第十三話
その日の午後、カノとリーンは話し合いをしていた。 城内にある一室、一人部屋として使うには広すぎるそこで、向い合っての話し合いだ。
「ええと……ええと……ではこれで!」
「オッケー、それじゃあ俺はこっちだ」
二人の間にあるのは箱だ。 その箱には親指ほどの大きさの、小さなクッキーが入っている。 それを二人は先ほどから間に挟み、一個ずつ選んで食べるということを繰り返していた。
「……ふふ、ふふ」
「おいおいまたかよ。 これじゃあ全然足らないってのにさー」
「ふふ、あはは、あっはっは! も、もうだめ……あははは! た、たすけ……はははっははは! あっはっはっはっは! か、かのぉふふふふ!」
涙目になり、腹部を抑え、その場で倒れて笑い始めるリーン。 なんとも奇妙な光景ではあるが、この光景には理由がある。 カノとリーンが行っていたのは、ひとつの遊びだ。
「しっかしまぁ面白い物があるんだね、この世界には」
カノは笑い転げるリーンを一瞥したあと、傍らに落ちているパッケージを取る。 そこに書かれている文字は『ハッピークッキー 笑いエキス入り、八個の内一つに食べたら笑いが止まらないエキスが!?』という文だ。 そして二人はそのパッケージを大量に貰い受け、二人で試食をしているということ。 もちろん廃棄予定のもので、期限切れこそ起こしてないものの、好んで食べる人間は既に居ない。
というのも、最初にリーンが国民の一人からそれを貰い、試しに食べてみたところ、見事に笑いが止まらなくなってしまったのが切っ掛けである。 イタズラの被害に遭うのがリーンらしくもあるが、それもそれで愛情というものだろう。 食糧不足なダリラであるが、このクッキーは失敗作として大量に存在していた。 ちなみにその笑い効果は五分ほどで消える。
「お、おも……ふふふふ! 面白くなんて、あはははは! ありまひぇん! はは! あっはっは!」
「楽しそうで何よりだよ。 まぁそろそろ飽きてきたしいっか」
カノは言うと、新たなクッキーの箱を開ける。 そして、その中の一つを別の袋へと移した。
「ひぃ……ひぃ……ふふ、はぁ……や、やっと治まりました……。 カノ、一体何をしているんですか?」
転げ回っていたリーンは、薬の効果が切れたことによって起き上がる。 瞳に溜まった涙を指で拭い、乱れた服を直しながら、カノの行動に言葉を放つ。
「何って、アタリとハズレの分別だよ。 最初からそれが目的だしね」
「……へ? 分別って、それをするために、わたしとカノは試食してたんですよね?」
既に、二人の食べたクッキーは結構な量となっている。 というのも、リーンがことごとくアタリを引き当てるので、中々数が貯まらなかったからだ。 笑い薬が入っているアタリは、八個中に一個しかない。 そのアタリを毎度引くというのは、かなりの強運とも思える。
「お腹一杯になっちゃったし。 リーンはまだ大丈夫なの? 良く食べるね」
「ばっ……! わ、わたしもです! わたしもお腹一杯です! もう食べれません!」
内心、リーンはまだ空腹を感じていた。 しかしそれを言うのはとても恥ずかしく、男であるカノがもう食べられないと言っているのに、それを言うわけにも行かなかった。 大変良く食べるというのに、華奢な体なのは長所であるかもしれないが。
「けど、カノ。 これが見て分かれば最初から苦労なんてしてないですよ」
「ん? だから俺は苦労してないじゃん。 どれがアタリか分かってるんだから」
「……はい!? ま、まさか……カノは分かっていて、わたしと一緒に食べていたんですか……? わたしがもう既に十回以上辛い想いをしている中、どれがアタリか分かっていて、その上で……」
「だからそうだって。 苦しそうなリラは見ていて愉快だったからね」
カノは笑う、この上なく綺麗な笑顔で。 その顔を見たリーンは、やはりこの男に付いて行くのが少しだけ、不安になったのだった。
「ええと、つまり……順番があるということですか?」
「そ。 その法則が分かれば後は簡単だよ」
人差し指を突き出し、くるくると円を描くようにカノは回す。 カノがアタリを見つける上で行ったことは、至極簡単なことであった。 カノはまず、円を描いていた指を止めると、無数に積み上げられたクッキーのパッケージを一つ取る。
「リラは買った物とか食べる物、それの包装に使われてる物をしっかり見たことはある?」
「まぁ……一応。 成分が書かれていることが殆どですよね」
それはこの異世界でも殆ど同じであった。 作られた場所、成分表、詳細、注意事項、それらは羅列してあり、もっとも成分表に関しては、カノですら見慣れない単語は多くあったものの、その内容は同じだ。 そして、カノはその一覧のとある場所を指さす。
「これだよ」
「……製造番号、ですか?」
その先に書かれているのは、アルファベットから始まる数字の羅列だ。 今現在、カノが手にしているパッケージにはG506022と書かれている。
「うん、そう。 先頭のアルファベットは、数字が上限まで行ったときに変わってる。 で、数字は順番に打たれている」
「……はぁ。 それで、どうして分かると言うんですか?」
リーンの言葉に、カノは頭を右手で抑え、溜息を吐いた。 その仕草はまさに「やれやれ」といった感じで、呆れているようにも見える。 リーンはムッとした表情に変わるも、カノの言葉の意味が分からない以上、何も言えない。
「順番にって言ったじゃん。 これ、相当な数があるってことは製造から梱包まで機械で行われているだろうしね。 製造数から逆算して、アタリがどれなのか割り出すことは簡単でしょ?」
「……ちんぷんかんぷんです。 それに、いくら製造番号が分かったとしても、アタリが入る場所なんて分からないじゃないですか。 法則もないんですし」
リーンが言うと、カノは手に持っていたクッキーの梱包を剥がし始める。 包装紙は丸め、リーンの下へと投げ付けた。 小さな悲鳴と共に後ろへ倒れたリーンを見て、カノは満足そうに笑い、説明を始める。
「書いてあるでしょ、製造場所」
「製造場所……ダリラ北部工場ですよね。 あの小さな」
リーンは言い、窓の外を眺める。 地上からかなり離れた場所にあった部屋からは、ダリラが一望できるほどに景色が良い。 その部屋からは当然、北部にある唯一の工場も目に入った。
「だから法則があるんだよ。 そんな小さな工場が不規則にアタリを入れるなんて上等なプログラムを組めるわけはない。 ま、このダリラの状態から考えるだけで、工場なんて見なくとも分かるよ」
「……だとしてもっ! だとしても、分からないじゃないですか。 カノはそう言うかもしれませんが、まず、どういう風に進むのかが分からないです」
言いながら、たった今カノが開けたクッキーを指さすリーン。 そんなリーンの様子を見て、カノはクッキーを一つ取り出した。
「あーん」
「あーん……んむっ!」
リーンはクッキーを笑顔で、美味しそうに頬張る。 まるでその光景は餌付けをされている犬のようにも見えるが、あくまでもカノはリーンに教えるために起こした行動のつもりで、リーンを犬扱いしているわけではないと明記しておく。 そして、リーンの笑顔はアタリを引いたからではなく、その普通のクッキーが美味しかったためである。
「んふふ……やっぱり普通のクッキーが一番ですね、カノ……ってなに食べさせてるんですかっ!!」
「あはは、リラは本当に愉快だなぁ……見ていて飽きないよ。 それじゃあ答えを教えるね」
リーンの頭をぽんぽんと叩き、カノは続ける。 リーンは心底不満そうに、カノのことを睨みつけるも、カノにはそんな攻撃が無意味であることは自明の理であった。
「最初にリラが食べたとき、箱に残ってたクッキーは七個。 で、そのなくなっていた場所を確認しよう」
カノは白紙の紙を取り出し、そこに丸を八つ書き出した。 横に四個、縦二列の並びで書かれた丸にアルファベットを振っていく。
「左上からAで、右に向かってB、C、D。 次に下の列に行って、E、F、G、Hだね。 リラが食べたクッキーの製造番号はG505821だから、左上のAから始まって七番目のGになるんだ。 で、実際アタリはGだったでしょ? だから、法則が出来上がる。 Aの次が真下のEだった場合は、リラが食べたのは六番目になっちゃうからね」
「……ごめんなさい、カノ。 もう少し丁寧に、分かりやすく頼みたいのですが」
「えぇ……うーん、まぁ良いか。 それじゃあ、紙に書き起こそう」
カノは珍しく、嫌そうな顔となる。 そのときのカノの気持ちを代弁すると「面倒臭い」のひと言になるだろう。 しかしそれでも紙に書き起こし、リーンに説明を始めたのは、カノがそれなりにはリーンに好意を抱いているからである。 カノが自身の時間を割いても良いと考えるのは、あまりあることではない。
「一箱の中身は八個、製造番号は最初、Aから始まってる。 これはもう説明しないよ、リラが食べたことによって、アタリを引いたことによって確定した事実だから」
そして、カノは続けて紙に書く。 AからG、そして数字の数から考えて、リーンが最初に食べたGの505821は、650万5815番目に製造されたものだということを。 Aから始まるクッキーは999999個まであり、それがFまでで599万9994箱となり、そこにGの分、50万5821を加える。 すると表れる数字は650万5815個となる。 それを紙に書いたあと、カノは顔を上げて言う。
「ね? ここまで分かれば、リラが食べたクッキーがアタリというのが分かるでしょ?」
「……そんなすぐ分かるものじゃないかと思うんですが。 数が膨大過ぎて、頭が痛くなってきます」
「簡単な話だよ。 その該当番号の箱、その番号を八で割って、余った数と照らし合わせたアルファベットがアタリだよ。 650万5815箱目なら、八で割ると余りが七になるでしょ? だから、七番目のアルファベット、Gがアタリってわけ」
言われたリーンは両手を使い、計算する。 が、とても普段から数字に触れているわけではないリーンにとって、それは大変な難易度であった。 そもそも、頭の中で瞬時に数値を出すというのは、中々難しいことでもある。
「しかし、それでもです! それでもっ! わたしが食べてから、カノが試食をしようと言い、始めるまで一分もなかったですよね? まさか、その一分で理解したってことですか?」
カノはリーンの言葉に「まさか」と、返す。 それを聞いたリーンはホッとしたものの、カノの次の言葉を聞き、そんな安堵は全くの見当違いだと思い知らされた。
「さっきも言ったけど、俺が分かったのはリラが食べて、当たった瞬間だよ。 それで俺は予想を立てた」
その言葉は、とても同じヒューマンが発しているとは思えない。 そして、カノの言う『予想』とは、予想ではなく確定した未来である。 カノの予想は外れずに、カノ自身が絶対だと思ったことしか予想を立てない。 そんな異様とも言える雰囲気を受け、リーンは目の前に居る男が見ている世界というものを少しだけ、見たく感じた。 特に取り柄がない自分と比べ、カノにはどんな世界が見えているのだろうということに、興味を抱く。
「俺はリラのことはそれなりに理解したつもりだよ。 だから、俺はこう予想を立てておく」
カノはリーンの前まで歩き、目の前で座り込む。 少しだけ自分を卑下してしまったということもあり、リーンはそんなカノのことを目で見るだけだった。
「今回の話に、リラの力は必ず必要になってくる。 俺はこう見えて、存外仲間想いなんだよ。 本当だからね?」
「……ぷっ、ふふ……面白い冗談ですね、ほんと。 カノ、ありがとうございます」
笑われたカノは、冗談じゃないんだけどな、と思う。 リーンにとっては到底信じることができる言葉ではなく、自分を励まそうとしての言葉だと思い、その優しさに少しだけ触れることができての笑いだった。
が、カノの言葉は紛れもない事実だ。 カノはその性格故、人からは徹底的に避けられていた。 父親も母親も妹も早くに亡くしたカノは、巨大な家に一人で住んでおり、しかし使っていたのは自室だけで、その時間は傍目から見たら寂しいものだっただろう。 そんなカノが、唯一楽しめたのはゲームの中だった。 多少おかしくても、ゲームでは大勢の人がカノのことを暖かく迎えてくれた。 そして、慕ってくれた。 カノはかつて、ネットゲームで数百人にも及ぶ超巨大ギルドをまとめ、引っ張っていたこともあるくらいに人望がある人物だったのだ。
だからカノはゲームが好きだった。 それはキャラクターやシステム、ゲームの内容というわけではない。
ゲームの中で、現実と同じように動き回り、笑い、泣き、怒り、喜ぶ。 そんな人間たちが好きで堪らなかった。 そしてそれを面白いと感じ、カノがもっとも信頼するものでもある。
カノはゲームのキャラクターには感情を持たない。 しかし、人間には大いに親しく接してくる。 それが、カノがこのゲーム、異世界を現実と認識し、リーンや他の数多くの人を人間と認識している何よりの証拠だった。
「ま、いっか。 で、そんなリラができることを俺が今から教えよう。 神人族に勝つために、役に立てることがあるから」
カノは自らだけで勝てるとは露ほども思っていない。 自らの力と、そして何よりカノが自身で見つけた仲間、その力を借り、この世界を征服するべきだと、そう思っているのだ。




