丈夫な人でも物凄く酷い症状が出る場合もあります。
加えて、元からいる在来種の生育を阻害する可能性があるとして、牧草として重宝された彼らも、今では畑の厄介ものなのです。
「でも、あのイタリアンさんたちも良いことばかりじゃなさそうっすよ」
「ん?」
後輩野いちごが葉を指すその先。
そこには、のっそのっそと動く影がありました。
その影はゆっくりイタリアンの茂る場所へ向かっていき……
「「踏まれるーノ! 倒れるーノ!」」
……哀れ、イタリアンたちはその影に踏まれ、一斉に倒れてしまいました。
彼らの弱点は、一度倒れると中々起き上がれないところにあったのです。
ところで、突如現れた影。
その正体とは。
「……ああ、あれは、アライグマか」
そう。最近この畑に現れたというアライグマでした。
ずんぐりとした身体つきにのんびりとした動き。
おまけにつぶらな瞳とキュートな顔つきから、まるで緊張感がありません。
「そういや、やつも外来種なんだなぁ」
「ええ。タヌキさんやアナグマさんと似てるっすけどね」
ネズミムギにアライグマ……。
人間だけでなく、どうやら植物や動物たちのあいだでもグローバル化は進んでいるようです。
「ちなみに、クローバーさんも元は外国から来たって仰ってたっすよ」
「おい、シロツメクサさんと言えと何度……って、マジか?」
おやおや、さっそくグローバルショックを受ける先輩野いちご。
「そうだったんですか、シロツメクサさん……。う~ん、どうりで在来らしからぬ美貌……をおおおおおおおおおおおおおお!」
……むしゃむしゃ。
「せ、せんぱぁぁぁぁあああい!?」
物思いに耽っているあいだに、なんと先輩野いちごはアライグマに食べられてしまいました。
満足げに寝床へと帰っていくアライグマ。
「せ、先輩! 大丈夫……じゃなさそうっすけど……大丈夫っすか!?」
「……大丈夫だよこの野郎」
ほ。
どうやら、先輩野いちごは無事のようでした。
ただ、果実の部分をまるっと持っていかれたので、その姿は無残にも、そのへんの雑草と変わりません。
「あーあ、先輩。油断するからー。そんな姿じゃ、クローバーさんにアピールどころか、気づいてももらえないっすねー」
「うっ……。く、くそう。あの外来動物め……」
グローバル化が進むにせよそうでないにせよ。
先輩野いちごの恋路が長いことには変わりないのかもしれません。
「……今度実がつくのは、いつになるやら……」
先輩野いちごのつぶやきはさておき、
そうして、崖畑の一日は平和に過ぎてゆくのです。
~つづく?~




