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第九話

「ヴァルキューレ様、そろそろ頃合いではないですか? 奴らは我々を騙している」


「ヴァルヴァード、そう思うのでしたらあなただけでも帰りなさい。 わたくしは今日、この場に話し合いをしに来たのです」


 ヴァルキューレはそう言うものの、二種族で話し合いが行われるわけはない。 神人族側、つまるところヴァルキューレは既にヒューマンを助けるつもりはなく、最大限譲歩したとして、カノとリーンの両名を奴隷として突き出すことくらいだった。 その場合、男の方は約束通りにヴァルヴァードへ渡し、女の方はヒューマンの前で痛めつけて殺してしまおうという目論見がある。 ヴァルキューレは一見すると、ヴァルヴァードよりかは話が通じそうな印象があるものの、その性格はまるで慈悲の欠片もない。 そもそもヒューマンのことをヴァルヴァードが言う「家畜」とすら、思えていないのだ。


「ですが、ヴァルキューレ様……」


「ふふ、面白いことを言うのですね、ヴァルヴァード。 ヒューマンが懸命に作り上げたそよ風に怯えて逃げるのなら、止めはしませんと言ってるんですよ」


「……失礼しました。 小汚い風は、私が受け止めます」


「ええ、お願い」


 ヴァルヴァードは言い、一度頭を下げると、議会塔から外へと向かって行く。


 その会話があったのは、魔砲の標準が合う五分前のこと。 莫大な威力の魔砲が放たれるまで、刻一刻と時刻は迫っていた。




 同時刻、城内。


「それで、ライルさんって人が神人族を殺そうってわけね」


 言いながら、カノは次なる手を思考した。 神人族の二人が面会を求めているということは、恐らく戦争に発展するのは間違いない。 が、そこで障害となるのが宣戦布告で、そのためならばある程度の条件はこちらからも提案できる。 そう思い、宣戦布告の仕様を思い返す。 この仕様には、穴がいくつか存在すると。


 戦争状態となるためには、布告側が布告をし、相手がそれを受諾しなければ始まらない。 が、それがそもそも成立しなかった場合の話だ。


 布告をしてから一週間受諾されなかった場合、その布告は無効となり、優先権が発生する。 拒否を選択せずに、そのまま一週間が経過した場合の仕様である。 これを利用することにより、神人族を好きなときに襲撃できるチャンスが貰える、というわけだ。


 そしてもう一つ。 戦争状態へ移行し、二時間が経過した場合……布告をした種族の自動敗北となる。 これも所謂穴の仕様で、資料をかなりひっくり返さなければ出てこなかった仕様だ。 神人族がこれを知らないと仮定すれば、勝ちの目は大いに広がってくるだろう。


「はい、その通りです。 ですが、私はどうしても不安で……それに、英雄であるカノ様を幽閉するなど、到底許されることではありません故に。 あの神人族たちも、カノ様に面会しにやって来たようです」


 ひとまず外へ出るべく、カノたちは広い城内を歩いて行く。 リーンは先ほどから感じる嫌なものを肌で感じており、地上へ出てからそれは更に、大きなものとなっていた。 というのも、リーンが感じる嫌なものとは、例の罰ゲームのことではない。 もっとマズイもの、それをリーンは感じていた。


「英雄ねぇ……ま、悪くない呼ばれ方かもだね。 で、リラはどうかした?」


「ふぁい!?」


 唐突に、カノは後ろを振り向き、言う。 あまりに突然のことで、そして出来るだけ悟られないようにしていたはずだったリーンは、思わず変な声を出してしまう。 そんなリーンを見て、カノは笑った。


「様子がおかしいからさ。 なんかあったのかなって思ったんだけど」


「……実は、魔力の気配を感じまして。 とても、とてつもない量の魔力です」


「魔力? ふーん」


 カノは言い、辺りに注意を払う。 しかし、カノにはそれを感じることはできなかった。 魔法関係には素質があり、それは完全なる個人差だ。 ヒューマンがその個人差で突出することは非常に珍しく、貴重でもある。 リーンにはそんな突出した素質があった。


 だがそれでも、他種族の最低値以下の素質でしかない。 かろうじで感じることができ、そして使える魔法も到底役に立たないものである。


「……わかんないなぁ俺だと。 んで、その魔力があるとマズイの?」


「通常、これほどの魔力がヒューマンの本国で感じること自体がおかしいんです、カノ。 この国に魔法を扱える者は、ほぼ居ないんですから」


「……魔力? まさか、ライルの奴め……ッ!」


 カノとリーンの会話を聞き、ロッドはライルの思惑に勘付いた。 四柱であれば知るところの、ヒューマンの最終兵器、そして最後の頼みの綱である魔力の塊だ。 それを使い、神人族に攻撃を仕掛ける……それが狙いだと、この瞬間にロッドは気付く。 足を早め、ライルのことを止めるべく、城外へ通じる巨大な扉を開けた。


「装填急げ!! 標準合わせろ!! 議会塔ごと吹き飛ばして構わんッ!!」


 遥か前方、議会塔前から結構な距離を取った場所には、とてつもなく巨大な砲台がある。 魔砲と呼ばれるそれは、過去の戦争で使用された遺物だ。 現代ではあまり見ない、古式の武器。 あまりの燃費の悪さに使われなくなったものの、その威力は折り紙付きである。


「なんてことを……」


 しかし、一歩遅かった。 既に準備は最終段階へと移行しており、今まさに放たれるところだった。 議会塔の正面へと移動させられた魔砲は、今まさにその全てを放たんと、光輝く粒子を辺りに撒き散らしている。 最早、発射は秒読みだった。


「カノ様、リーン様、どうかお逃げください。 ここに居ては、あの魔砲に巻き込まれる可能性も!」


「巻き込まれる? ……うん、へぇ、それならここは安全だね」


 ロッドもリーンも、カノの言葉の意味が分からず、困惑する。 が、その意味を聞く前に変化が起きた。


 ソレが起きた瞬間、そこに居た全員が重力が倍にもなったかのような錯覚を受ける。 威圧感、たったそれだけで体が鈍りのように重くなったのだ。


「家畜共が。 戯れたいというのならば是非もない、この戦乙女ヴァルヴァードが慈悲を与えてやろう」


 会議塔の扉が開かれる。 そこに現れたのは、神人族のヴァルヴァードだ。 巨大な魔砲、その膨大かつ尋常ならざる魔力量の前に、立ち竦むことなく、細くしなやかな足を地へと着けている。


「この前のエロ下着かな? あれ」


「その呼び方やめませんか……? 確かにちょっと、えっちいものでしたが……ってそんな場合じゃ!!」


 そう言われるヴァルヴァードは、魔砲の風圧により、ただでさえ短いスカートがひらひらとはためいている。 俗にいうティーバックの白下着は、きめ細かい肌と合わせてみると不思議と清廉なものにも見えている。 が、もちろん事態はそんなことを考えている場合ではない。


「魔法壁座標確認、収束率確定、出力五割、神域固定完了、圧縮率及び持続時間確定――――――――神霊魔法展開」


「撃て、撃て撃て撃て撃て撃てぇえええええええええええええ!!!!」


 直後、その辺り一帯が光に包まれた。 議会塔を丸ごと消し去るほどの極太の魔力放射は、触れたもの全てをこの世から塵一つ残さず消していく。 その威力は、直撃すれば神人族でさえ一瞬で消し去るほどのものであった。


「分不相応、とても家畜が扱う代物ではないだろう、それは。 ふは、ふはははははは! だからこの私が使ってやろう! 光栄に思え犬畜生ども! このヴァルヴァードが至福の死を与えてやろう! 絶頂し、果てながら逝けッ!! そして私に感謝しろ! 這いつくばり、消え去りながら、私に屈服し踏み潰されろ!! 光栄、名誉、崇高なる死だ! 私に死という生涯で一度しかない幸福を与えてもらうことを誉れと思えッ!! ふっはははははは!!」


 ヴァルヴァードは高らかに笑う。 その綺麗な声は、ただの汚い言葉であったが、まるで歌声のように美しかった。 魔砲が放った放射によって、周囲が轟音に包まれる中、そのヴァルヴァードの声はしっかりと、全てのヒューマンの耳へと届いていた。 そして誰しもが歌っていると感じ、その歌声に一瞬だけでも魅了をされた。


 それは、カノも例外ではない。 魅了され、美しいと思い、その声に酔い痴れた。 そして最後に思ったのだ。 つい先ほど、この歌声を聴くより前に思っていたよりも強く、思った。


 この欠点など存在しない種族を支配したいと、そう思った。


「行こうか」


「へ、ちょ、ま……あ、足が……。 なんて、魔力量なんですか……これは」


「すぐに終わるさ」


 腰が砕け、その場に座り込んでいるリーンの手を掴み、カノは言う。 ロッドはその横で震え、リーンと同じく座り込んでしまっていた。 それは魔砲を撃ったライルたちも同様だ。 今この光景を見て、地に足を着けていたのはヴァルヴァード、そしてカノしかいない。


「お返ししよう。 自ら使った力だ、精々耐えてみせろ」


 魔砲から放たれた極太の放射……ビームとでも言うべきそれは、ヴァルヴァードの前方に展開された光の壁によって行く手を阻まれる。 そしてその壁は、まるで受け流すように展開を続けていく。


 ヴァルヴァードの正面から上空へ、更にそこから前方へ、そして最後に下方へ。 ライルたちが居た場所へ導かれるように流れる。 それを見たライルは一瞬の内に危険を察知し、その場から退避を開始した。


 が、それはあまりにも遅すぎた。


「逃げるな逃げるな、有象無象どもめ。 私がこの手で包んでやろう」


 ヴァルヴァードはライルたち、多数のヒューマンを視界に入れ、そのヒューマンを手で包み込むように覆う。 あくまでもそれはヴァルヴァードの視界上での話でしかない。 しかし、直後……ライルたちの下へと放たれた放射は、球状の物体へと変質する。


「プレゼントの時間だ。 嬉しく思え、私からの愛と思え」


 ヴァルヴァードは笑い、その場で手を一度だけ回す。 すると前方にある膨大な魔力の塊はライルたちを包み込んだ。 円に包まれ、その中を魔力は暴走する。 時折溢れた魔力が地を焼き焦がし、城の一部へと突き刺さり、その魔力が消え去るまで、約数分間それは続いた。


 全てが消え去り、その円の中に居た者は何一つ残らず、塵すら消え失せ、最初から何もなかったかのように平穏が訪れる。 それを眺めたヴァルヴァードはひと言「脆い種族だ」と言い、視界を前方から移した。


「……良い暇潰しにはなったな。 犬畜生」


「そうみたいで何よりだ。 自らの攻撃で自らの身を滅ぼすね、あはは。 それで、俺に用事があったみたいだけど」


「怒らぬのか、仲間を殺されて。 それとも死んだということが分からないのか?」


 カノはヴァルヴァードのしたことを見て、怖気づいている様子はなかった。 そんなカノの様子を見て、ヴァルヴァードは少々苛立ち、挑発するように言う。


「怒る理由がないよ。 勝手に()()()に刃を立てて、勝手に殺されていった。 俺が関与する意味もないし、怒る道理もそこには存在しない。 今はただ、君たちの目的を成そう」


「ふは! 昨日は獣で今日はお客様と来たか! ふふ、ははは、はっはっは! 面白い、良いぞ、面白いな……カノと言ったか。 来い、中で話をしよう」


 カノの横暴とも喰えない態度とも取れる対応が気に入ったのか、ヴァルヴァードは愉快そうに笑う。 端正かつ幼そうにも見える少女は威厳を持ち、それ相応の雰囲気を持ち、踵を返す。 カノはこのとき、ただ振り返って先を歩いた、としか捉えなかったが、神人族は通常、他種族に対して同等には接しない。 しかしそのとき、ヴァルヴァードは間違いなくカノの名前を呼んだ。 家畜でもペットでもなく、一人の敵とし、カノの名前を意識して記憶したのだ。


「リラ、いつまで座ってるのさ。 行くよ」


「ひゃい! へ……わたしもですかっ!?」


「そりゃそうだよ、俺が行くのに王妃であるリラが来ないのはおかしいでしょ?」


 リーンは言われ、赤面しつつも立ち上がる。 それは怒りからではなく、恥ずかしさから来るものだ。 しかしどう思い返しても、カノの求婚に答えた記憶はない。 何か、うまいこと口車に乗せられているような気がしつつも、リーンはカノの後に続くのだった。

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