第12話:世界の剣聖
――完結――
魔帝ガルーダ討伐の報は、瞬く間に世界中を駆け巡った。
数百年もの間、恐怖の象徴として語り継がれてきた伝説の魔王。
その魔帝を――。
たった一人の男が、一撃で討ち滅ぼした。
王都を救い、王国を救い、さらには人族そのものを救った英雄。
やがて人々は、親愛と畏敬を込めて、その男をこう呼ぶようになった。
――『無冠の剣聖』。
爵位を持たず。
名門の出でもなく。
王国最高の称号を求めることもない。
ただひたすら剣を振り続けた、名もなき男。
それこそが、バルダス・グリフだった。
◇
王都では、魔帝討伐を祝う盛大な勝利の宴が開かれた。
王宮の大広間には、王国中の貴族や騎士たちが集まり、祝杯を掲げている。
「バルダス殿!」
玉座から立ち上がった国王が、声を張り上げた。
「あなたこそ、王国――いや、世界最高の剣士だ!」
大広間が歓声に包まれる。
「どうかこれからも、王立騎士団を、そしてこの王国を導いてくれ!」
国王の言葉に、貴族たちも騎士たちも一斉に拍手を送った。
最高位の勲章。
莫大な賞金。
そして、王国が誇る英雄としての地位。
誰もが羨む栄誉だった。
しかし――。
「いやあ……」
その中心にいるバルダスは、困ったように頭を掻いていた。
「滅相もありませんよ」
「…………」
「俺はただの、くたびれた木こりですから」
「…………」
大広間が静まり返る。
国王も、貴族も、騎士たちも。
誰一人として言葉が出てこない。
「……それに」
バルダスは少し寂しそうに笑った。
「そろそろ、故郷の村が恋しくなってきましてね」
「えっ!?」
今度こそ、大広間が騒然となった。
「待て、バルダス殿!」
「まさか……王都を去るおつもりですか!?」
「最高師範を辞めるというのか!?」
次々と声が飛ぶ。
しかし、バルダスは笑っているだけだった。
「長いこと村を空けていますからね」
故郷の小さな村。
朝靄の中で剣を振り。
薪を割り。
村の若者たちに剣を教え。
夕方になれば酒を飲む。
そんな、何でもない日々。
「やっぱり、俺にはあの暮らしが性に合っているみたいです」
◇
そして翌朝。
まだ王都が眠りについている早朝。
バルダスは、ひっそりと王都を出ようとしていた。
「……ふう」
王都の巨大な城門を振り返る。
「いろいろあったなぁ」
わずか数か月。
村を出た時には、まさかこんなことになるとは思ってもいなかった。
魔王を倒す。
世界を救う。
英雄になる。
どれも、自分には縁のない話だと思っていた。
「さて……帰るか」
バルダスが歩き出そうとした、その時。
「――先生」
背後から声がした。
振り返る。
そこには、旅装に身を包んだシエナが立っていた。
「……やっぱり、行くのですね」
「ああ」
バルダスは苦笑した。
「俺には、やっぱりあの静かな村が合ってるよ」
そして腰を叩く。
「薪も割らなきゃいかんしな」
「ふふっ」
シエナが笑った。
「そう言うと思っていました」
「……?」
「だから、私も行きます」
「…………は?」
バルダスが固まる。
「おいおい。騎士長様が、こんな田舎に来てどうするんだ?」
「構いません」
シエナは迷いなく答えた。
「王立騎士団の最高師範補佐として」
一歩、バルダスの隣へ並ぶ。
「――そして、あなたの弟子として」
「弟子?」
「はい」
シエナは胸を張った。
「私の目標は、先生に追いつくことです」
「いやいや、俺なんかを目標にしても――」
「それと」
シエナが振り返る。
王都の巨大な城壁。
その向こうに広がる世界を見つめながら、凛とした声で続けた。
「先生のすごさを、もっと多くの人に知ってもらうことです」
「……そんな大げさな」
「大げさではありません」
シエナは笑った。
「先生が自分の強さに気づいていないなら――」
そして、バルダスの隣を歩き始める。
「私が代わりに、世界へ教えてあげます」
「…………」
バルダスは呆れたように笑った。
「まったく……変な弟子を持ったもんだ」
「最高の弟子でしょう?」
「自分で言うか、それ」
二人の笑い声が、朝の街道へ響いていく。
やがて王都の門が遠ざかり、二人の姿は街道の彼方へと消えていった。
前を歩くのは――。
自らを最後まで「ただの村人」と信じ続けた、冴えない中年男。
その後ろを追うのは――。
世界最高峰の騎士と呼ばれる少女。
だが、二人の旅はまだ終わらない。
魔帝を倒したからといって、世界から争いが消えたわけではない。
まだ見ぬ強者。
未知の魔物。
そして、彼らが知らない世界の謎。
これから先も、二人の前には数々の出来事が待ち受けているだろう。
それでも――。
「先生!」
「ん?」
「今日は村に着いたら、私にも薪割りを教えてください!」
「薪割りくらいなら、すぐ覚えられるさ」
「本当ですか?」
「ああ。ただし――」
バルダスは振り返り、いたずらっぽく笑った。
「剣と同じで、基礎を疎かにするなよ?」
「はい!」
朝日を浴びながら、二人は歩いていく。
世界を救った英雄と、その弟子。
そして――。
己の強さに最後まで無自覚だった男の物語は、ここからまた始まる。
――完――




