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いち日本人のバイト事情  作者: 栗原 花楓
7/7

06

不定期連載です。




「オレが思うに、最近のニンゲンは軟弱過ぎるんだって」


 不意に聞こえて来た会話の一端に、綾斗はふと手を止めて顔を上げた。すると、テーブルの一つについて食事をしていた集団の中、興奮した様子でまくし立てている客の姿が目に止まる。余程気に入っているのか、毎回注文するお馴染みの料理はもう全て胃の中に収まっていて。どうやら今日の小鉢も彼の合格基準に達していたようで、お盆の上の器は、綺麗なものだ。いつもなら、食べている最中に何やかやと文句を付けられるのだが、今日はそれもなかった。彼の満足する出来だったのか、それともそれ以上に気になることがあるのか。彼の様子を見る限り、答えは後者で間違いないだろう。

 どうするべきかと迷ったのは一瞬。丁度いいとばかりに、綾斗はピッチャーを片手にカウンターから出た。興奮しているかどうかは窺い知れないが、あの様子だと暫くは席を立たないだろうし、ならば今の内に空の器を下げてしまおうと思ったのだ。

 案の定、綾斗が手を伸ばしてグラスを手繰り寄せる間にも、先程の声の主は自論を展開し続け。それに対し向かいに座っている一つ目の巨人は、その大きな身体を縮めて行儀よく話を聞いている。


「なあ、あんたもそう思わないか?」

「へ?」


 綾斗の存在に気付いて頭を下げる一つ目の巨人に目礼を返し、邪魔にならないようにとお盆を手に取って踵を返そうとしたところ、不意に向けられた矛先に綾斗の口から間の抜けた声が漏れる。

 見れば一瞬前まで一つ目の巨人に向けていた視線がこちらに向いている……ような気がするが、正確には分からない。何故なら本来口が付いてる筈の顔の部分が、彼の首から上には見当たらないのだから。

 どこを見て話すのが正解なのかが分からず視線を彷徨わせながら、綾斗は彼、鎧の騎士の問いかけに対してどう答えたものかと思いあぐねる。それは綾斗が人間であるということも勿論だが、自分で言うのもどうかと思うが己は最弱という称号を与えられても可笑しくはない程度には弱いという自負があった。それなのに、ダンジョンに挑むなど以ての外である自分が、ここにいるという理由だけで自分より確実に強いであろう彼等を評価しても、果たして許されるのだろうか。綾斗一人を指していうのならば、軟弱と言われようが何の問題もない。寧ろ胸を張って肯定していたことだろう。そう言い切れてしまうことに一抹の虚しさを感じないでもないが、目を逸らしてしまうには現実的過ぎた。だが、このダンジョンに挑むつわもの達と押し並べて考えられているとすれば話は別だ。

 さてどうしたものか、と綾斗は思考を巡らせる。忙しい時間帯ならともかく、今は丁度客足も落ち着いている。となれば、適当にはぐらかすという選択肢はないというもの。ならばきちんと考えて、鎧の騎士の問いかけに対する答えを導き出さねばならない。


「仕事の邪魔、駄目」

「ああん?」


 綾斗が返答につまっていると、横合いから一つ目の巨人が綾斗を庇うように口を挟んだ。すると、鎧の騎士がガラの悪い声を上げて意識を一つ目の巨人の方に向ける。もし彼に顔があったなら、確実に剣呑な眼差しをしていることだろう。


「だっからおめぇはダメなんだよ。第一お前が城に入る前の振るい落としを甘くしてるから、余計な雑魚が簡単に門を通れちまうんだろうが」

「え、でもおれ、ちゃんと言われた通り、やってる」

「ばっかだなあお前。リンキオーヘンってぇ言葉があんだろうが。明らかにダメな奴はその場で脅して引き返させる位しろよ。その内『掃除屋』共が発狂するぞ」


 『掃除屋』というのは、ダンジョン内の美化活動を生業としている集団だ。掃除をはじめとして、雰囲気作りの為の環境整備まできっちりとこなしている。などといってしまうと学校の美化委員会を思い浮かべてしまうが、彼等は何でも……そう、色々と厄介なものでも速やかに片付けてくれる。埃一つから少々法に触れそうな息も絶え絶えのナニカまで。彼等の掃除に対する執念は凄まじいものがあり、たまたま見てしまったシュールな光景に頬を引き攣らせてしまったのは懐かしい思い出だ。どう見ても入れ物と『ゴミ』の大きさが合ってなかったな、とか自称掃除機が飲み込んだあれはちゃんと外に出られたのかな、とか。

 綾斗がふと思い出してしまった光景に思わず遠い目をしてしまっている内に、鎧の騎士の持論は更に過熱していき。気付けば綾斗に対する質問のことなど、既に意識の彼方に放り投げてしまっているようだ。


「大体、オレのとこでへばってたら上の階なんて行ける訳ないだろうが。なのにこれが最後の闘いだーとか言って明らかに全力で突っ込んで来やがって。無駄に死なないようにって色々と気を使ってやってるこっちの身にもなれってんだよ」


 一人称が「我」から「オレ」になっている時点で気付いていたことだが、いつも以上に言葉が荒い。そして、苛々と指でテーブルを打つ仕草と盛大な舌打ちがその心情を如実に表している。この件に関して普段から相当ストレスを溜めていたのか、一度爆発させた彼の怒りはそう簡単に治まる様子はない。

 綾斗は怒り心頭といった様子の鎧の騎士と、それをどうにか宥めようとしている一つ目の巨人とを交互に見ながら、まあ彼の言い分も分からくはないと一人ごちた。

 何故なら、彼がボスを務めるのはダンジョンの五階。五階毎に設定されているエリアボスの最初の一人だ。しかも階を増す毎に出てくる敵は強力になるというお約束は健在で。ならば尚更、そこで全力を出し切ってしまってはその先に進むのは困難を極めるだろう。

 せめてゲームのように敵を倒す毎に経験値が入り、それによるレベルアップを図れるのであれば話は違ってくるのだろうが、ここは生憎現実でありそんな便利なシステムは存在しない。だからこそ、それなりの実力がないのでは挑むこと自体が無謀以外の何ものでもないというもの。

 だというのに、近年やけに魔王の城に挑む者が増えているのだという。そして、それに比例するように人間側の戦力が魔に属する側の脅威になっているかといえばそうではないらしく。魔王であるセイや鎧の騎士をはじめとしたエリアボスの言を借りるのならば、確実に質は落ちているとのことだった。

 切れ味の悪い包丁で食材を切ろうとすれば余計な力を必要とし、結果食材そのものの味を損なう上、自身が怪我を負う可能性も格段に跳ね上がるように、実力のない者が意気込みだけで最終ダンジョンに挑むのは積極的な自殺と言えるほど無謀なことだ。一体どうしてそんなことになっているのか。

 綾斗はふと浮かび上がった疑問に、己の眉間に皺が寄るのを感じる。その件に関しては、店主も妙だと言っていた。

 元々人間側と魔に属する側ではその生態からして違うのだから、種族の壁以前にも昔から大なり小なり何かしらの衝突はあったらしい。だが無益な殺生を好まないという先代魔王の方針で、先代魔王の治世より魔に属する側からの必要以上の侵略や虐殺は行われていないのだという。勿論どこの世界にも反発する者はいるものなので、全ての者達がその方針に従っている訳ではないとのことだったが、それでも概ね平穏といって差し支えない程には穏やかな情勢となっているのだそうだ。

 但し、それは人間側が魔に属する側の領域を侵さないことが絶対条件で、魔を統率する絶対的存在である魔王の首を狙ってダンジョンに挑んでくる輩に対し、慈悲を持つ者などはいない。だが、こと最近に関してはどうも人間側に何かきな臭いことが起こっている可能性が高いという訳で、その原因がはっきりするまでは人間に対してもそれなりの対応をしているのだという。

 まあそれが原因で、一番勇者や冒険者達と相対する機会が多い鎧の騎士に負担の大半がかかっている訳なので、こうして文句を言いたくなるのも理解できる。

 この件に関しては何らかの対策を講じなければならないだろうと、以前魔王セイが店主と話していたのを聞いたことがあるので、自分は余り首を挟まない方が良いのだろうと結論を出し、綾斗は未だ怒り冷めやらぬといった様子の鎧の騎士とそんな怒りを困ったように、だが黙って受け止めている心優しき一つ目の巨人から目を逸らし、端に寄せられたお盆を手に踵を返した。

 客がまばらだとはいえ、余り騒いで店主に抓み出されないだろうか。そんなことを考えながら暖簾を潜れば案の定というか、はじめに目に飛び込んできたのは店主の仏頂面。煙管を片手に、鎧の騎士達の方をじっと見つめている。


「あの、おやっさん?」

「……やっぱこのままって訳にもいかねえか」


 なにがしか声をかけるのだろうかと伺っていると、店主は煙管を持った方の手で自分の頭を乱雑に掻きながら、至極面倒くさそうに溜息を吐いた。どうやら騒いでいることに関しては特に怒っていないようだが、かといって機嫌が良いようには見えない。このままというのが現状浮き彫りにされつつある人間側との齟齬であるならば、店主が気に病むのも分かる。この店に訪れる人間達を見ても、その違和感は顕著だ。

 綾斗がこの店に来た頃は、いかにもといった雰囲気の勇者一行や、逞しい冒険者達が多かった。だがここ最近に至っては、どうにも人々に覇気がないのだ。

 仮にも魔王に挑もうというのだから、それなりに腕の立つ者達なのだろうに、言っては悪いのだが実力も気迫も足りていないように見えた。

 それは綾斗が人間側と魔に属する側、両方の様子を垣間見れる立場にあるからこそ感じたことで、店主も勿論気付いている。だからこその渋面なのだから。そしてわざわざ口に出すということは、このまま手を拱いているつもりは無いということなのだろう。

 これから先何か事が起こりそうな漠然とした予感を抱えながら、綾斗は今やるべき己の仕事を全うするべく水場へと足を向けた。



・+・+・+・+・



バイト□日目:

 今日はいつもより昼のお客さんが多かったように思う。筋骨隆々とした人からいかにも魔法使いみたいな風体の人まで様々だった。

 でも、みんなどこか疲れているみたいで、ダンジョンに挑んでいる以上仕方のないことなのだろうが、鎧の騎士さんが言っていたことを考えるとそう気楽にしていてもいられないのかも知れない。おやっさんも何だか思うところがあるみたいだし、何かしら問題が起こっているのかも知れないと思った。

 閉店後、魔王様が来ていたので、今頃おやっさんと話し合いをしているのだろう。魔族側に人間を必要以上に追い詰める気がない以上、これから何かしら面倒事が起こりそうな予感がしている。

 俺に何かが出来るとは思わないが、自分のすべき仕事を精一杯こなしていこうと思う。

 明日はおみおつけも任されているから、根菜中心のものでも作ってみよう。



お読みいただきありがとうございました。

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