【第20コード】新たなステージ
廃墟の風が、鈍い余熱を孕んで吹き抜ける。
カゲトとの激戦が終わった場所は、さらに荒れ果てていた。吹き飛んだ瓦礫、焼け焦げた地面、無残に裂けた鉄骨の柱。だがその中心で、少年たちは静かに集まっていた。
真白、神代、木野。そして――ユウト。
「……悪かったな。巻き込んだのは俺の方だ」
最初に口を開いたのはユウトだった。傷だらけの顔に笑みを浮かべ、燐の前へと歩み寄る。
「でも、思ったよりやるな。正直、カゲトとあそこまでやり合えるとは思ってなかった。お前は、もっと強くなれるぜ」
そう言い残すと、ユウトは背を向けた。
歩き出し、何歩か進んだあと、振り返らずに片手を軽く上げる。
「強くなったら、また闘おうぜ。じゃあな」
その背中は、もう敵でも味方でもない。ただの“戦った者”の背中だった。
燐は何も言わずに、その姿を見送った。
◆
「……燐くん、傷、ひどい……」
真白の声が震える。彼女は今にも泣きそうな表情で燐の身体を見つめ、両手を重ねるように彼の胸元へそっと添えた。
彼女の手から放たれる淡い光――《心響の光》が、燐の裂傷や打撲をゆっくりと癒していく。
「バカ……どうしてあんな無茶するの……」
「……無茶したのはそっちもだろ」
燐が力なく笑う。だがその口調には、はっきりとした“怒り”と“心配”が混じっていた。
「治癒のリスクだってあるのに、全力で能力使って。……もう、危ないことはしないでくれ」
真白の手が止まった。
沈黙。だがその後、真白は小さく息を吐いて顔を上げる。
「燐くんこそ、一人で全部抱えすぎなの」
その瞳は、真っ直ぐだった。澄んでいて、揺れていない。
「誰も守らなくていい、なんて言わない。でも、誰にも頼らないのは違うと思う。私……あの時、燐くんがまた傷つくかと思って怖かった」
燐は、何も言い返せなかった。
真白の手が、静かに彼の手を包む。
「だから、私も――自分一人でも戦えるようになる。燐くんだけに、頼らなくても済むように」
その言葉に、燐はゆっくりと目を閉じる。
「……わかった。じゃあ俺も……次こそ、一人でも守り切れるように強くなる」
互いの決意が交差したその時。
「うんうん、青春ね~」
朗らかな声と共に、ずしりと重い音が響く。
◆
「……っ、藤宮先輩?」
現れたのは、ぬいぐるみを肩に乗せた少女――藤宮るるだった。表情は笑っているが、その目はどこか鋭い。
「ふたりでケンカしてるから仲裁しにきてあげたのに~、思ったより平和だったねぇ」
「……いや、わりとマジな言い合いだったんですけど」
「だーめ! 傷だらけで口論してたら、わたしが“制裁”しにくるって決まってるの」
言いながら、彼女は燐のほうを指差す。
「でもね、燐くん。今回の戦い、アレ良かったよ。“光纏って”突っ込んでいったとこ。あれ、かなり様になってた」
「……ああ、《叛逆・光纏装》ですか」
燐は少し顔を上げた。
「今まで、どれだけ強く“斬るか”ばかり考えてた。でも、守るために“僕自身が強くなる”のもアリかもしれないって思えたんだ。……自分を強化する技、もっと可能性あるかもって」
藤宮が満足げにうなずく。
「それそれ。リビドーの使い方は“自己理解”だからね。技の進化は、気持ちの進化とセットなの」
「進化、か……」
燐は自分の手のひらを見つめた。あの剣と盾。その源は“心”だった。だからこそ、自分が変われば、あの力も――。
◆
「にしても、ユウトとカゲト。相手が悪すぎたよね」
藤宮は、先ほどまでの軽い口調を少しだけ落ち着かせて言った。
「どっちも、普通の1年生なら即退場してるレベルだよ。それなのに君は、ちゃんと最後まで食らいついた。カゲト戦なんて、ほんと紙一重だったじゃん?」
「……でも、結局は連敗ですよ」
燐は呟いた。
「カゲト戦だって、真白と篠原さんのサポートありきで……それでも負けた。強くなったと思ったのに、また……勝てなかった」
「僕はただ居場所を察知し伝えただけです。僕は戦ったとは言えません。」
篠原は謙虚に発言する
藤宮は、しばらく黙っていた。やがて、空を見上げながら言う。
「――今後どこまで強くなれるかは、この敗北をどう使うかだよ、燐くん」
その言葉に、燐は顔を上げた。
「悔しかったでしょ? だったら、その悔しさを忘れないこと。コードは心の力だから。“悔しさ”すらも武器になるの」
「……武器に、なる」
燐はその言葉をかみしめるように繰り返す。
藤宮は、ふっと意味ありげな笑みを浮かべた。
「それにね、今回のことで……君の“これから”は、少し変わるかもしれないよ」
「“これから”? どういう……」
「さぁ? それがどういう意味か、分かるのは――そう遠くないかもね」
そう言って、ぬいぐるみを肩に載せ直した藤宮は、ふらりと背を向けた。
沈みゆく夕陽の下、風が吹き抜ける。
“変わる未来”とは、何を指していたのか。
燐はまだ知らない。
だが――その歩みは、確かに新たなステージへと向かい始めていた。
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数日が経った。
カゲトとの激戦の痕跡は、未だに学園内のあちこちに残っている。
戦闘が行われた廃墟には立ち入り禁止の札が立ち、生徒たちの間では事件の詳細を巡る噂が絶えなかった。
けれど、燐にとっては――それどころではない。
「結城燐が、四天王を倒したらしい」
「いや、引き分けだったって」
「違うよ、負けたけど相手に怪我させたって話も……」
断片的な情報が、一人歩きしていた。
尾ひれのついた噂は日を追うごとに膨れ上がり、やがて彼の名前は、無名の一生徒から“話題の中心”へと変わっていた。
(……気まずい)
燐自身は、あの戦いを“完全な敗北”として受け止めていた。
確かに剣は握った。盾も張った。最後まで戦っていた。だが、勝てたわけじゃない。
それをわかっていない周囲の視線が、ただただ重い。
登校中、真白が横を歩いていた。
今朝も優しく微笑みながら、鞄を抱えてついてくる。
「……リンくん、大丈夫?」
「……ん、ああ。平気だよ」
言葉とは裏腹に、燐の足取りはどこか浮ついていた。
目立ちたくて力を得たわけじゃない。ただ、守りたかっただけなのに。
そして力を得た“代償”として、日常は確実に変わり始めていた。
――ガヤガヤ……ザワザワ……
校門をくぐった瞬間、いつもとは違うざわめきが耳に飛び込んできた。
正門から一直線に伸びる廊下。その先、掲示板の前に生徒が群がっている。
「……なんだろ、あれ」
「見に行ってみよっか」
真白と顔を見合わせ、小走りで近づく。
「ちょっ、通して! 燐くん来たよ!」
人混みの隙間から、ひょっこりと木野が顔を出した。
サーチ系能力を持つコードクラスの同級生――いつになく焦った様子で、手を振っていた。
「大変だよー! すっごいことになってるってば!」
「……なにが?」
「これ! 見てよ!」
燐と真白が人の波をかき分けて前へ出ると、掲示板の中央に、一枚の紙が堂々と貼られていた。
⸻
【通達】
以下の生徒を、普通科よりコードクラスへ編入とする。
結城 燐
天音 真白
編入日:本日付
クラス担任より別途説明を行う
⸻
「…………えっ?」
一瞬、思考が止まった。
名前の羅列は、まぎれもなく“現実”だった。
「わ、私たち……?」
真白が驚きに目を見開く。周囲の生徒たちが次々と騒ぎ出す。
「やっぱり本当だったんだ!」
「あの戦いで評価されたってことか?」
「普通科からコードクラスって、超レアだろ!」
どよめきが廊下を揺らす。木野が少し顔をしかめて小声で呟いた。
「……てことは、もう“こっち側”だね、君たちも」
燐は、呆然と掲示板を見つめていた。
この紙一枚で、すべてが変わる気がした。
“普通”だった日々から、“選ばれし側”の生徒へ――境界線を一歩、越えさせられたような感覚。
「……はぁ」
誰にともなく、不安に短く息を漏らす。
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燐と真白は無言のまま、並んで廊下を歩いた。掲示板で騒ぎが起きてから、周囲の視線が痛いほどに突き刺さっている。
そのまま向かったのは――職員室。
ドアを開けると、奥の机から低く落ち着いた声が響いた。
「そこのふたり。こっち来い」
手招きしたのは、コードクラスの担任教師――真田 九郎。
黒ずくめのシャツに無精の黒髪、鋭い金色の瞳を持つ男。ぱっと見は無気力そうで覇気もないが、その視線には並の生徒がひるむような圧があった。
「……真白か。入学時以来だな。ま、能力にちゃんと目覚めたそうで何よりだ」
真白はコードクラスでの入学予定だったが能力を発揮出来なかった為普通科に落とされたのである。
彼は椅子にふんぞり返ったまま、小さくうなずくと、今度は燐の方に目を向ける。
「で、君が“話題の無能力者”ってわけだな? ようこそ、コードクラスへ」
燐が困惑を浮かべるのを見て、真田は面倒くさそうにため息を吐きながら説明を始めた。
「……はるか昔、空に白き光が現れた。それを浴びたごく一部の人間に、“コード”と呼ばれる能力が宿った。それ以来、我々の世界は少しずつ変わってきた。力を持つ者たちは社会の第一線で活躍し、その中でも特に選ばれ今後の社会を担うべく期待される者たち――そいつらがコードクラスに在籍する」
そして、机の端に積まれた書類を指で弾きながら、口調を引き締める。
「コードクラスは軍事・医療・災害救助・教育など、すべての分野に即戦力を送り込む精鋭育成機関だ。授業は自由参加。だが、進級・卒業するには“コードの実用性を示すレポート”を提出する必要がある。頭の良さも、能力の使い道も問われる。そして、ここでは教師の言葉は絶対だ」
沈黙の中、真田は最後に言い放つ。
「お前がどれくらいできるか、テストする」
低く、抑えた声。それでも、静かに胸の奥を貫くような圧があった。
「リン、お前は戦闘型だと聞いている。……訓練所に来い」
職員室で顔を合わせてから数分後、真田九郎の言葉で、2人は無言のまま訓練施設へと向かった。
無駄のない歩調。足音すら響かせないその背中は、教員とは思えない異様な気配を帯びていた。
⸻
「三分。攻撃してこい」
金属質な音が反響する訓練所のホール。空調音と、リンの心臓の鼓動だけが響く。
リンは静かに深呼吸し、右手に光の粒子を集束。
《光剣》が手の内に現れる。
「いきます!」
声と同時に地面を蹴り、駆け出す。瞬間加速。突き出す斬撃――
だが、真田は身体をわずかに捻っただけでかわした。
ほんの数ミリ。髪の毛一本ぶん。
次の斬撃も、その次も、まるで“あらかじめ知っていた”かのように、最小限の動きで流していく。
「おいおい、どうした」
声が低く笑う。余裕に満ちた響き。挑発ではなく、“見えている”者の言葉だった。
「その程度か? 俺に一撃も当てられないようじゃ……強くなるなんて夢のまた夢だぞ?」
リンは歯を食いしばる。
(見られてる……全て読まれてる……!)
二本目の剣を生成。《双剣》に持ち替え、連撃に転じる。上下左右から変則的に斬り込む。
が、それでも真田は一歩も動かずにかわしていく。肩を引き、首を傾け、時に膝を軽く落とすだけ。
まるで“光”の動きをスローモーションで見ているかのようだった。
「……言っただろ。俺の能力は、格上相手に勝てるようなもんじゃない」
だが、その表情に焦りはない。むしろ、楽しげですらあった。
「だがその代わり、“どれだけ格上でも一発も当てさせない”くらいのことは、できる」
リンは息を整える間もなく、問いかけるように叫ぶ。
「……なんでそんなに見えてるんですか!?」
真田は静かに、だが明瞭に答えた。
「《反応強化》――俺のコードだ」
そして、すぐさま続ける。
「視野の展開、動体予測、筋肉の動き、息遣い。お前の“次”は、すでに俺の中で答えが出てる。
一手先でも、十分かわすには足りる。二手先なら、止めることだってできる」
リンは言葉を飲み込む。
(そんな……)
「――だが、それでも“超えてくる”奴が稀にいる。だから面白い」
言葉と同時に、真田の表情がわずかに鋭さを増す。
「お前の“本気”を、見せてみろ」
リンの中で、迷いが消える。剣を交差させたまま、目を閉じる。
(俺の力……今、全部使う)
「叛逆連閃――《リベリオン・ストリーム》!」
光が爆ぜる。連撃が始まる。双剣の軌道が稲妻のように交差し、真田に襲いかかる。
剣の軌跡は火花を巻き上げ、目で追えないほどの速度と精度。
それでも、真田は一撃も許さない。
1分経過。
2分。
「……あと三十秒」
その声に、リンの焦りが滲む。
(だめか……このままじゃ)
――まだある。まだ手はある。
「叛逆・光纏装」
右足と右腕が光に包まれる。粒子が筋肉と関節を強化し、爆発的な“キレ”を与える。
一歩――加速。
刹那、真田の目がわずかに細まる。
(速い)
双剣が唸り、ついに――服の袖先にかすめる。
(当たる――!)
「終了」
その言葉が、時を止めた。
振り抜いた剣は空を裂き、残響だけが訓練所に響いていた。
⸻
「……まぁ、まずまずだ」
振り返る真田が、短く評価する。
「最後のは良かった。そういう追い詰められてからの一手……悪くない」
リンは肩で息をしながら、黙ってその言葉を聞いていた。
「強くなりたきゃ、ちゃんと学校に来い。今日はもう自由にしろ」
そのまま背を向け、真田はポケットに手を突っ込みながら歩き去っていく。
「……強い……」
声に出すと同時に、胸の奥から何かが湧き上がる。
(まだまだ、全然届かない。でも……)
(この人から学べば、きっと俺は――)
その背中を見つめながら、リンの眼差しはいつになく静かで、力強かった。




