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第十二話

「では、一週間後。 こちらはヴァルヴァードをお迎えに上がらせましょう」


「うん、分かった。 一応、俺とリラを殺さないように言っといてね。 あくまでも客人として行くんだからさ」


「勿論ですとも。 わたくしはあなたの望むモノであなたに勝ち、あなたの絶望する顔を見たいのですから」


 ヴァルキューレは言い、ヴァルヴァードは未だに納得がいっていない様子で飛び去っていく。 あれから勝負内容を詰めていき、決まった内容はこうだ。


 全部で試合を二回行い、一度でもヒューマン側が勝てばヒューマンの勝ちとする。


 一戦目はリーンとヴァルヴァードが、二戦目はカノとヴァルキューレが行い、一戦目の時点で決着が付いたとしても、二戦目まで行うものとする。 当然、その場合は二戦目の勝ち負けは勝敗に影響しない。


 ヒューマン側が負けた場合は、すぐさま宣戦布告を受諾する。 神人側が負けた場合は、ヒューマンによる支配を受け入れる。 勝った方が相手種族を支配できるという単純明快な取り決めだ。


「しっかし、ヴァルヴァードよりヴァルキューレの方が舌が肥えてるのかな? やっぱり」


 そんな取り決めをしている最中、残されていた食料一ヶ月分のほぼ全てを使い、カノはロッドに料理を持ってくるように依頼をした。 その所為もあり、ヒューマンに残された食料は一週間分ほどしかない。 そんななけなしの食物を出したのだが、ヴァルキューレが美味しそうに食べるのとは逆に、ヴァルヴァードは一切を口にしようとしなかった。 毒という以前に、ヴァルヴァードにとってヒューマンの食べ物は神人族が口にするべき物ではない、という認識があるのだろう。


「数少ない食物を全部使って……なんでそんな脳天気なんですか……わたし、足の震えが止まらないんですけど……」


「武者震いか! やる気満々だね、リラ。 大丈夫大丈夫、なんとかなるって。 それに客人をもてなすのは当然だろう? 人として当たり前のことをしたまでだよ」


 カノは笑っていう。 どこか含みのある言い方ではあったが、リーンは内心、それどころではなかった。 長年生きながらえてきた国が、突如として現れた英雄のおかげで潰れかけているのだから、当然だろう。


「どうしてそんな脳天気なんですかっ! 第一、外に出た瞬間に殺されるに決まっています……もしも勝負出来たとして、勝てるわけがありません! 神人族には『全知全能の加護』があるんですよ!? 例え、こんなことはあり得ませんが……カノの知力がヴァルキューレを上回っていたとしても、その加護の所為で敗北します!!」


 リーンの言うことは、もっともだった。 この世界に置ける知力とは、単純に頭の良さだけを表すものではない。 回転の速さ、理解力、記憶力、想像力、状況把握から未来予測力、そういう類のものを全てひっくるめたステータスが、知力となっている。 故に、知力で負けているものが知力を使うゲームで勝てる可能性はない。


「俺はリラのことは好きだけど、その部分だけは大っ嫌いだ。 虫唾が走るくらいにね」


 カノはリーンの顔を見ず、言う。 リーンの耳に聞こえた声は、とても冷たく、まるで別人の声だった。


「自分の力を信じられない馬鹿には絶対勝てない。 どうしてヒューマンということに誇りを持てない? どうしてヒューマンだから神人族に勝てないと思い込む? ヒューマンだから殺される側でしかない? たかがヒューマンだから無理、ヒューマンだから不可能、ヒューマンだから負ける」


 横顔は、悲壮に満ちていた。 笑顔が似合う、標準だったカノのそんな顔を見たリーンは、何も言うことができない。


「――――――――くっだらねぇ。 そんなことを思ってる内は、人間の持つ力の一割も理解できちゃいない。 良いか、リーン・ライラック・フェレスヘンザーチェル。 今から俺が面白いものを見せてやろう。 俺も所詮はヒューマンだ、そんなヒューマンの可能性を見せてやる」


 カノはようやく、リーンの方に顔を向け、そして口を開いた。 その言葉たちは、リーンにとっても覚えのあるもの。 そして、この瞬間にリーンはカノの恐ろしさに気付く。


 カノが口にしたのは、リーンとの会話だ。 最初に出会ったときから、今に至るまでの会話。 その全てを一字一句間違うことなく、口にしたのだ。 リーンですら覚えていないどうでも良いことのひとつひとつ、それらを全て口にした。


「……っと、こんな感じ。 俺は今まで見聞きしたことを全部覚えてる。 あの神人族の頭の先からつま先まで、全部ね。 俺みたいなボンクラでもこれだけのことができるんだ。 そう思うと、自分でも何かできるんじゃないかって思わない?」


「……驚きました。 カノ、本当はただの性悪ではないのですね。 ですが、わたしにできることなんて」


「あるさ。 リラ、どんな魔法が使えるかを教えてくれ。 今はただ、どんな些細な情報でも集めないといけない。 期間は一週間、これから忙しくなるよ」


 カノは言い、歩き出す。 その後ろに続き、カノの背中を見たリーンは、ようやく決意を固めた。 迷いがない言葉と行動、そして迷いがない背中。 リーン・ライラック・フェレスヘンザーチェルは、このとき、その英雄を見たのであった。




 次の日の朝、リーンが起きると、カノによって慌ただしく出かける準備をさせられた。 向かった先は、このダリラに構える巨大な城で、今度は牢屋ではなく、ちゃんと中に通された。


「カノ? 一体これは……」


「良いから良いから。 一世一代の大舞台、やっぱり二人揃ってた方が良いでしょ」


 リーンは城内に入ると、階段を上り、通路を渡り、最後に身の丈の二倍ほどある扉を開け放たれる。 そんな、何が起きているのか分からぬまま、リーンはそこに立っていた。


「では、これよりカノ国王とリーン王妃による国王演説となります!!」


 聞き慣れた声、これは、ロッドの声だ。 しかし、今なんと言ったのか、リーンは未だに理解が追い付かずに居た。 国王……王妃……挨拶? まさか。 そこまで思いが至ったところで、時既に遅し。 既に扉は開け放たれており、大きな、とても大きな歓声までもが響き渡る。 その大歓声は、振動となってカノとリーンの体を突き抜けていった。


 ロッドは昨日の内に、話を済ませておいたのだ。 カノから神人族と勝負をすることになったと聞かされるとすぐさま行動に移した。 まずは、ライルが亡き今、三柱となった者たちに話を通す。 ナーシャもクロードも外交関係にはそこまで首を突っ込んでは来ず、更に国としての責任を取ってくれる者が居るならば……加えて、それが伝説にもなっている英雄というならば、是非もなしといった具合で、その日の内に決定を迎えていた。


 そして、昨日の夜に国民に電報を回し、今日の朝、こうしてダリラで暮らす多くの国民が集まった。 それは国王となった者を見るというよりかは、英雄見たさの者が大勢いる。 英雄ともなれば、近くに居れば導いてくれる存在であり、道標でもある。 故に、一目見ようと多くの人々がそこには集まっていた。


「わ、わわわわわわっ……無理です無理ですっ! カノ、なんですかこれ! わたし、つい最近まで繁盛しない喫茶店を一人でやってたんですよ! こんな大勢の人を見たことなんてないくらいにっ!」


「だったら今の内に慣れておかないと。 いずれは世界中全てのものを見なければならないんだから……っと。 重いな……」


 カノはその場にしゃがみ込み、隠れてしまったリーンを抱き上げる。 咄嗟のことで、リーンは抵抗できずにそれに従う他なかった。


「重いって、それ女性に言わないでくださいっ!」


「あはは、ごめんごめん。 ほら、見てみなよ」


 カノは言い、目で合図をする。 そこに広がっているのは、広大な景色だ。 ダリラから見る、もっとも高く、もっとも綺麗な景色が見られる場所。 それがこの城であり、国王と王妃のみ使用することが許される、城内からの演説台であった。 遠くに見えるは、巨大な鉱山、ビーストが暮らすロックヘルと呼ばれる鉱山だ。 そして、その右方に見えるはウィザードの街、アルガナハイム。 左方にあるは、エルフの森、エルヴンガーデン。 神秘的かつ幻想的、そして壮大かつ圧倒的な景色。 リーンは生まれて始めて、その外の世界をその目に映し、その心に宿し、その情景を見据えた。


 ――――――――綺麗。


 ただただそう思い、それだけで充分だった。 リーンはそのとき、その景色に魅せられ、感動した。


「すごい……でも、カノ。 まだ他にも、たくさんの街や自然が、この世界にはあるんですよね?」


「ああ、俺たちが知らない景色はまだたくさんあるよ。 でもまぁ、とりあえずはあそこかな」


 カノは鉱山の更に奥を指さした。 霞んで見える先に、僅かに見えるのは巨大な樹だ。 この世界、ワールドにおいて最大の樹、ラピュエルの樹が天まで届かんと言わんばかりに伸びている。


「神人族の本国……ラピュエル」


「良く覚えといてね、リラ。 近いうちに、俺と君はあそこで世界を見渡している。 この俺が、真宮風乃が約束しよう」


 リーンは思う、この男、この人であれば本当にやりかねないと。 そして、リーンはその景色を見てみたいと、そう思ったのだ。


 ワールドに存在する種族において、最強の個体戦闘能力を誇る神人族。 彼女らは筋力値、俊敏値、体力値……全八種類のパラメーターにおいて、最高の数値を叩き出す種族だ。 全知全能であり、自らを神と名乗り、殆どの種族から恐れられる存在、神人族。 彼女らとヒューマン族が戦うことになったということは、全ての種族の耳に既に入っており、しかし誰一人として止めることはできない。 神人族が今までヒューマンの本国取りに手を出してこなかったのは、単純に興味がなかっただけに過ぎず、その神人族が手を出してきた以上、最早これは誰にも止められない戦いになったのだ。


 そんな神人族の本国を指さし、少年は言う。


「俺の勝ちだよ、神人ども。 負ける可能性は消え去った」


 そして、腕に抱かれた少女は少年の顔を見た。 爽やかで、まるで汚れを知らない青年に思えた。 白く、しかし何者にも染められない色を見た。


「カノ」


「ん?」


 突然呼ばれ、カノは返事をする。 カノには当然、予想できないことも存在している。 例えばそれは、カノが予想しなかったことだ。 予想を立てれば外さない、が、予想をしていなければ、それは予想をできなかったとも言えること。


「わたし、決めました。 カノと共に歩みます」


「いやいや、今更何言ってるの。 そんなのもうとっくに……」


 その点で言えば、リーンは良い意味でカノの予想を裏切ったと言える。 カノが言葉を言い切る前に、リーンはカノの首に腕を回し、口付けをしたのだから。 それはカノ自身想定しておらず、予想もしておらず、まさに不意を突いた一撃で、予期せぬ一撃で、カノはこのとき後頭部を殴りつけられたような、そんな感想を持った。 リーンにとって初めてのそれを「後頭部を殴られたようだ」との感想を抱くカノは大概であることは、言うまでもあるまい。


「……ふふ、そんな顔は初めてみました」


「……」


 カノは思考する。 不意を突かれた場合、どうするのが最善か。 この場合、この状況において、反撃の一手を打つべく、カノは思考を張り巡らせる。 お礼や照れくさい返答など、カノはしない。 いつでも打つのは、状況を変える一手でしかない。


「リラ、唇乾燥してない?」


「……ッ!!」


 三度目の攻撃は、見事にカノの頬を捉えるのだった。




 その後、新たな国王、新たな王妃となった二人のそんなやり取りを見ていた国民は大いに盛り上がる。 野次を飛ばす者も居れば、祝福の声を挙げる者、そもそも誰だという声を挙げる者すらいる始末で、しかしその光景はひとつの国を表している光景だ。 一つの出来事に対し、様々な感情を持ち、様々な感想を抱き、様々な思いを巡らせる。 それこそがカノが愛し、リーンが愛す人間だ。


 だから、カノは最初の一手を打つ。 神人族に打ち勝つための初手を。 そして、布石を。


「ヒューマン族、全国民に告ぐッ!!」


 カノはありったけの声量を出し、遥か上から、自身を見上げて言葉を待つ国民に向け、口を開く。 リーンはそれを傍らで見守り、カノが国民に向け、初めて告げる言葉に聞き入った。


「俺はヒューマン族の新国王となったカノだ!! 納得できない奴も居れば受け入れられない奴も居るだろう! そんなのは当たり前だ! 唐突に出てきた奴に全てを任せられる人間なんていない! だが、この国の主導権は俺が握り、お前ら国民は俺の進む道に続けば良いだけだッ!!」


 リーンは、多少強引ではあるものの、それこそ国王に必要なものだとも思った。 今までの歴代の国王たちは、萎縮し、他種族に対し数歩も引いた姿勢でしかなかった。 それ故、カノの国王としての適正は最高であり、相応しいとも思えるものだった。


 が、そんな思いも束の間、カノは続ける。


「先日、俺は神人族の二人と話をしたッ!! 結果、この国は滅びることが決まった!! 期間は一週間後、それまでにこの国を去る準備をしておけッ!!」


「……ハイ!? か、カノっ!? い、いい、一体何を!?」


 こうして、戦いの火蓋は切って落とされる。 この世界に置いて最弱の種族、ヒューマンと、最強の種族、神人族との戦いは。

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