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十五層:呪いの黒騎士(前編)

 十五層の最奥は、これまでの階層とは明らかに空気が違っていた。


 通路を抜けた先に広がっていたのは、墓地を思わせる広大で陰鬱な空間だった。石床は黒ずみ、地面のあちこちには墓標のような細長い石柱が突き出している。天井は高いのに圧迫感があり、どこかで低く風が唸っているような音が絶えず響いていた。


 ブラヒムに似合いそうだな、と富士宮ひとみが場違いなことを思った瞬間、空間の中心がぐにゃりと黒く歪んだ。


 その歪みの中から巨大な人影が現れる。全身黒鎧を纏い、手には同じく黒い大剣を掲げている。肩幅が広く身長も高いので、人間なら巨漢と呼ばれる体格だ。だが、鎧の隙間からは煙のような黒いオーラが絶えず漏れ出していて、内部に肉体が収まっている気配はない。


 カースナイト、呪いと状態異常をばら撒きながら戦う、最悪に面倒な魔物だ。しかも単体の近接戦闘能力も高いため、呪いのデバフを食らいながらまともに斬り合うとあっという間に前線が崩壊してしまう。


「来ます!」


 ナビルの短い声が飛ぶ。


 同時に、ハリーが【フォートレス・オーラ】を発動し、エリーが【ブレスドチャント】を重ねる。淡い防御の光が前衛を覆い、スキルの加護を受けたイニゴ、ジョン、アントニオの三人がほぼ同時に前へ出た。これまで何度も繰り返し、やっと形になってきた護衛組の基本形だ。


 だが、その布陣へカースナイトは最悪の初撃を放ってきた。三人が間合いを詰めた瞬間、鎧の隙間から漏れていた黒い霧が一気に膨れ上がる。まるで全身から息を吐くように黒い靄が広がり、前衛三人を包み込んだ。


 まずい、と富士宮が思った時にはもう遅い。黒い霧はまとわりつくように肌へ染み込み、見えない針のように身体の奥へ食い込んでいく。カースナイトのデバフ効果はランダムだ。筋力低下、感覚阻害、痛覚増幅、平衡感覚の乱れ、精神撹乱――効果の中に何が入っているか分からないし、運が悪いと本当にしゃれにならないものを引く。


「ッ……!」


 うめきながらアントニオが片膝をつく。


 ジョンもほぼ同時に、蜻蛉切りの柄へ体重を預けるようにして動きを止めた。イニゴだけは何とか立っているが、明らかに重い呪いを食らっている。


 エリーがすぐに前へ出て、治療と解呪の光が指先に灯る。だが彼女が持っている状態異常回復系のスキル【ピュリファイ】は初級スキルのため、一度に一つの効果しか打ち消せない。万全に回復するには時間がかかるのだ。


 そのわずかな時間を、アントニオは待てなかった。


「あ、待って――」


 エリーが制止するより早く、アントニオはまだ呪いの残る身体を無理やり起こした。筋肉が悲鳴を上げているのが遠目にも分かる。それでも彼は口元を歪め、横にいたジョンを見て笑った。


「貧弱くんは大変だな、えぇ? 後輩さんよぉ?」


 おいバカ、挑発してる場合じゃないでしょ


 富士宮は内心で即座に突っ込むが、ジョンはすぐにその挑発に乗って立ちあがろうとする。


「あぁ?誰が貧弱だって?」


 顔を上げたジョンの目が、はっきりと苛立ちで燃える。エリーが解呪へ入ろうとするのを振り払ってでも前へ出ようとするが、それをイニゴが横から鋭く止めた。


「ジョン、やめろ。今は待て」


 短いが強い声だった。ジョンは一瞬だけ反発しかけるものの、イニゴの判断が正しいことは誰の目にも明らかだった。ここで二人とも無理をすれば、前線が完全に崩れる。


 その間にも、カースナイトは容赦なく踏み込んできて、唯一立っていたイニゴに黒剣を振り下ろしてくる。イニゴが斜めに構えたハルバードが、剣筋を真正面ではなく少し外へ逸らす。直撃を受けたわけでもないのに、床がきしむような音を立て、イニゴの足元に細かな亀裂が走る。そこへハリーが割って入り、盾の面を黒剣の軌道に合わせて押し返そうとした。だがカースナイトの膂力は凄まじく、押し返すことができず、何とか受け止めるにとどまる。


 そこに、解呪が間に合いきらないままのアントニオが強引に横合いから斬り込む。刀が黒鎧の脇腹を浅くえぐるが決定打には届かない。すぐにカースナイトの大剣が返り、アントニオは呪いで鈍った足取りのまま、紙一重でそれを避ける。


 ジョンの方も、ようやくエリーの解呪が一定程度進んだところで前線に踏み込んできた。ジョンの放つ蜻蛉切りの刺突は速いが、カースナイトは黒い霧をまとって槍筋をずらし、深くは通させない。


 戦況は、一進一退だった。イニゴとハリーが攻撃を受け、アントニオとジョンが機を見て強撃を差し込むが、致命的なダメージは与えられない。一方で、時々放たれる呪いによって前線はじわじわ削られ、こちらの手札だけが先に消耗していく。


 中・後衛からナビルが精密射撃で援護し、アルバロも属性を切り替えながら魔法を叩き込んでいるのだが、遠距離からの攻撃は、カースナイトを覆う黒いオーラに大きく威力を削がれていた。弾丸は弾かれ、魔法は表層で逸らされるかのように霧散する。


 富士宮は、イライラとしていた。


 近接に強く、近づくとデバフ

 遠距離は無効化する

 反則でしょ、これ!

 いや、わかるよ?

 高難度コンテンツのボスって、そういうギミック盛られがちだもんね?

 でもさ、殴ってもダメ、撃ってもダメ、呪いもあるって、作ったやつ性格悪すぎない?


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