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初夜に爆撃されたので、絶対聖域の寝室に引きこもって国を操る  作者: 秋月 もみじ


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第8話 絶対防御の盲点


勝利の美酒は、甘美な味がするはずだった。


敵軍は半減し、撤退準備を始めている。


我が軍の士気は最高潮。


暖房の効いた快適な「聖域マイルーム」で、私は高価なハーブティーを啜る。


「……終わりね」


長かった。


引きこもりにはハードすぎる数日間だった。


でも、これでやっと平穏なニート生活に戻れる。


そう思っていた。


『敵襲! 敵襲ッ!!』


深夜。


通信板から飛び込んできた悲鳴が、私の安眠を破った。


「……往生際が悪いわね」


私は寝ぼけ眼を擦りながら、投影板ウィンドウを展開する。


敵の残存兵力が、雪の中を突っ込んできていた。


陣形もクソもない。


ただの自殺突撃バンザイ・アタックだ。


「旦那様、聞こえますか」


『ああ。……どうやら、死に場所を探しているらしい』


ジークフリート様の声は冷静だった。


『私が引導を渡す。グスタフの首を取れば、完全に終わる』


「無理はしないでください。放っておいても自滅しますよ」


『いや、これ以上領民に不安を残したくない。……行ってくる』


彼は通信を切ると、親衛隊を率いて出撃した。


投影板越しに見る彼の剣技は、今日も冴え渡っている。


雪原を黒い狼のように疾走し、敵兵を蹴散らしていく。


危なげない。


私のサポートなんて不要なくらいだ。


「マウス、追尾して。……上空から援護射撃の準備」


私はあくびを噛み殺しながら、使い魔を操作する。


予定調和の勝利。


そうなるはずだった。


異変が起きたのは、彼が敵陣深く、司令官グスタフの本陣へ肉薄した瞬間だ。


ザァッ……!


突然、投影板の映像が乱れた。


「え?」


砂嵐のような魔力の乱れ。


音声も途切れる。


『……ア……アリア……!?』


「旦那様? どうしました?」


私は術式入力盤キー・プレートを叩く。


術式エラー。


接続不能。


「何……?」


魔力回線が繋がらない。


いや、回線そのものが「消された」?


『警告:広域魔力阻害ジャミングを探知』


術式管理盤が赤い警告灯を明滅させる。


阻害?


そんな馬鹿な。


私の術式は独自規格だ。


既存の妨害魔法なんて通用しないはず。


古代遺物アーティファクト……!?」


思い当たる可能性は一つ。


現代の技術体系を超越した、旧文明の兵器。


敵将グスタフ、最後の切り札か。


「マウス! 魔力通信をカット! 純粋な光学望遠モードに切り替えて!」


私は必死に操作する。


魔力が通じないなら、物理的な「レンズ」として見るしかない。


暗闇の中で、旦那様がどうなっているのか分からない。


「映って、お願い……ッ!!」


数秒が、数時間に感じられた。


やがて。


ザザッ……プン。


粗い映像が、辛うじて戻ってきた。


映し出された光景に、私の血液が凍りついた。


ジークフリート様が、雪の上に膝をついていた。


彼の周囲には、ドーム状の紫色の結界が展開されている。


魔力を無効化する「封魔の檻」。


その中で、彼は血まみれだった。


「だ、旦那様……!」


『かかれ! 魔女の目が届かぬ今が好機ぞ!』


映像の中、敵将グスタフが叫んでいるのが口の動きで分かる。


無数の槍が、剣が、動けないジークフリート様に殺到する。


彼は剣を振るうが、身体強化魔法が封じられた動きは鈍い。


背中を斬られた。


肩を射抜かれた。


「逃げて……!」


私は叫ぶ。


「聞こえてる!? 逃げて、ジークフリート様!!」


答えはない。


私の声は、阻害結界に遮られて彼には届かない。


私の支援魔法も、あの結界の中へは干渉できない。


ここから見えるのに。


こんなに鮮明に見えているのに。


指一本、助けられない。


彼が倒れる。


白い雪が、ドス黒く染まっていく。


「やめて……」


私は「聖域」の透明な壁に取り縋った。


壁の向こうは、安全で、静かで、暖かい。


私は無敵だ。


誰にも傷つけられない。


でも。


私の最強の盾は、今、私と彼を隔てる絶望の壁でしかなかった。


「開けて……」


私は壁を叩く。


「ここを開けて! 私が助けに行くのよ!」


無理だ。


聖域のルール。


『術者が移動すれば、術式は霧散する』。


私がここから飛び出せば、聖域は消える。


そして私は、魔法の使えないただの小娘として、数十メートルの高さから落下して死ぬ。


助けに行けない。


彼が死ぬのを、特等席で見ていることしかできない。


映像の中の彼が、虚空を見上げた。


血に濡れた顔。


焦点の合わない瞳が、正確にこの「見えない部屋」の方角を見ている気がした。


彼の口が動く。


音声は届かない。


でも、唇の動きで分かってしまった。


『……生きろ』


最期の言葉。


私への遺言。


ドスッ。


敵兵の槍が、彼の脇腹を深々と貫いた。


「いやぁぁぁぁぁぁぁッ!!!」


私の絶叫が、狭い部屋に木霊する。


嫌だ。


死なせない。


あんたがいなきゃ、誰が私を守るのよ。


誰が私に「美しい」なんて言ってくれるのよ。


誰が、この冷たい壁越しに、体温を分け与えてくれるのよ!


「……ふざけんな」


私は涙を拭うのも忘れ、入力盤に噛み付くように指を走らせた。


ルール?


制約?


知ったことか。


私が作った魔法だ。


私が書き換えてやる。


術式再構築リビルド……開始ッ!」


警告音が鳴り響く。


『警告:魔力消費量が致死レベルを超過します』


『警告:空間座標の固定に失敗する恐れがあります』


うるさい。


黙れ。


私は私の平穏のために、この部屋に引きこもると決めた。


だったら。


「部屋ごと、行くわよ」


私の平穏(旦那様)がそこにいるなら、部屋ごとそこへ行けばいい。


引きこもりの流儀プライドを見せてやる。


「【絶対聖域】――機動要塞モード、起動ッ!!」


バチバチバチッ!!


部屋全体が、激しい魔力の光に包まれる。


浮遊していた床が、轟音と共に動き出した。

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