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【連載完結】あなたには、もう逃げ場はありません  作者: 逆立ちハムスター


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6/6

我が国を売ろうとした大罪人に、引導を渡します

ヴァロリア帝国との外交戦における圧倒的な勝利は、クラリネス王国の歴史に深く刻まれることとなった。

一滴の血も流さず、ただ知略と情報戦のみで強大な軍事国家を事実上の経済支配下に置いたその手腕。社交界において、私、リリアーナ・フォン・クラリネスの名は、もはや単なる「有能な大公妃」を超え、国を救った「美しき勝利の女神」として称えられていた。


「リリアーナ。今朝も一段と美しいな。だが、あまり外に出したくないというのが本音だよ。君を見る男たちの視線を、すべて遮る方法を毎晩考えている」


大公邸のプライベートな食堂。

朝陽が差し込むテーブルで、セオドア様は私の腰を引き寄せ、当然のように私の膝の上に自身の長い足を休めるようにして座らせていた。

もうすっかり慣れてしまった、彼の過剰なまでの独占欲と溺愛。

彼は私が少しでも書類に目を落とすと、わざとらしくため息をついて私の首筋に顔を埋め、彼のものだと主張するように甘い痕を残そうとする。


「セオドア様、朝からそのような甘えた声を出すのは反則ですわ。ほら、冷めないうちにオムレツを召し上がってくださいな。今日は建国記念祭の大夜会。私たちが主催するのですから、休んでいる暇はありません」


私が苦笑しながら、フォークで小さく切ったオムレツを彼の口元へ運ぶと、セオドア様は嬉しそうにそれを食した。

王宮の誰もが恐れる「氷の宰相」が、私の前でだけ見せるこの無防備で甘やかな姿。これがどれほど私の胸を締め付け、愛おしさで満たすか、彼自身は百も承知なのだろう。


「夜会、か。気が進まないな。君がどれほど完璧に着飾るか分かっているだけに、他の有象無象にその姿を見せたくない。……特に、今日は『あの女』が大人しくしているとは思えないからね」


セオドア様の銀色の瞳が、一瞬にして絶対零度の冷徹さを帯びた。

彼の言う「あの女」とは、他でもない。北方の修道院へ送られた元第一王子エリオットの生母であり、現国王陛下の正妃であるマリアンヌ王妃のことだ。


エリオットの廃嫡と幽閉、そしてマーティン男爵家の取り潰しが決まった際、王妃はショックのあまり寝込み、自身の離宮に引き籠もっていた。しかし、溺愛する息子の没落を受け入れられない彼女が、この建国記念祭という最大の舞台で、何かしらの行動を起こすであろうことは、私たちの情報網によってすでに予見されていた。


「ご心配には及びませんわ、セオドア様。元お義母様(王妃)がどのようなお積もりであれ、すでに舞台の準備は整っております。……彼女が自ら破滅の穴に飛び込むのを、私たちはただ優雅に見届けるだけですわ」


私はセオドア様の頬にそっと触れ、心からの美しい笑みを浮かべた。

売られた喧嘩は、相手が誰であろうと、完膚なきまでに叩き潰して買い取る。それが、ヴァンデルヴァルト公爵家の娘として育ち、現在は大公妃となった私の矜持なのだから。


────


その頃、王都の華やかさとは完全に隔絶された、はるか南方の辺境。

猛毒の瘴気が地を這い、太陽の光さえ届かない暗黒の穴――『魔石鉱山』。


「嫌、嫌ああああっ!なんで私が、こんな冷たくて汚い石を掘らなきゃいけないのよぉっ!」


かつて、ピンク色のふわふわした髪を揺らし、エリオットの腕の中で甘ったるい声を上げていたクロエ・マーティンは、今や生きる屍のようになっていた。

贅沢三昧だった美しい肌は、鉱山の毒素と煤によってドス黒く荒れ果て、自慢のピンク髪はボサボサに絡まり、あちこちが禿げ上がっている。

彼女が着ているのは、悪臭を放つボロボロの囚人服。その足首には、魔力を完全に封印する重い鉄球が繋がれていた。


「おい、手を動かせ罪人!お前がダラダラしているせいで、今日の班のノルマが達成できないだろうが!」

「ひっ、ごめんなさい!ごめんなさいぃっ!」


粗暴な大男の看守から容赦なく鞭が振り下ろされ、クロエの背中を打つ。

激痛に絶叫しながら、彼女は泥にまみれたツルハシを必死に握り直した。


毎日、生ゴミのような食事を一口与えられるだけで、朝から晩まで硬い岩盤を穿ち続ける日々。周囲にいるのは、王国を揺るがした凶悪犯や、反逆者ばかり。そこには、彼女を「可愛い小鳥」と呼んで甘やかしてくれる王子も、彼女の嘘に騙されてくれる間抜けな取り巻きも一人もいない。


「……なんで、どうしてこうなったの?私は王太子妃になるはずだったのに。リリアーナとかいう生意気な女を追い出して、この国の頂点に立つはずだったのに……!」


クロエは、血の滲む手で岩を睨みつけながら、呪詛のような言葉を吐き出した。

彼女はまだ理解していなかった。自分が犯した「国家予算の横領」という大罪の重さを。そして、自分が最初から、セオドア様と私によってエリオットを排除するための「使い捨ての餌」として踊らされていたという残酷な真実を。


「エリオットの馬鹿……!あの男が無能だったせいで、私の人生がめちゃくちゃよ!リリアーナ、あいつさえいなければ、私は今頃……!」


届くはずのない恨み言を叫びながら、彼女は再び、暗い地獄の底へと連れ戻されていく。彼女の浅はかな夢の代償は、この果てしない強制労働という名の絶望によって、一生をかけて支払われるのだ。


────


夜。王宮のメインホールである『金剛石の間』

天井を埋め尽くすクリスタルのシャンデリアが、今夜のために新調された魔法の光によって、まるで星空そのものを閉じ込めたかのように瞬いていた。


「クラリネス王国大公殿下、ならびに大公妃殿下、ご入場です!」


案内役の声が響き渡った瞬間、会場を埋め尽くす数百人の貴族たちから、一斉に歓声と羨望の溜め息が漏れた。


私は、夜空の深淵を思わせるミッドナイトブルーの最高級シルクドレスを身に纏っていた。ドレス全体に細かなダイヤモンドが散りばめられ、私が一歩進むごとに、まるで天の川が流れるかのような美しい輝きを放つ。

その首元には、もちろん大公家の至宝『星の涙』

私の隣を歩くセオドア様は、黒を基調とした大公の正装を完璧に着こなし、その圧倒的な美貌と威厳で周囲を威圧していた。彼の手は、周囲の男たちから私を隠すように、私の腰を深く抱きすくめている。


「リリアーナ様、今夜もなんと素晴らしい……!」

「ヴァロリア帝国を退けた知略、まさに我が国の宝ですわ!」


高位貴族たちが次々と私たちに歩み寄り、敬意を表していく。かつて、エリオットの婚約破棄の夜に私を冷笑していた者たちは、今や私の視線一つを貰おうと、必死に媚びへつらっていた。

これが、権力。そして、実力という名の絶対的な正義。


しかし、その優雅な歓談の時間は、突如として破られた。


「……退きなさい!私はこの国の王妃マリアンヌよ!誰が私の行く手を阻むというの!」


広間の入り口から、ヒステリックな金切り声が響き渡った。

貴族たちが蜘蛛の子を散らすように道をあけると、そこには、かつての栄華を失い、異様なまでに目を血走らせたマリアンヌ王妃の姿があった。

彼女は、本来であれば国王の隣に座るべき正妃としての品格を完全に失い、狂気に駆られた様子で、まっすぐに私とセオドア様の前へと突き進んできた。


「リリアーナ!あんたね、あんたが私の可愛いエリオットを陥れたのね!」


王妃は私を指差し、口から泡を飛ばさんばかりの勢いで怒鳴り散らした。


「エリオットが国庫の金を使った?愛人に溺れた?すべて嘘よ!あなたが、その恐ろしい大公と不義密通を働き、我が息子を邪魔者として排除するために仕組んだ陰謀だわ!よくも、よくも私の息子を、あんな冷たい修道院へ追いやったわね!」


広間が、水を打ったように静まり返った。

誰もが、王妃のあまりの暴挙に息を呑んでいる。しかし、彼女の隣には、失脚したヴァレリウス侯爵の残党や、エリオットを支持していた一部の無能な保守派貴族たちが、ここぞとばかりに勝ち誇ったような笑みを浮かべて控えていた。彼らは王妃を神輿として担ぎ、一発逆転を狙っているのだ。


「あなたのような不貞を働く毒婦が大公妃の座にあるなど、クラリネス王国の恥よ!今すぐその男の手を離し、罪を認めて跪きなさい!」


王妃の怒声が響き渡る中、私の隣に立つセオドア様の周囲から、目に見えるほどの黒い殺気が立ち上った。彼の銀色の瞳が、獲物を屠る直前の冷酷な光を放つ。


「……マリアンヌ王妃。貴様、今、誰に向かってその言葉を吐いた?」

「な、何よセオドア!大公の権力を傘に着て、私を脅すつもり!?私は王妃よ!国王陛下の正妻よ!」


セオドア様が剣を抜こうとしたその瞬間、私はそっと彼の前に進み出た。


「セオドア様、お下がりください。……狂犬の次は、狂った老鳥の相手ですわね。お義母様、お久しぶりでございます。お元気そうで何よりですわ」


私は、微塵も動揺することなく、むしろ哀れむような完璧な微笑みを浮かべて王妃を見つめた。


「な、何が微笑ましいのよ!不気味な狐女め!」

「元、お義母様。貴女は、エリオット殿下が『嵌められた』と仰いましたね。では、お伺いいたしますが……彼が二年間、国家予算から引き出して愛人に貢いでいたあの膨大な金の証拠、それを『王妃の裏口座』を経由して洗浄していた形跡については、どのようにお説明なさるお積もりですか?」

「え……っ!?」


王妃の顔から、一瞬にして血の気が引いた。


「な、何を言っているの……?私はそんなこと……」

「とぼけても無駄ですわ。貴女がエリオット殿下の愚行を知りながら、それを隠蔽し、むしろご自身の贅沢品や、実家であるマリアンヌ公爵家の私利私欲のために利用していた証拠は、すべて大公府の監査局によって押さえられております」


私は、背後に控えていた文官に目配せをした。文官が即座に、王妃の署名と印章が入った大量の裏帳簿の写しを、周囲の貴族たちに見えるように掲げる。


「さらに……」


私は一歩、王妃へと歩み寄った。私のサファイアのような瞳が、冷酷に彼女を射抜く。


「先日のヴァロリア帝国との外交戦。彼らが我が国の魔石鉱山の情報を事前に握っていた理由……それが、王妃離宮から送られた『密書』によるものであることも、すでに判明しております。……お義母様。貴女は、ご自身の息子を王位につけるための資金調達と引き換えに、このクラリネス王国を、ヴァロリア帝国に売ろうとなさったのですね?」


「な、国家反逆罪……!?」

「王妃様が、国を売ろうとしていたというのか!?」


広間に、今度こそ決定的な絶望と非難の嵐が巻き起こった。

王妃を支持していた保守派の貴族たちは、自分たちが「国家反逆者」の神輿を担いでいたことを知り、顔を真っ白にして次々と王妃から距離を置き始めた。


「う、嘘よ!それは偽造された書類だわ!私が国を売るはずがない!あなた! 助けてください!」


王妃が狂ったように叫び、広間の奥へと視線を向けた。

そこには、いつの間にか玉座から下り、重々しい足取りで歩み寄ってくる国王陛下の姿があった。


「あなた!この狐女が私を陥れようとして……!」

「見苦しいぞ、マリアンヌ」


国王陛下の低く、深い声が王妃の言葉を遮った。その顔には、長年連れ添った妻に対する、深い失望と怒りだけが刻まれていた。


「セオドアとリリアーナが持ってきた証拠は、すべて余が事前に確認している。お前がエリオットの横領を唆し、さらにはヴァロリア帝国と内通していたことは、疑いようのない事実だ。怒りよりも、失望したと言うべきか」

「あなた……そ、そんな……」


「お前は、王妃としての資格を失っただけでなく、この国の民を危険に晒した大罪人だ。……本日をもって、マリアンヌ・フォン・クラリネスを王妃の座から廃し、王族籍を剥奪する。一族はすべて連座とし、財産没収の上、生涯にわたり西方の『監獄塔』への幽閉を命ずる。」


「嫌あああああっ!あなた!許しください!私は貴方の妻でしょう!?」


狂い叫ぶ元王妃。しかし、彼女の両腕は即座に、完全武装した近衛騎士たちによって後ろ手に拘束された。彼女を担ごうとしていた保守派の貴族たちも、一人残らず監査局の局員たちに捕らえられていく。

引きずられていくマリアンヌの惨めな叫び声が、広間の外へと消えていくのを、人々はただ冷ややかな目で見送った。


すべてが、終わったのだ。

エリオットを裏で操り、我が国を蝕んでいた最大の「老害」が、自らの傲慢さによって、完全に自滅した瞬間だった。


「……見事な手際だったな、リリアーナ」


国王陛下は、私とセオドア様に向き直ると、深く、深く頭を下げた。


「お前たち二人がいなければ、この国は内側から腐り果てていた。……セオドア、リリアーナ。余の跡を継ぎ、この国を導くのは、お前たち二人しかいない。余が生きているうちに、王位を正式にセオドアへ譲る準備を進める」


その言葉に、広間中の貴族たちが一斉に跪き、地を揺るがすような忠誠の誓いを叫んだ。


「セオドア大王太子殿下!リリアーナ次期王妃殿下、万歳!」


光り輝くシャンデリアの下、私はセオドア様としっかりと手を繋ぎ、ひれ伏す貴族たちを見下ろした。

かつて「可愛げがない」と捨てられた公爵令嬢は、今、名実ともにこの国の「支配者」としての座を手に入れたのだ。


────


深夜。大公邸の主寝室。

夜会の喧騒から離れたその空間は、月の光だけが静かに降り注ぐ、二人だけの秘密の聖域だった。


「……ようやく、二人きりになれたな」


ドレスを脱ぎ捨て、薄手のシルクのナイトウェアに着替えた私を、セオドア様は背後から容赦なくベッドへと押し倒した。

彼の漆黒の髪が私の頬をくすぐり、銀色の瞳が、夜会での冷徹さを完全に消し去った、狂おしいほどの情熱と独占欲で私を射抜く。


「お疲れ様でした、セオドア様。……これで、私たちの未来を阻む障害は、すべて排除されましたわね」

「ああ。だが、国政のことなど、今はどうでもいい」


セオドア様は私の両手を頭上で優しく組み伏せると、私の唇に、息が絶えるほどの深く、激しい口付けを落とした。


「ん……っ、セオドア……様……」

「リリアーナ。今夜の君は、本当に……美しすぎて、僕以外の男が君を指差しただけで、あの広間にいた全員を皆殺しにしたくなった。君のその美しき頭脳も、完璧な微笑みも、すべて僕だけのものだ。誰にも、一瞬たりとも見せたくない」


彼の低い声が、耳元で甘く、そして支配的に響く。

首筋から鎖骨へと這い上がってくる彼の唇の熱さに、私の思考はまたしても甘く溶かされていく。


完璧な公爵令嬢としての仮面を剥ぎ取り、私をこれほどまでに激しく求め、愛してくれる、世界で唯一の男性。

彼の腕の中にいる限り、私は世界で最も幸福で、最も強い女であれるのだ。


「ええ、私は貴方のものよ、セオドア様。……ですから、今夜は貴方の好きなように、私を愛してくださいませ」


私が恥じらいながらも彼の首に腕を回すと、セオドア様は歓喜に満ちた、極上に甘い笑みを浮かべ、再び私を深い愛の海へと沈めていったのだった。

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― 新着の感想 ―
どの国にも必ず一人は腐った王子が入るって事ですかね。 帝国の王子も実は優秀な婚約者と婚約破棄してしまい、今回のような失態を行ってしまったのかもしれない。 と、思うと面白いですね。
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