【第14コード】叛逆・逆時雨
剣が火花を散らす。
アスファルトの地面に足がめり込み、燐の身体が後方へ弾かれた。
「……やっぱり、この人は強い」
肩で息をしながら、燐は前方に立つユウトを見据えた。
ぶ厚い空気が、焼けるように喉を焦がす。
(前回は……全然、本気じゃなかった)
あのときの戦いは、まだ遊びだった。今ならわかる。
本気になったユウトは、別物だ。圧が違う。速さが違う。威圧感すらも段違いだ。
(俺だって……強くなったはずなのに)
訓練を積んだ。剣も盾も使えるようになった。何度も限界を越えてきた。
それでも——
(正直……勝てる気がしない)
目の前の男は、まるで底が見えない。強者のその先に立つ者の気配を纏っている。
「……多少はマシになったようだな」
赤いパーカーのフードを軽く払いながら、ユウトが口の端をつり上げた。
その双眸は一切の情を持たない。敵を見下ろす獣の眼光。
「だがな——」
右足を軽く地面に打ちつける。
「そんなんじゃ俺に勝てねぇぞ」
一瞬、地面が割れるほどの衝撃。
「それに——柏木の痛みは、こんなもんじゃねぇ」
「……だから、ぼくじゃないっ……ですって!」
燐が叫ぶ。
だが——ユウトは聞く気など最初からなかった。
「喰らえ」
次の瞬間、爆音と共にユウトの姿が消えた。
地面が砕け、空気が裂ける。
目にも止まらぬ一撃が、燐の右脇腹をとらえた。
「っ……!」
鈍い衝撃が内臓を揺らし、息が詰まる。
身体が宙を舞い、地面に叩きつけられる。
(だめだ……この人は話を聞く気なんてない)
(だったら——)
「一度、この人を倒さないと……!」
立ち上がる。
その瞬間、燐の左手が光に包まれた。
(……来い)
ファントムコード《幻心の具現》
ふわりと、剣の光がもう一本。右手の剣と同じ光子状の剣が左手に。
そして左側に、盾がもう一つ浮かび上がる。双剣・双盾。
剣道の型が自然と構えを整える。
足さばき、目線、重心——すべてが鋭く整っていた。
「……!」
ユウトの顔に、わずかに驚きの色が浮かぶ。
直後、剣と拳が激突した。
空気を裂く連撃。
燐の剣が疾風のようにユウトを追い、盾が蹴りを受け流す。
砂埃が舞い、二人の影が交差する。
これまで一方的だった戦いが、ようやく拮抗した。
「——やるなぁ」
ユウトがニヤリと笑う。
「なら、ギアを上げるぜ」
一瞬で空気が変わった。
ユウトのリビドーが、さらに上昇する。
(まずい——)
次の瞬間、燐の防御を軽々と上回る蹴りが顔を撃つ。
踏み込みの深いローキック。
直後、後頭部へ打ち下ろされる肘打ち。
剣で受けたものの、勢いのまま地面に膝をついた。
(くそ……!)
息が苦しい。
肺が焼ける。
体中が悲鳴をあげる。
(俺は、あんたに負けて——)
(それでも……もう、負けたくないって思ったんだ)
過去がフラッシュバックする。
何もできなかった自分。無力だった自分。
それでも、あの日、確かに心に芽生えた——
(強くなりたい、って——)
燐の表情から迷いが消える。
視線がまっすぐにユウトをとらえた。
(今、この人と戦う理由なんて……正直、ない)
(だけど、雑念を持って戦っても、この人には万が一にも勝てない)
静かに目を閉じる。
(なら今は——)
(この人を超えることだけに集中する)
——キィン。
剣が再び輝きを放ち、リビドーの粒子が燐の全身から舞い上がる。
(だから)
「今日、俺は——あなたを超えます」
宣言と共に、再び剣を構える。
身体が軽い。
迷いが晴れた今、すべてが研ぎ澄まされている。
再び激突。
光と音が交錯する。
剣と蹴り、盾と拳——攻防の応酬が繰り広げられる。
互いの動きは速すぎて、もはや周囲の目には追えない。
だが確かに、今、燐は——
ユウトと初めて互角に渡り合っていた。
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ぽつ、ぽつ、と。
空から落ちてきた冷たい粒が、熱を帯びた戦場に静かに染み込んだ。
「……雨、か」
燐が息を整える間もなく、空は鈍い灰色に染まり、視界がわずかに霞みはじめる。
濡れたアスファルトが、剣と靴の衝撃で鳴いた。
向かい合う二人の間に、しばし沈黙が流れる。
息を荒げる燐とは対照的に、ユウトはまだ余裕の表情を浮かべていた。
深呼吸ひとつせず、赤いパーカーのフードを指先でなぞる。
「……やるな。少しは見られるようになった」
燐の頬に、ほんのわずかな笑みが浮かぶ。
この男と、ここまでやり合えている。
強者の壁に、やっと手が届いた気がした。
だが——
「……おい」
ユウトが、わざとらしく首を鳴らした。
「まさか……俺と互角にやり合ってるつもりか?」
「……え?」
「俺はまだ——コードを使ってねぇぞ」
その言葉に、燐の目から一瞬で光が失われた。
「……う、そ……だろ..」
ガクリと肩が落ちる。
喉が詰まり、声も出ない。
絶望という感情が、雨とともに全身に降り注ぐ。
ユウトが、唇をゆっくりと動かした。
「《韋駄天》」
瞬間、世界が変わった。
気圧が一気に下がったかのように、空間が圧縮される感覚。
雷鳴のような衝撃が地を這い、強者のオーラが戦場全体を支配する。
(これが……コードを使ったユウト……)
——見えない。
次の一瞬、ユウトの姿がブレた。
「——っ!」
重たい音と共に、燐の肩が弾けた。
盾でかろうじて受けたが、力の差は歴然だった。
足が滑る。
視界が歪む。
呼吸ができない。
「っらああああああああっ!」
ユウトの跳び蹴り。
雨粒を切り裂くその一撃に、燐は反射的に剣を交差させた。
《叛逆の剣》
剣と蹴りが激突する。
衝撃波が爆ぜ、雨が放射状に飛び散った。
互いに後退。
僅かな距離が、再び空気を張り詰めさせる。
「……それが、お前の技か」
ユウトの口元が釣り上がる。
「なら、俺も見せてやるよ——!」
雷鳴のごとき声が響く。
「《アクセル・バースト》!!」
爆音と共に地を蹴るユウト。
その動きはもう、視線では追えなかった。
——暴風。
踏み込み、蹴り上げ、回し蹴り、跳び蹴り、カカト落とし——
尋常ではない手数、いや足数の連撃が、嵐のように襲い掛かる。
(来る……来る!)
燐は全身の集中を一点に凝縮させた。
「《叛逆連閃》——リベリオン・ストリーム!!」
双剣が閃光を描く。
その軌跡はまるで、水流のように滑らかで鋭い。
両手の剣を連続して振るい、ユウトの蹴撃を正面から迎え撃つ。
だが——
一瞬の隙。
「甘ぇんだよッ!」
ユウトのカウンター。
足が剣の隙間を縫って、燐の胸元に打ち込まれた。
「がはっ……!」
吹き飛ばされた燐の身体が、雨に濡れたアスファルトを滑る。
制服が裂け、背中に痛みが走る。
(……また、負けるのか)
視界が白む。
鼓膜が痛いほどに鼓動が鳴る。
それでも——
(負けたくない)
心の奥から、熱が湧いた。
(俺は……俺は……!)
立ち上がる。
剣を地面に突き刺し、膝を支えにして。
(熱い。けど、冷静に)
雨の音が意識を研ぎ澄ます。
熱くなった心を、冷たい雨が洗い流す。
(スピードでは勝てない。なら……)
——合わせろ。
「くらいやがれェェェェェッ!!」
ユウトが叫び、再び《アクセル・バースト》。
嵐が迫る。風が唸る。
だが——
「……今だ」
燐の瞳が鋭く光る。
《叛逆・逆時雨》
閃光が雨の中を切り裂いた。
ユウトの猛撃を、すべて見切っていく。
ステップ。スウェイ。ブロック。受け流し——
流れるような剣筋が、雨粒のリズムと重なる。
相手の動きに“合わせて”刻まれる、反撃のカウンター。
最後の一閃。
逆手に構えた剣が、ユウトの頬を鋭く裂いた。
「っ……!」
血が、雨粒のように舞った。
——それは、初めてユウトの身体に刻まれた、明確な“ダメージ”だった。
「やるじゃねぇか……」
ユウトが、うっすらと笑う。
その瞳には、今までなかったものがあった。
——認めるような、わずかな、光。




