【コード13話】始まりの咆哮
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朝の陽光が差し込む通学路を、ふたりの影が並んで伸びていた。
「昨日の生徒会……思ったよりすごい話だったんた」
燐は制服のポケットに手を突っ込みながら、隣を歩く真白へと目をやった。
「うん。カゲトって人、本当に何か仕掛けてくるかもしれないって、会長さんも言ってたし……」
真白は少し不安げな瞳で答えたが、すぐにいつもの柔らかな微笑みに戻る。「でも、大丈夫。燐はもう、ちゃんと強いから」
「……ああ」
燐は小さく頷いた。力を得てなお、心の奥にはまだ恐れがあった。それでも、彼女の隣で戦いたいという覚悟が、自らを前に進ませていた。
学園の正門をくぐった瞬間、異様な空気が二人を包んだ。
ざわめき。騒然とした声。生徒たちの視線が、ある一点に集中している。
「……何があったの?」
真白が不安そうに周囲を見回す。
燐は迷わず、人混みをかき分けてその中心へと進んだ。
そこには——
大きな校庭の木に、両腕を吊られるようにして、血と痣で全身を覆われた柏木の姿があった。
「柏木……!」
燐が駆け寄り、その身体を抱えるようにして木から下ろす。重力に引かれて崩れる身体。その瞬間、ズキリと燐の胸を貫く痛み。
顔は腫れ、骨が不自然な方向に曲がっている。脇腹には深い打撲。まるで獣にでも襲われたような惨状だった。
「柏木!聞こえるか、柏木っ!」
声をかけるも、彼の目は開かず、息は細く浅い。意識は遠のいたままだった。
「真白……頼む」
震える声で燐が囁くと、真白は小さく頷き、膝をついた。
彼女の手が柏木の胸元に触れた瞬間、光が静かに溢れ出す。
「《心響の光》……!」
しかし——
光はあまりに淡く、柏木の傷にほとんど届いていない。
「……どうして?」
真白の声が揺れる。あの時、燐を癒した時とは明らかに違う。彼女の能力が、想いに応える形で強くなるものであるなら——今の彼女には、それが足りていなかったのか。
「焦らなくていい」
燐がそっと彼女の肩に手を添える。だが、時間は待ってくれなかった。
その時だった。
「わりぃな、通らせてもらうぜ」
低く響く声が群衆を切り裂いた。
現れたのは、制服を軽く着崩した長身の青年。久世ユウトだった。彼の背後には、同じ制服姿の生徒数名が付き従っている。
「……ユウト先輩」
燐が警戒の色をにじませた声を上げる。
ユウトの視線が柏木に向いた瞬間、眉が鋭く吊り上がる。
「おい、お前ら。こいつを保健室に運べ」
淡々とした口調だが、その内に潜む怒気が隠しきれていない。
部下たちが柏木を慎重に担いで運び出すと、ユウトはゆっくりと燐の前に立った。
「……これをやったのはお前か?」
「違います」
即座に燐は否定した。
真白も横で力強く頷く。「燐くんはそんなこと、絶対にしません」
「じゃあ、これは一体なんだ」
ユウトはポケットからスマートフォンを取り出す。画面には、送信済みのメール。
《今からリンの野郎と決着つけてきます》
差出人:柏木大牙
「昨日、あいつは俺との修行のあと、お前の所に向かった。……そして今、意識不明だ」
「……そんな」
燐は言葉を失った。身に覚えはない。昨日はずっと、生徒会との話や訓練に明け暮れていた。
「俺は……会ってすらいない。信じてくれ」
「証拠はあるのか?」
ユウトの目は鋭く、そして怒りに満ちていた。「お前と柏木の因縁は周知の通りだ。動機は十分。俺は師として、これを見過ごすわけにはいかねぇ」
地面に一歩足を踏み出すユウト。
その瞬間、アスファルトが爆ぜた。
瞬間的な加速。周囲の空気が振動する。
燐の目が見開かれる。
「っ……!」
「黙って来い。拒否権はねぇ」
ユウトは静かにそう告げると、背を向ける。だが、そこには明確な“怒り”があった。
「……仕方ない。今は、ついていくしかないのか」
燐は奥歯を噛みしめ、真白を振り返った。
彼女は何も言わず、小さく頷いた。
——
朽ちたコンクリートの破片がそこかしこに転がり、風に舞う砂塵が視界をかすめる。
人気のない解体予定地――骨組みだけを残した鉄骨が錆びついた音を立てて揺れている。
その中央、ほぼ更地となった空間に、燐とユウトが対峙していた。
緊張が空気を張り詰めさせ、ましろが数メートル後方で見守っている。
「……やっぱり、話を聞いてくれないのか」
燐が声を振り絞るように問いかける。だが、その声は乾いた風にかき消されそうなほどかすれていた。
ユウトは無言のまま、ゆっくりと首を横に振った。
その双眸には怒りと、裏切られた痛みがにじむ。
「お前とは前もやったな。前回の俺は本気じゃなかった……。だが今回は違う」
低く、震えるような声。ユウトの足元に、淡い風圧のような力が立ち昇る。
地面がわずかに鳴動し、足元の砂が跳ねる。
燐が剣を握り締める。左肩には半透明の盾――浮遊する光壁が静かに寄り添っていた。
(……やるしかないのか)
燐の胸中で覚悟が決まる。剣は片手で扱える十字架状の光子剣。静かに右手で構え、盾がぴたりと背後を守る。
次の瞬間、ユウトの姿が消えた。
「――っ!」
風を切る音と共に、燐の右横から強烈な回し蹴りが襲いかかる。
とっさに剣を立てて防ぐが、衝撃で体ごと数歩押し出された。
ユウトの動きは獣じみていた。跳ね、滑るように足元へ潜り込むと、低空からの蹴り上げ。
燐は盾を展開して受け止めるが、盾越しでも身体に鈍い衝撃が走る。
視線を合わせる間もなく、ユウトは旋風のように駆け抜け、反対側から斜め後ろに蹴りを放つ。
燐は地を蹴って横へ飛び、ギリギリで回避した。
「っ……速い……!」
滲む汗をぬぐう暇もなく、連撃が続く。
一撃一撃の重さよりも、その連続性が厄介だった。
ユウトの足は、止まることなく動き続けている。全身が蹴撃に最適化されていた。
燐は必死に剣を振るい、盾で急所を守る。
リビドーによる身体強化もある程度は効いているが、差は明確だった。
「なんで……あんたが、そこまで怒ってるんだ!」
燐が叫ぶと、ユウトの蹴りが一瞬止まった。
「……言ったろ。あいつは……俺の弟子みたいなもんだ」
ユウトの声が低く響く。「お前に勝つ為に頑張ってたんだぜ。その弟子が、お前のせいで瀕死だ。そりゃあ、やりすぎってもんだろ。」
再び加速。
怒りと悲しみが入り混じったユウトの猛攻が、容赦なく燐に迫る。
その場で踏み込み、左脚を軸に身体をひねると、踵が閃光のように飛ぶ。
燐は剣で受け止めるが、弾かれた刃が空を裂く。
次の瞬間、ユウトの膝が腹部を突いた。
呻き声をあげながらも、燐は踏みとどまり、右手の剣で反撃の一閃――。
しかし、その一撃は空を切った。
背後。
ユウトがすでに回り込んでいる。
——ドンッ!!
鋭い蹴りが盾に命中し、燐ごと数メートル吹き飛ばされた。
地面に叩きつけられ、土煙が上がる。
だが、燐は立ち上がった。歯を食いしばり、剣を構え直す。
見守る真白の胸が締め付けられる。
彼女の眼差しは、祈るように、そして叫ぶように燐を見つめていた。
——まだ、終わっていない。




