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死者を守る者②

 アルゴンがアンデッドへ抱いていた感情を思い出したことで、それまで個別に浮かんでは消えていた記憶が一本の線につながり、富士宮の脳内には、彼と幾度となく競い合った時代の光景まで鮮明に蘇ってきた。


 当時の『ルナアリス』において、世界最強と認められた7人のプレーヤーは、《セブンス》という名で呼ばれていた。


 もっとも、7人が同じ次元で競い合っていたわけではない。上位4人は、所持しているユニットの質、育成の完成度、戦術への理解、投入できる時間や資金のいずれを取っても別格であり、5位以下の3人との間には、順位表の数字だけでは表せないほど大きな隔たりがあった。


 その下位3人のなかでは、圧倒的な火力を追求するルイが5位、富士宮が6位、アルゴンが7位へ入ることが多かった。ただし、3人の力関係は固定されておらず、開催されるランク戦の規則や、その時々で流行している編成によって、順位は何度も入れ替わっていた。


 アルゴンのアンデッド軍団は、正面から大火力を叩きつけるルイとの相性が悪かった。いくら倒された配下を補充できるとはいえ、生成速度を上回る勢いで軍勢全体を焼き払われれば、搦め手を仕込むための時間を確保できない。そのため、アルゴンはルイとの対戦について、巨大な岩を頭上から落とされ続けているようで落ち着かないと、冗談交じりに愚痴をこぼしていた。


 それに対して、富士宮との戦いは格別に面白いと語っていた。


 富士宮が好んで育てていたのは、初期段階では同じレア度の個体より弱く、十分な時間と資源を注ぎ込まなければ真価を発揮しない大器晩成型のユニットだった。即戦力を集めた方が勝率は安定するにもかかわらず、序盤の不利を戦術で補い、成長した時の爆発力を信じて使い続ける。その姿勢は、アンデッド以外を軍勢へ加えようとしなかったアルゴンのこだわりと、どこか似ていた。


 アルゴンはアンデッドという種族の弱点を知り尽くしたうえで、毒、感染、蘇生、召喚、敵の能力低下を複雑に組み合わせ、時間をかけて相手を逃げ場のない状況へ追い込んでいく。富士宮は、未完成なユニットを守りながら戦場へ適応させ、成長によって得られる能力を重ね、終盤で一気に盤面をひっくり返す。


 2人とも、単純に性能の高い個体を並べて相手を押し潰すことには興味を持っていなかった。自分が価値を信じたユニットへ役割を与え、その個体にしかできない戦い方を組み上げたうえで勝利することに、何よりも強い喜びを感じていた。


 だからこそ、互いの対戦は長引くことが多かった。


 アルゴンが富士宮の育成途中の個体を狙えば、富士宮はそれを囮としてアンデッドの生成拠点を割り出し、富士宮が終盤の成長を急げば、アルゴンは毒と呪いによって必要な時間を奪う。用意した作戦を一つ潰されるたびに別の手を組み直し、その裏を読むためにさらに新しい編成を試すため、対戦が終わった後も、2人はチャットで互いの狙いを確認し合っていた。


 その会話のなかで、アルゴンは富士宮のプレイスタイルを尊敬していると、率直に伝えたことがあった。


 強くなる保証のない個体へ時間を注ぎ続けることは、簡単なようで難しい。結果が出なければ育成そのものを失敗と見なされ、より効率のよいユニットへ乗り換えることを勧められる。それでも富士宮は、成長の遅い者が弱いのではなく、まだ完成していないだけだと信じ、その個体が花開くまで使い続けていた。


 医師を志すアルゴンにとって、その姿勢には、単なるゲーム上のこだわりを超えた意味があったのかもしれない。目に見える欠損や弱点だけで価値を決めず、現在の姿からは想像できない可能性を信じる富士宮の戦い方を、彼は誰よりも高く評価していた。


 そして最後に交わしたチャットで、アルゴンは『ルナアリス』を卒業すると告げた。


 翌月から正式な医師となり、十分な医療を受けられない貧困地域へ赴任することが決まったため、これまでのようにゲームを続ける時間はなくなるという話だった。惜しむような言葉を並べながらも、彼の文面には迷いがなく、自分が進むべき場所をすでに決めている者の静かな決意が込められていた。


 ゲームのなかでは、失われた生命を求めるアンデッドの守護者になった。けれども現実では、傷ついた者が少しでも元の生活へ戻れるよう手を尽くす医師になるのだと、アルゴンは語っていた。


 富士宮は、引退を惜しみながらも彼の決断を祝福し、いつか時間ができたら戻ってこいと送った。アルゴンは、また君の育てた変なユニットに苦しめられるのも悪くないと返し、それが二人の最後の会話になった。


 本来ならば、彼はその翌月から医師として働き始めたはずだった。


 前世の世界に残り、暴力や貧困によって傷ついた人々を治療し、ゲームのなかでしか守れなかった者たちに代わって、現実の患者を救っているはずだった。


 それなのに、アルゴンの声は、いま富士宮が立つ世界の地下診療所から聞こえている。


 しかも、この施設は近年造られたものではない。廃城の歴史と残された痕跡が正しいなら、アルゴンは少なくとも500年前にはこの世界へ存在し、アンデッドを研究し、エミリーと呼ばれたグールクイーンとともに、この地下施設で暮らしていたことになる。


 自分と同じように転生したのだとしても、時間が合わない。前世で最後に会話を交わした時期は同じはずなのに、富士宮は現在の時代へ召喚され、アルゴンは500年以上前の世界へ現れている。


 だがこれは、佐藤道春と同じく転生時期のランダム性である程度説明が可能だ。それ以前に、彼はなぜ死んだのか。


 来月から医師になると希望を語っていた人間が、どうして人生を終え、この世界へ来なければならなかったのか。


 蘇った懐かしさは、再会への喜びへ変わるより早く、説明のできない不安に塗り替えられていった。アルゴン本人が診療所の奥にいるのか、それとも声と記憶だけを残した別の存在なのかさえ、富士宮にはわからない。


 グールクイーンを包んでいた紫色の魔力が消え、人工庭園へ一時の静けさが戻るなか、富士宮は柔らかな光を漏らす診療所を見つめ続けた。


 世界最強のアンデッド使いであり、医師として新たな人生へ踏み出すはずだった好敵手が、なぜ500年前のこの世界にいるのか。


 どれだけ思考を巡らせても、その問いに答えられる記憶だけは、富士宮の中のどこにも存在していなかった。


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