【第32コード】崩壊ノ序曲
「……よし。それでは、対抗戦への出場は“出席”として通すぞ」
真田はデスクの前で腕を組みながら、燐に鋭い視線を向けた。
「忘れるな。これは学びの場だ。勝ち負けにこだわるのもいいが、“何を得るか”が一番大事だ」
燐は静かにうなずいた。
(強くなる……そのための一歩だ)
「それと――お前のコードの件だが」
ふいに、真田の声のトーンが下がる。
「結城。お前の力、全容がわからん。だが、ひとつだけヒントがある」
「……ヒント?」
「ああ。“あいつ”と戦えば、何かわかるかもしれん。なにせ――」
一拍、言葉が置かれる。
「奴のコードは、“神の力を受け継ぐ”とまで言われている」
「神の……力?」
「そう。獅堂 獅音。学園最強のひとりにして、“神の力”を継ぐコードをもつ男だ」
燐の背筋がぞわりとした。
「しばらく学園を離れていたが……この行事に合わせて、奴は戻ってくるだろう」
窓の外から差し込む光が、燐の影を長く落とす。
「神の力」――
その言葉が、胸の奥で静かに火を灯した。
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昼休み。中庭のベンチに腰かけていた燐の元に、真白が歩み寄る。
「ねえ、燐。さっき呼び出されてたでしょ?……なんだったの?」
「ん、ああ。学園祭の話だったよ」
「学園祭……っていうとレガリア・オーダー?」
目を丸くする真白に、燐は小さくうなずいた。
「うん。推薦が上がってて、出場することになった。真田先生にも“学びの場としろ”って言われたよ」
「そっか……! すごいじゃん、燐!」
ぱっと笑顔を咲かせる真白。その反応に、燐も少し照れたように頬をかいた。
「はは……まだ実力的には微妙だけど、強くなりたいし、挑戦してみようと思って」
「うん、燐ならきっと大丈夫。あの演習、ちゃんと見てたから」
「ありがとう」
短い言葉に、少しだけ気持ちが軽くなる。
「この後はどうするの?」
真白が首を傾げながら訊ねた。
燐は立ち上がり、軽く伸びをしながら答える。
「久しぶりに藤宮さんと修行。……やっぱり、“光纏装”のおかげで前回勝てたのもあるからさ、ちゃんと使いこなせるようにしておきたくて」
「そっか……。気合入ってるね」
「もちろん」
燐は小さく笑って頷いた。
その横顔を見つめながら、真白はふと胸に手を当てる――。
(……がんばってね、燐)
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訓練用の屋外コート。夕陽がオレンジに染めていく空の下、軽快な足音が響いていた。
「よしっ、今のはまぁ合格~」
花宮るる――藤宮は、強化したぬいぐるみに抱きつきながら笑う。
燐は額の汗をぬぐいながら、荒れた呼吸を整える。
「……やっぱ、手加減されてても強いな……」
「ふふ、ありがと。でもまだまだだよ?」
ぴょん、とるるが燐の隣に並ぶように腰を下ろす。
「へぇ~、対抗戦出るんだァ。やる気出してきたね~?」
「……まあ、推薦されたからには、やるしかないなって」
「へぇへぇ。ちなみに私もね、去年出たんだよ? 2年生のとき」
るるが、いたずらっぽく笑ってピースをして見せる。
「もちろん優勝~」
「……えぐ……」
燐は心の中で静かに嘆息する。
(この人……ほんとにすごい……)
軽いノリに見えて、その実力は折り紙付きだというのは、今日の修行でも嫌というほど実感させられた。
ふと、気になることが浮かび、燐は口を開く。
「藤宮さん……獅堂って人のこと、知ってますか?」
「んー? あぁー彼ね。最近まで“特別研修留学”に行ってたんだよ。……それが終わって、今年は対抗戦に出るって」
るるの声に、どこか楽しげな色が混じる。
「圧倒的優勝候補だよ。彼ね、1年生のときにもう優勝してるの。しかも、手加減してたって噂があるくらい」
「……化け物かよ」
「ふふ、そういうのをね、黄金の世代,
通称-栄光継承世代て呼ぶんだよ」
燐が思わず顔を上げる。
「栄光継承世代……?」
「うん。私とか、獅童くん、それに生徒会長の理央くんも。学園創立以来、最も才能が集中した学年だって言われてる」
「そんなすごい人たちが同じ学年に……」
「うん。それに他にもいるよ。名前が表に出てないだけで、まだまだ強いのが隠れてる。だから――」
風が吹き抜ける。
るるの横顔が、一瞬だけ真剣になる。
「――私たちにとっても、今年が“最後”の対抗戦なんだ。盛り上がらないわけないよね?」
燐は、無言で頷いた。胸の奥に、ぐっと圧がかかる。
(あの中に飛び込むのか、俺は……)
けれど、不思議とその緊張は、不安ではなく――闘志へと変わりつつあった
それでも、獅堂くんは特別だよ」
訓練場の片隅、軽く汗を拭きながら藤宮るるは言った。表情はいつもの笑みを浮かべたままだが、その口調には珍しく、真剣さが混ざっている。
「タイマンでの対決なら……彼はたぶん、学園最強なんじゃないかな」
「最強……」
「噂だとね、悠斗くんと個人的に手合わせして、勝ったらしいよ?」
「えっ、あの悠斗さんに……?」
思わず燐の声が上ずった。ついこの前、自分がまるで歯が立たなかった相手――久世 悠斗。その彼に、勝った?
(そんな相手と、俺は……)
一瞬、拳がわずかに震える。
「まぁ~、でもね?」
るるが悪戯っぽく、くるりと回りながら振り返った。
「私に勝てないようじゃ、まだまだなんじゃないのぉ~?」
「……っ!」
「ふふっ、また相手してあげるよ? 次はもっと本気でいくから、覚悟してね~?」
スカートをふわりと揺らしながら、藤宮は訓練場を後にする。その背に手を振りながら、口元には相変わらずの余裕の笑みを浮かべて。
扉が閉まり、静寂が戻る。
残された訓練場の隅で、ぬいぐるみ――“もふお”が、じっと燐を見つめていた。
ぬいぐるみにはこれまでに見ないほど傷がついていた。
その“目”に宿るのは、どこか満足げな輝き。
「やれやれ……強くなったなぁ、燐くん」
るるの声が、扉の向こうからぽつりと漏れた。
「もう私も、あまり手加減できなくなってきたや」
その声には、ほんの少しだけ――寂しさと、誇らしさが混ざっていた。
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薄暗い照明が天井からぼんやりと差し込む部屋。
壁には窓ひとつなく、外の光も音も届かない。
ただ、空気の中には何か――張り詰めた“悪意”のようなものが、確かに存在していた。
重く閉じられた扉の先、その中心に佇んでいたのは、少年――霧原影渡だった。
黒のパーカーに身を包み、フードを深く被ったその姿は、まるで影そのもの。
瞳は氷のように冷たく、口元には常に嘲笑が張り付いている。
だが、ただの反抗ではない。“壊す”という明確な意志と、凍りついた信念を内に宿していた。
そして、部屋の奥――
椅子に優雅に腰掛けていた“女”が、足を組みながら口を開いた。
「――ついに、対抗戦ね」
艶やかな黒髪。眼差しは研ぎ澄まされた刃のよう。
美しさと禍々しさが同居するその女は、どこかこの学園の空気とは根本的に違っていた。
「ようやくよ、カゲト。
私たちの“計画”を、次の段階へと進める時が来た」
その声には、陶酔にも似た熱が宿っている。
「準備はできてる?」
しばしの沈黙の後、影の中から少年が言葉を吐き捨てた。
「……当たり前だろ」
その声音に迷いはなかった。
「くだらない茶番は、もううんざりなんだよ。
“絆”だの、“仲間”だの、“成長”だの……」
ゆっくりと、フードの影から彼の瞳が姿を現す。
「この学園は、弱さを肯定する装置に成り下がってる。
手を取り合えば誰だって強くなれる? は……笑わせるな。
そんなものは“独りで立てない弱者”の幻想に過ぎない」
彼は歩を進め、女の目前で足を止めた。
「だから俺が、終わらせる。
この“幻想”の象徴である学園を――俺自身の手で、な」
女はゆっくりと口角を上げた。その目には、まるで深淵を覗くような狂気の光。
「いいわ、カゲト。
その純粋な“破壊欲”こそ、私たちが選んだ“力”。
あなたは、選ばれし《対極者》のひとり。
この腐りきった秩序の裏で、世界を変える資格がある」
「資格なんざどうでもいい」
カゲトは吐き捨てる。
「俺はただ、“正しさ”を壊す。
誰かにすがることで生き延びようとする弱者が、
“強者”の足を引っ張る構造そのものを叩き潰す。
その先に、俺だけの“正義”があれば、それでいい」
女は目を細めた。
「では――その正義、見せてもらおうかしら。
対抗戦は“始まり”にすぎない。
あなたが“選ばれる者”にふさわしいかどうか……この舞台で証明してちょうだい」
沈黙。
だがその空白は、決意と狂気で塗りつぶされていた。
カゲトはただ一言だけ、静かに呟いた。
「……全部、潰してやるよ」
次の瞬間、部屋の灯りが一斉に落ちた。
闇の中、カゲトの影だけがゆっくりと――獣のように蠢く。
そして。
部屋の奥で、女の唇がもう一度、笑みに歪んだ。
「このつまらない世界をとはもうおさらばよ。
さあ、崩れてちょうだい。あなたたちの“理想”という砂上の楼閣を――」
世界がまだ知らない、真なる“敵”の胎動が、静かに始まろうとしていた。




