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初夜に爆撃されたので、絶対聖域の寝室に引きこもって国を操る  作者: 秋月 もみじ


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第7話 引きこもり流・経済崩壊アタック


白いものが、ちらついてきた。


初雪だ。


空中に浮いた私の寝室「聖域」にも、冷たい風と共に雪が舞い込む。


「……寒いわね」


私は毛布を頭からかぶり、携帯暖房魔道具カイロを抱きしめる。


北の冬は早い。


そして、厳しい。


眼下の戦場を見下ろす。


先日の「巨大アリア幻影騒ぎ」で敵軍は一時撤退したが、完全に引き上げたわけではなかった。


彼らは国境付近に陣を張り、雪解けを待つつもりだ。


『……しつこいな』


通信板から、ジークフリート様の渋い声が聞こえる。


『奴ら、補給線を立て直して長期戦に持ち込む気だ。我々の備蓄が尽きるのを待っている』


「兵糧攻めですか。古典的ですが、一番嫌な手ですね」


私は投影板ウィンドウに、敵陣の熱源探知図ヒート・サーチを表示させる。


無数の焚き火を示す赤い光。


分厚い防寒着。


そして、運び込まれる大量の物資。


敵国ガレリアは軍事大国だ。


資金力がある。


だから、この極寒の中でも兵を維持できる。


「……お金、あるところにはあるんですね」


私はぼそりと呟く。


対して我が辺境伯領は、ジリ貧だ。


先日の「魔物肉」で凌いだが、冬を越すだけの燃料も飼料も足りない。


このまま睨み合いが続けば、春を待たずにこちらが干上がる。


なら。


「……干上がらせてやりましょうか」


「ん? 何か言ったか、アリア」


「いえ。旦那様、相談があります」


私は居住まいを正し、画面越しに彼を見据えた。


「領の金庫にある現金、および換金可能な資産……その『全て』の使用許可をください」


『全て、か?』


「はい。一リブラも残さず、です」


無茶な要求だ。


領の全財産。


それを、引きこもりの妻が「よこせ」と言っている。


普通なら「ふざけるな」と一蹴されるか、「何に使うんだ」と詰問される場面だ。


けれど。


『分かった。承認しよう』


即答だった。


一秒の迷いもなかった。


「……いいんですか? 理由も聞かずに」


『君が必要だと言うなら、それは我々が生き残るために必要なことなのだろう』


彼は穏やかに笑った。


『私は剣しか振れん。金や知恵のことは、君の方が優れている。……全権を委ねる。好きに使ってくれ』


「…………」


重い。


その信頼が、とてつもなく重くて、そして温かい。


「……後悔させませんよ」


私は震える指で、手元の術式入力盤キー・プレートを叩いた。


「さあ、戦争の時間よ。ただし、剣は使わないけどね」


          ◇


私がアクセスしたのは、大陸全土を結ぶ「魔導交易市場マーケット」の相場情報板だ。


ここは、各国の商人が遠隔通信で物資の売買を行う場所。


私の狙いは一つ。


敵国ガレリアの主要輸出品――『魔石』だ。


ガレリアは、質の良い魔石が採れる鉱山を多数抱えている。


彼らはその魔石を諸外国に売り、その利益で傭兵を雇い、食料を買っている。


つまり、魔石の価値こそが、彼らの生命線。


「現在の魔石相場、1グラムあたり500リブラ……高値安定ね」


私はニヤリと笑う。


まずは、仕込みだ。


私はジークフリート様から預かった全財産を担保に、市場で『先物売り』の注文を出した。


手元にない商品を「後で買い戻して返す」約束で、今の価格で売ること。


価格が下がれば下がるほど、私は儲かる。


逆に上がれば、辺境伯家は破産だ。


「……注文完了。さあ、次は演出プロモーションね」


私は別の術式を起動する。


先日、敵の通信網を掌握した時に確保しておいた「裏口」だ。


ここから、世界中の情報屋や商人が集まる掲示板に、ある噂を流す。


『速報:ガレリアの主要鉱山にて、新種の“魔石食い虫”発生』


『品質低下の懸念あり。エネルギー効率が30%ダウンか?』


『王都の研究機関が調査を開始――』


もちろん、全部嘘だ。


だが、文字だけの嘘ではない。


私は先日の「巨大幻影」で使った技術を応用し、魔石が虫に食われてボロボロ崩れる「証拠映像(偽造)」を作成し、添付してばら撒いた。


私の聖域が生み出す幻影は、肉眼では見分けがつかない。


効果は劇的だった。


投影板のグラフが、ガクンと揺れる。


『おい、ガレリアの魔石、虫食いだってよ!』


『映像を見たか!? 使い物にならんぞ!』


『買い手がつくうちに売れ! 逃げろ!』


市場は臆病だ。


誰かが叫べば、雪崩のようにパニックが連鎖する。


500リブラだった価格が、450、400……と秒単位で崩落していく。


「よし、落ちてる落ちてる」


私は投影板を見ながら、スナック菓子をかじる。


これぞ、引きこもり相場師の戦い方。


さらに追い打ちをかける。


私は自分の持っている「売り注文」を、さらに上乗せした。


大量の「売り」を見た市場は、「大口が逃げている! 本当にヤバいんだ!」と確信し、恐怖のどん底に叩き落とされる。


価格は200リブラを割り込んだ。


半値だ。


これで、敵国の資産価値は半分になった。


          ◇


同時刻、敵陣。


『ど、どういうことだ!? 給金が支払えないだと!?』


敵の傭兵隊長が、司令官に詰め寄っていた。


私はその様子を、使い魔のマウス経由で盗み見ていた。


『ま、待ってくれ! 本国から送金があるはずなんだ!』


『その本国からの手形が、紙切れ同然になったんだよ! 魔石の暴落で、換金所が受け取りを拒否してやがる!』


傭兵は現金な生き物だ。


金払いの悪い雇い主になんて、一秒たりとも付き合わない。


『こんな寒い中、タダ働きできるか! 俺たちは降りるぞ!』


『ま、待て! 契約違反だぞ!』


『破産した国に契約もクソもあるか! あばよ!』


傭兵たちが次々と陣を畳み始める。


敵軍の約四割を占める傭兵部隊の離脱。


残された正規兵たちも、動揺を隠せない。


『俺たちの給料はどうなるんだ……?』


『国にいる家族は大丈夫なのか?』


戦うどころではない。


彼らの心は、もうここにはなかった。


          ◇


「……決着、ですね」


私は手元の入力盤を操作し、「買い戻し」の決済を行った。


暴落した底値で買い戻すことで、莫大な差益が発生する。


辺境伯家の資産は、元の三倍に膨れ上がっていた。


「旦那様、聞こえますか」


『ああ。……アリア、一体何をしたんだ?』


ジークフリート様の声は、呆然としていた。


『敵軍が、勝手に瓦解していく。傭兵たちが帰っていくぞ』


「少し、お財布を攻撃しました。これで彼らは、今年の冬は戦争どころじゃなくなります」


私は淡々と報告する。


「それと、領の資産が増えましたので、これで冬越しの燃料と食料を買い付けます。……最高級の暖房魔導具も買えますよ」


『…………』


長い沈黙の後、彼がふっと吹き出す気配がした。


『はは……っ、はははは! 凄いな、君は!』


『剣も交えず、魔法も撃たず、敵の大軍を退けるとは!』


彼の心からの称賛。


でも、私は少しだけ胸が痛んだ。


「……汚いやり方だと、軽蔑しませんか?」


私は嘘をつき、経済を混乱させた。


多くの商人が損をしただろうし、敵国の民も困窮するだろう。


英雄的な戦い方じゃない。


「悪女の所業ですよ、これは」


『いいや』


彼はきっぱりと否定した。


『君のおかげで、私の部下は血を流さずに済んだ。敵兵だって、死なずに国へ帰れる。……これは、最も優しい勝利だ』


『胸を張ってくれ、アリア。君は私の自慢の妻だ』


「……っ」


涙腺が緩む。


この人は、どこまでも真っ直ぐで、私を肯定してくれる。


「……ありがとうございます。でも、調子に乗って散財しないように、お財布の紐は私が握っておきますからね」


「ああ、頼むよ。我が家の財務大臣殿」


通信を切る。


外の雪はまだ降っているけれど、不思議と寒くはなかった。


懐も温かいし、何より、心が満たされていたから。


私は大きく伸びをして、久しぶりにふかふかの枕に顔を埋めた。


「……さて、増えたお金で新しい魔導書でも買おうかな」


引きこもり令嬢の完全勝利。


経済戦争、制圧完了である。

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