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第十九話

「まずはご案内致しましょう。 ヒューマンの方々」


「いいよ、しなくても。 今日この日、俺たちヒューマンと君ら神人が真正面から戦うことは誰しもが知ってる。 この世界に存在する全ての種族がね。 彼らは早くそれが見たいんだ、今か今かと楽しみにしているんだ。 だというのに、それを焦らすなんて……勝負を早めた割りに、やけに変なことを考えているみたいだね」


 軽く頭を下げたヴァルキューレ相手に、カノは淡々とそう告げる。 カノが今言ったように、今日のヒューマン族と神人族の戦いは全ての種族が知るところだ。 システムメッセージでの通達、及び映像出力がされており、この戦いは全ての種族が己の本国で見ることができる。 これもまた、仕様の内の一つである。 同時、これは神人族に対する縛りの一つである。 カノの思惑の一つ、万が一神人族が将棋にて敗北を期した場合、その後の約束を反故にされない為の足枷だ。 神人族は誇り高く、プライドが高い。 曲りなりにも一度受けた勝負の約束を反故にすれば、周りからどのような目で見られるかは明白だ。 この場合、神人族にとって何より厄介なのは魔王族の存在であり、世界のバランスを保つ、対となる存在の魔王族から見下されることだけは、許されることではなかった。


 だが、それは杞憂であり、考えるだけ時間の無駄だというのがヴァルキューレの見解だった。 そもそもの話、将棋で負けるという発想自体、ヴァルキューレには存在しないのだ。


「はて、何のことでしょうか? わたくしとしても早く勝負がしたく、性格上どうしても楽しみなことが待てない口でして。 もしもあなた方が、約束通り四日後の勝負が良いというのなら、甘んじて受け入れる所存ですよ」


「ふうん、約束通りの四日後ね」


 カノは言うと、一瞬チラリとヴァルヴァードへ視線を向ける。 辻褄が合わない、とでも言いたげに。 これこそ、予めヴァルヴァードに正確な口裏合わせを行っていなかった所為であり、ヴァルヴァード自身に罪科があるわけではない。 が、清廉な彼女は狼狽える。 ヴァルキューレの考えに及ばなかった自分のミスだ、と。


「確かに、そりゃそうだ。 そこのかわいこちゃんも「断っても構わない」と言ってたしね。 けど、それならなんで街案内なんて?」


 ヴァルヴァードの予想に反し、カノはヴァルキューレにそう告げた。 決して「断っても構わない」なんてことは口にしていない彼女だが、その言葉に更に狼狽する。 どうしてカノは嘘を吐いたのか、その部分の意味が理解できない。


「冥土の土産に、ですよ。 遠路はるばる、命の危険を犯してまで、我々の本国であるラピュエルに足を踏み入れたその勇猛さに敬意を払ってのことです。 しかしまぁ、そうですね」


 ヴァルキューレは微笑む。 その微笑みの奥には、計り知れない何かがある。


「あなた方がもしも死に急ぎたいと言うのであれば、是非もなし。 始めましょうか」


 こうして、後に歴史に刻まれる種族同士の戦いは始まった。 ヒューマン族と神人族、最初にして最後の戦いは。




「良くやりましたね、ヴァルヴァード」


「は……と、言いますと?」


 数分後、ヴァルキューレとヴァルヴァードは本国内、樹の根元にある王座へと居た。 ここからでもカノとリーンの姿は見えるが、声は届かない。 殆ど全てが樹のツタで自然的に作られているラピュエルで、石畳や噴水など、人工的なものが置かれているのはこのエリアだけだ。 閉鎖的な空間を好きではないというヴァルキューレのひと言によって、作られた場所である。


「わたくしの考えを理解し、先に言っておいたことです。 自然と合うというのは、存外気持ちが良いものです」


「……いえ、私は」


「そう謙遜することはありません。 ヴァルヴァード、あなたはわたくしがもっとも信用し、全幅の信頼を寄せる戦乙女なのですよ」


 ヴァルキューレの言葉に、ヴァルヴァードは深く頭を下げた。 内心、ヴァルヴァードに引け目はあったものの、それすら気にならなくなるほどに光栄なひと言であった。


「では、その信頼に答えてください。 もしも仮に負けるようなことがあれば、彼らに支配される前に、あなたの命はありません」


「心得ております。 神人族の誇りにかけ、ヴァルキューレ様に対する忠誠に誓って、このヴァルヴァードに敗北の二文字はございません」


「よろしい」


 そして、二人の神人族は広間へと出る。 そこには既に、二十八の神人族がそれぞれ好きな場所に居た。 一見まとまりがない集団ではあるものの、それはヴァルキューレの放つひと言で一つの軍隊にも変貌する。 神人族にとって、上位の存在は絶対だ。 少なくとも、忠誠を誓っている間にそれが揺らぐことはない。


 その中に、ラックランスの姿が見える。 ヴァルキューレは誰にも悟られないようにラックランスを一度目で見やり、カノとリーンに視線を向けた。


「まずは、ルールの確認を。 勝負は全二戦、ヴァルヴァードと女、及びわたくしとあなたでの勝負となり、女かあなた、そのどちらかが勝てばわたくしたち神人族の敗北です」


「うん。 で、両方で負けた場合は俺たちの負け。 そのときは散々先延ばしの宣戦布告を甘んじて受け入れよう。 それを拒否した場合、俺とリラのことは好きにしても良い。 足を舐めさせるなりご自由に」


 カノは笑い、ヴァルヴァードに視線を向ける。 ヴァルヴァードはそれを妄想でもしているのだろうか、少々表には出せない顔となっていた。


「敗北、イコール種族の敗北。 わたくしたちも同様、あなた方ヒューマンからの支配を受け入れましょう。 そして、この勝負に決着が着くまでの間、互いに敵対行動は禁止とします。 あなた方のためのルールですね、これは」


「もちろん。 それが一番の心配事かな」


「では、念の為に。 種族長、ヴァルキューレが全神人族に命じます。 全ての者は、勝負に決着が着くまでの間、ヒューマン族に手出しをしないように」


 その言葉は、まるで風のように辺りに散っていく。 カノはこれを見て、一旦はホッと胸を撫で下ろした。 カノですら覚える緊張感、それを与えるほどに、この神人族に囲まれた状況は絶望である。 そして、たった今ヴァルキューレがしたのは仕様内での命令だ。 この種族令が発せられた場合、忠誠を誓う者は決して逆らうことができない。 忠誠をしているか定かではないラックランスを除いて、全ての神人族はこの瞬間、ヒューマン族に対して攻撃を加えることができなくなった。


「助かるよ、あれじゃあまともに思考もできないからね」


「ええ、お役に立てたのなら」


 ヴァルキューレは微笑むと、その場に用意された椅子に座る。 最初にヴァルキューレが座るのは観戦席とも呼べる場所で、同じくその横に用意された椅子へカノは腰を掛ける。


「カノ」


 そんなカノを見て、リーンは不安そうに見つめる。 リーンは一人ではない、だが、その不安は未だに燻っている。 なんらかの助言を得られないかと思い、リーンは仲間であるカノの眼を見つめた。 そして、それを見てカノは。


「ま、どうせリラじゃ無理だし気軽に負けても良いよ。 俺が勝てば問題はないわけだしね」


「……」


 何も期待はしていなかった。 しかしカノは、そう言うのが一番効果が出ると感じていた。 リーンの性格上、喧嘩を売られれば買うだろう。 そして曲りなりにも馬鹿にされ続けている、見下されていると感じているカノから言われれば、その闘志に火がつくのも無理はない。


「絶対、絶対カノのことは倒しますっ!!」


「……貴様の相手は私だぞ」


 奮起するリーンを見て、呆れたようにヴァルヴァードは言う。 彼女の言う通り、リーンの相手はヴァルヴァードで、カノではない。


「どちらが勝つと思いますか?」


 カノの横に座っているヴァルキューレは、カノに対し尋ねる。 それを聞き、カノは視線を相対する二人へと向けた。 一見、この勝負は両者共に悪い勝負はしないようにも見える。 が、神人族には最強にして最悪な固有スキルを保持しているのだ。


「そんなの決まってるよ。 勝つのは俺たちだ」


「そう思うのも無理はありません。 あの子は些か、思慮が足りていませんからね。 ですが、場所が戦場となれば話は別です。 彼女の真価はそこにある」


 ヴァルキューレの言う通り、本来であればヴァルヴァードは思考をしながら戦うタイプの神人ではない。 自身の直感に従い、その場で最善かつ最高の行動を取れるのが、ヴァルヴァードだ。 類まれなる直感値は、彼女に危険を知らせ、彼女を最優の道へ連れて行く。


 ヴァルキューレ自身、策略や計略を使うのであればまだしも、ヴァルヴァードは自由に動いてもらうのがもっとも良いということは心得ていた。 今回はその策略を使うため、やむを得ない部分があったものの、それは結果的に「ヴァルヴァードにならば勝てるかも」と、希望を見せることに成功している。


「地を駆け空を飛び立ち塞がるその全てを斬り伏せる。 戦場で舞う彼女はとても美しい」


「そうだね。 絵にしてみたら高く売れそうだよ」


「それは良い、今度彼女に提案をしてみましょう。 ふふ」


 ヴァルキューレに焦りはない。 つまり、ヴァルヴァードが負けるということを思い付きもしていない。 思い寄らぬ敗北や、思いがけぬ敗北ではなく、そのことを思い付いていないのだ。


「始めようか、リーン」


「はい、宜しくお願いします、ヴァルヴァード……さん」


 真面目なことに、さん付けをし、更には右手を差し出すリーン。 ヴァルヴァードはそれをひと睨みしたあと、手を取らずに無視をする。 どこまで行っても、ヒューマンを見下す態度には変化がないようだ。


 リーンはこのとき、人生の中でもっとも実力を発揮できる状態であった。 極限状態に至るまでの緊張感、そしてこの数日、延々とカノに命じられた泡の作成による、集中力の強化。 何より負けられないという強い想い。 それらは噛み合い、本来持つ実力以上の力を発揮できる。


 対するヴァルヴァードは、精神状態はあまり良くないと言えた。 カノによる度重なる揺さぶりと、妙な肩入れ、そして身に覚えがないことでヴァルキューレに褒められた……仕える主に嘘を吐いたかのような、罪悪感。 それらは確実にヴァルヴァードの思考を鈍らせ、劣らせる。


 この二つによって生まれた差異は、かなりのものであった。 素人とプロ、それほどの違いが埋められていく。 本来であれば十年以上もの道のりを精神状態のみで埋めるというカノの策は、ほぼ完璧に決まったと言っても良い。


 だが、それでも。


「王手、詰みだ」


「……そんな」


 ――――――――僅か二十手。


 その圧倒的な力こそ、神人族であり、個にして最強の種族たる所以である。 ヴァルヴァードが特別、知力に長けていたわけではない。 そしてリーンが特別劣っていたわけでもない。 そこにあった差は、種族の差でしかない。


 ヒューマンと神人、それらが生まれ持つ、言わば才能。 その圧倒的な才能を見せつけられ、リーンは埋めようがない溝に直面することとなる。 そして理解した。 生まれ持ったこの差を埋める方法、この勝負で勝つ確率は、それこそ小数点以下でしかないと。


「……悪く思うな、迷いがない手は賞賛するぞ」


 例えその差が絶望的だとしても、絶対的な差だったとしても、ヴァルヴァードは一人の戦士、戦乙女だ。 自らに媚びるものならば人とせず、自らに逆らう者は敵とする。 だが、自らに立ち向かう者ならば――――――――それは賞賛に値する。


「最後まで決して諦めず、己が勝利を疑わない。 お前の戦い振りは、恥じるものではない」


 ヴァルヴァードは言うと、手を差し伸ばした。 数十分、その小さき盤で行われた僅かな時間、ヴァルヴァードがリーンに対して持った印象は変わったと言える。 少なくともこの瞬間、ヴァルヴァードはリーンを自分よりも下だとは決して思っていなかった。 それは実力の話ではない。


 ひとつの生命として、ひとつの命ある者として、自分自身の命と同程度の価値が、この少女にはあると思ったのだ。


「無益な戯れをしろと、誰が命じましたか?」


 直後、握手をしようと伸ばされていたヴァルヴァードの手に、短剣が突き刺さる。 その動きは誰も気付かず、まるでそこに出現したかのように、ヴァルヴァードの手を貫いた。


「ッ!」


 痛みにより、その端正な顔をヴァルヴァードは歪めた。 並大抵の攻撃ならば無効化される神人族ではあるが、自身より上位であるヴァルキューレの攻撃は容易く通る。 そのとき、咄嗟に動いたのはリーンだ。


「だ、大丈夫ですかッ!?」


 駆け寄り、リーンはヴァルヴァードの手を持つ。 痛々しくもそこには短剣が突き刺さっており、赤い血は床へと垂れている。 それを受けたヴァルヴァードは必死にどうにかしようとするリーンの顔を眺めていた。 呆然、という表現が一番しっくりと来るかも知れない。 今起きたことに、ヴァルヴァードは理解が追いついていなかった。 そして数秒、ようやくヴァルヴァードは行動を取る。


「……離せッ! 馴れ馴れしく触れるな、女」


 手を振り払い、ヴァルヴァードは手をどうにかする前に、ヴァルキューレに頭を下げた。


「……まぁ良いです。 勝ったのであれば、問題ありません。 下がって良いですよ、ヴァルヴァード」


 ヴァルヴァードは、内心複雑であった。 自分たちの敵であるヒューマンは、義理を立てて戦った。 逃げることなく、臆することなくだ。 しかし、ヴァルキューレが言うようにヒューマンと慣れ合うことは神人族の格を落とすことにも繋がる。 ひいては自ら忠誠を誓ったヴァルキューレの在り方を否定することにもなり、それは決して、許されることではない。 己の種族としての誇り、誓った忠誠の重み、そして戦乙女としての在り方、それらが揺らぐことはない。 信頼されている限り、例えどのような仕打ちを受けようと、揺らぐことはない。


 ヴァルヴァードは頭を上げ、その場から言われた通りに下がり、そこでようやく短剣を乱雑に引き抜いた。 その光景をただ見守るリーンと、興味深そうに見つめるカノだ。


「可哀想に」


「他種族のことに口を挟むのですか? ふふ、意外にもお優しいのですね」


 カノが漏らした言葉に対し、ヴァルキューレは口を開く。 口元を片手で覆ったその仕草は、気品溢れるものだ。


「そりゃーそうさ。 だってこれから俺のモノになるわけだし、それを傷付けられたら怒りたくもなるでしょ? 俺は君より大切に扱うつもりなんだからさ」


 笑い、カノは一切の淀みない笑顔で言う。 その表情を見て、ヴァルキューレは一つの答えに辿り着いた。


 圧倒的な差を見せられての余裕、いかなる出来事にも揺るがない精神、そして未だに勝てると信じる信念。 この男は、狂っているのだと。


 そうでなければ説明が付かない。 神人族に勝てる根拠も、道理も、運命だってないというのに、未だにこの男は勝てる妄想を広げ、全く持って下賤な思考と言動を繰り返している。 せめてもの手向け、そろそろ現実を教えるべきだ。 そう思い、ヴァルキューレは立ち上がる。


「慎みを知りなさい、ヒューマン。 最早、手加減は致しませんよ」


「そうこなくっちゃ。 それじゃあ始めよう」


 カノは笑い、ヴァルキューレもまた笑う。 その両者は小さな盤を挟み、座り込む。 両種族の運命を決める戦いの火蓋は切って落とされた。

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