おまけ・王妃・ヴィエナ
あの馬鹿息子が。
枕を思いっきりベッドに叩きつける。
小さな羽毛がベッドの上を舞う。
しまった、と思っても後の祭りだ。
こうなってしまうと、小さな羽毛がチクチクと肌を刺し不快になるのだ。
我慢できなかった。
あの馬鹿息子は、答えがある問題にしか対処出来ない。
それが腹立たしくて、つい枕に八つ当たりをしてしまった。
侍女に余計な仕事をさせてしまう。
枕を叩きつける時に、力加減をしなかった事を今更後悔しても遅い。
まだ微かに舞っている羽毛を見て、ヴィエナはため息をつく。
侍女を呼び、シーツや枕を交換してもらわないといけない状態になったことを伝え、居間に戻る。
気が付くと眉間に皺がよっている。
侍女のケリーがお飲み物でも、と言ってくれたがそんな気分ではない。
母としてルイスを評価すると、特段出来の悪い子ではない。
どちらかというと、模範生だ。
姉達の悪戯を散々見ているのと、末っ子長男で姉達の玩具だったのだから、まぁ気質はどうしても大人しくなるだろう。
実際自分の目から見ても、乳母からの報告でも小さな頃から手のかかる子ではなかった。
ルイスが生まれた後に、すぐに婚約者に狙ったのはトワイゼルの食糧庫と呼ばれる領地を管理する、野心家ではない両親を持つ子供。
自分の娘は他国に嫁ぐ、ならば息子には国内から。
地盤固めには最適の縁組だった。
小さな頃のイザベラは、天使のような可愛らしさだった。
自分の娘よりも、一緒にいる時間は長かったかもしれない。
イザベラは、耳が良いのか語学が得意だった。
4か国語をマスターし、流暢に話した。
他国の文化風習を理解し、外交の場でも話が盛り上げるなどして、円滑に交渉が出来たことも多々ある。
時にはヴィエナの知らない逸話を披露し、彼女を驚かせた。
イザベラ。
この場にいない、義娘を思う。
四角四面な息子を柔軟にサポートしていた。
あの馬鹿息子がしっかりとイザベラを掴んでいたのなら、妖精の番に選ばれなかったのでは、と思う事がある。
未練がましい事を。
ヴィエナの目から見て、キャッサンドラははっきり言って頼りない。
話せる言語は自国語のみ。他国の言語は現在勉強中だ。
とりあえず、1か国は聞き取りが出来る様になってきた。
それに、あまり社交界に出てなかった為、場の雰囲気にのまれてしまう時が多々あるのだ。
そして致命的なのは、動揺が顔にすぐ出る点だ。
あれでは、交渉は覚束ない。
イザベラだったら。
思いたくないのに、つい思ってしまう。
比較してはいけない、と思っているのに、つい比べてしまう。
王太子妃として勉強していた時間が長かったのだ、出来て当たり前だ。
分かっているが、自分でも持て余してしまうこの感情はどうしようもない。
ヴィエナの手元には、一通の手紙がある。
差出人は、イザベラ。
懐かしい字だった。
イザベラが去って、早くも1年が過ぎていた。
イザベラはビショップ殿と穏やかに暮らしている、という旨が書いてあった。
まだまだ知らなかった事が沢山あり、毎日が勉強の連続です、そして自分で出来ることが色々と増えました、と嬉しそうに書いてあった。
その暮らしぶりがどんなものなのか、自分には想像もつかない。
だが、踊るような文字が、イザベラが幸せな時間を過ごしている事を証明しているようで、胸が暖かくなった。
この手紙は、フィッツジェラルド侯爵が、こっそりとヴィエナに渡してくれたものだ。
手紙は、ヴィエナ宛と、イザベラの家族宛しか入ってなかったそうだ。
ヴィエナは知っている。
ルイスが、今でもイザベラを気にかけて苦しんでいることを。
だけど、彼女は息子にこの事を教える気は更々ない。
彼にとって、永遠に答えの出ない問題だろう。
母として、願う。
いつか、ルイスなりに納得のいく答えを導きだしてくれることを。
そうしたらきっと、夫のような王になってくれる。
王妃として、願う。
王太子妃の変更の件で王家はかなりの力業を使った。
今はまだ夫と自分がいるから良いが、今後、息子の治世では舵取りが難しくなるかもしれない。
そのためには、ルイス自身の成長を皆に見せないといけないだろう。
この一年、少しずつではあるが彼も成長している。
今後もこの成長が期待できるなら、きっと、大丈夫だろう。
寝室の準備が整ったと声をかけられて、ヴィエナは手紙を鍵のかかる引き出しに仕舞った。
私が死んで、ようやくルイスは答え合わせが出来るわね。
答え合わせの結果を、ヴィエナは知ることはないだろう。
知るつもりもない。
ベッドに潜り込み、目を瞑る。
イザベラが、幸せで良かった。
口から洩れたのは、安堵の溜息。
ヴィエナは、その夜、夢を見た。
思い出すと、つい微笑んでしまいそうになるくらい、寄り添い、幸せそうに笑う二人が出てくる夢だった。
これで本当にお終いです。
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