green~夢現の園~
前回と同じく「めつみ」回。
作風がいつもとやや異なります。
一日中緑色の中でめつみ作業をしていると、自分でも思ってる以上に目が疲労してくるらしい。
作業が終わって帰りの車の中でさえ、ぼんやりと柿の葉の緑、枝につく無数の芽の残像が目に浮かんでしまう。
「ただいまー」
「おかえり、草太」
残像に負けず、細心の注意を払いつつ帰宅。
家に着くと心なしかホッとする。
いつものように風呂に入り、姉ちゃんと揃って晩ごはん。
ボーッとテレビを見たりPCをいじったりしたあと、明日に向けて床につく。
就寝時、瞼を閉じてまず一番に浮かぶ光景は……緑。
日に照らされて色合いを強くする緑一色の景色。
長い時間ずっとそれを見ているからか、まるで脳にその色が焼きついてしまっているようだ。
緑。
緑、緑、緑。
昼間は緑色に囲まれ、夜は緑色を瞼の裏側に浮かべて静かに夢のなかへ堕ちていく。
……そんな夜が何度となく過ぎていく。
* * *
気づけば、俺は脚立に上ってめつみ作業をしている。
「あれ……今日、俺どうやってこの農園まで来たっけ」
相も変わらず、見える景色は緑色。
朝早くから脳は緑色を認識しつづける。
それこそ、農園まで出勤してきた記憶すら曖昧になるほどだ。
一つ一つの枝を処理していく。
一本一本の木を通り過ぎていく。
今まで通ってきた道には緑。
これから進んでいく方向も、緑。
緑。
緑、緑、緑……。
視界が歪む。
空と地面が回りはじめる。
はじめはよく聞こえてきた鳥の鳴き声も、耳はまるで受けつけていない。
自分が今どこに立っているのかもわからなくなってくる。
脳はただひたすらに一色を認める。
――。
無音のなか、緑と緑の隙間から誰かの声がした。
脚立に上り作業をする人たち。
細身ながら体格のいい男性と、小柄な女性。
常に共にいるはずなのに、その人たちの顔が思い出せない。
輪郭はあるが、その内にあるはずの表情が、まるでヤニをなすりつけたように滲み、ぼやけている。
……でも、わかる。
その人たちが、緑の中に紛れてこっちを見ている。
こっちを見て、笑っている。
緑と緑の隙間で、窪みのような何かが頬を引きつらせている。
それらの笑顔もやがて周囲の緑がにじませ、影となって歪め、呑み込んでいく。
景色ごと埋め尽くしていく。
緑が迫ってくる。
音もなく近づいてくる緑、緑。
同じく脚立に立っていたはずの自分も、いつの間にか緑の中に浮かんでいた。
足元からせり上がってくる緑色に、抗うことももがくことも、声をあげることもできない。
ただ、恐怖はない。
遮断された音のように。ただ感情なくその色に染まっていく。
緑が囲む。
緑が包み込む。
緑が覆いかぶさる。
緑が全てを。
緑が、緑が、
緑が緑が緑が、
緑が緑が緑が緑が緑が緑が緑が緑が緑が緑が緑が緑が緑が緑が緑が緑が緑が緑が緑が緑が緑が緑が緑が緑が緑が緑が緑が緑が緑が緑が緑が緑が緑が緑が緑が緑が緑が緑ガミドリがミドリガミドリガミドリガミドリガミドリガミドリガ……。
感覚を失う瞬間、視界の端の端。
緑に飲まれていくなか、最後に見えたのは……
共に過ごしてきた、あの人の――
* * *
「はなくん? はなくん?」
「……んあ」
遠くから由愛さんの声がして目を開けると、そこに見えたのは緑……ではなく、空の青色と覗き込む由愛さんの幼顔だった。
「あれ……俺、寝てました?」
「うん、ぐっすり寝てたよ。ちょっと疲れが溜まってきてるんかもね」
どうやら、昼休憩の間につい眠ってしまってたようだ。
今日は気温も高すぎず低すぎず、おまけに風も穏やかで気持ちいいからなぁ。
「ちょっと顔こわばってたけど、夢でも見てたん?」
「え? ……ああ」
たしかに、変な夢を見た……ような気がする。記憶が曖昧だけど。
背中がほんの少し汗ばんでいる。
ここのところずっとめつみ作業ばっかりだから、夢にまで影響が出てきたのか。
「んん~っ」
一つ伸びをしながら不意に目を瞑ると、やっぱりちょっとだけ緑の茂る木々の残像が映る。
でも、それだけだ。
目を開けると元通り、おれんじふぁーむの山と空がある。
耳をすまさずとものんきな鳥の声が聞こえてきた。
「あ、やば……そろそろ時間やから、準備しよか」
「あ……は、はい!」
まだ少し眠気のある頭を覚ますように頬を軽く叩き、立ち上がる。
そのまま既に作業を始めていた農主さんのいる方へと小走りで向かった。
そして再び、緑の中へ身を潜らせていく。
「おう、ちょっと遅刻やぞ」
「す、すみません!」
謝りつつも、ふと思う。
あれ……今日、俺どうやってこの農園まで来たっけ。
緑一色の景色のなか。
脚立に上りながら俺を見る農主さんの表情は、やはり輪郭だけを残して滲み、ぼやけていた。




