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人生をやり直しまくる令嬢、サリーナ  作者: 高杉 涼子
おまけ(婚約後のルチアとサリーナ)
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ルチア、面倒な仕事を受ける 中編

侯爵家での食事は、一言で言えば豪華だった。

肉好きの侯爵の好みに合わせ、メインは分厚いステーキである。

肉汁があふれ、強い香りが広がっている。

侯爵は上機嫌に笑いながら、赤ワインを口にする。


「良い物が買えたらしいな」

「そうよ、お父様。驚くほど素敵なものばかりだったわ」

「ふむ、そうか」


頷いた侯爵は、相変わらずぶしつけにルチアを眺めている。

何かあれば容赦なく嫌味が飛ぶな、とルチアはにっこりとほほ笑む。


ルチアは平民ではあるが、貴族のマナーは徹底的に叩き込まれた。

他の商会と渡り合うためにマナーを必死で身につけた父親は、その重要性を理解していた。

そのため、ルチアを始めとするコンラード家の人間には、幼い頃からマナーを身に着けさせたのだ。

父親に感謝だなと、溶けるような肉を口に入れたルチアは、鼻から抜けた香りに一瞬息を止める。


味も香りも、おかしい。


肉の濃い味付けの中に、僅かな甘みが感じられる。

独特な甘みは、ルチアがよく知っている物と同じである。


やっぱり、仕込んできだか。


遅効性の、媚薬。

知らないふりをして流しこみ、ゆっくりと息を吐く。

じろじろとルチアを見ていた侯爵が、顔をあげる。


「どうした、何かあったかな?」

「申し訳ありません。あまりの柔らかさに、驚愕した次第です」


その返答に、侯爵はバカにしたように「平民が、普段口にするものではなかろうな」と言った。

嘲るような口調だが、その瞳の奥はルチアをよく観察している。

肉を口にするルチアを、侯爵だけではなく彼の妻も令嬢も、じっと見つめていた。


家族、全員グルか。


視線には気が付かないふりをして、ゆっくりと肉を飲み込み、水を手にする。

水の冷たさを感じた舌先に、痺れが走る。

ルチアは息を殺して、足先に力を込めた。


こっちもかよ。


飲み物に水を選んだのは、おかしければすぐに気づける自信があったからだ。

果実水でもないのに、弱々しい香りと舌に残る甘さは、間違いなく媚薬によるものだ。

しかも、先ほどとは別の種類だった。


ルチアは気付かないふりをして、側に控える秘書にだけ見えるように人差し指で合図を出す。

明確にルチアの指示を受け取ったのを確認し、ルチアは食事を続けた。


食事を完食するのは、招待された者としては当然のことだった。

その後応接室で談話でも、と誘われたルチアだったが、辞退して足早に客室へと入った。


媚薬との戦いは、時間との戦いでもある。


秘書の男と共に客室へと案内されたルチアは、部屋のドアに鍵をかける。


「ルチア様、これを」


秘書が鞄の隠しポケットから取り出したのは、緑色の液体が入った小瓶だ。

ルチアはそれを片手に、トイレに駆け込んだ。

便座の蓋を開けると同時に、ツンとした匂いの液体を飲み込む。


ぐ、と腹の奥がつまり、ルチアは空いた手で下腹部を抑え込む。

嫌な臭いと共に、先ほど食べた肉の塊が飛び出てくる。

緑の液体は、吐き戻し用の薬だ。


何度も煽り、飲み込んだものを押し出す。


「く、そっ……」


ぜぃぜぃと息を吐きながら、ルチアは咳き込む。

頭の奥が痛い。


どこにもかしこにも仕込みやがって。


肉や水だけではない。

ルチアが口にする至るものに、媚薬が仕込まれていた。

苛立ちが凄まじい。

怒りに任せて、ルチアは吐き戻しの薬をあおった。




肩で息をしながら部屋へと戻ったルチアに、水が差しだされる。

これはルチアが持参した水なので、安心して口をつけることができた。


「失礼致します」


近づいてきた秘書の男は、フラフラのルチアの服をまくる。

シャツも引っ張り上げると、ルチアの脇腹に触れる。

そこに素早く消毒液を塗って、注射を打つ準備を進めていく。

ぐったりとしたルチアは、注射針が刺さっていくのを見つめた。


「悪いな……」

「お気になさらずに。ご体調はいかがでしょか」

「今のところは、何も」


注射は、媚薬に対する解毒剤だ。

どの媚薬を使われるは当日までわからなかったので、数種類準備をしておいたが、結果としてはそれも良かったと思う。

自分の脇腹から注射針が抜かれるのを見て、ルチアは目を閉じた。

注射は腕にうつのが基本だが、侯爵一家にばれないように脇腹にうった

あとは効果を待つだけだ。


「ルチア様、どうぞ」


秘書から渡された回復薬を冷えた手で受け取り、喉の奥に流し込む。

これでとりあえず、体調面では問題ないはずだ。

空の小瓶を受け取った秘書が、頭を下げた。


「ルチア様お一人にお任せすることになり、申し訳ありません」

「何言ってんだ。お前がいないとどうにもならないよ」


苦笑するルチアに、秘書の男も困ったようにほほ笑んだ。

お互いにわかっている。

ルチアの脈拍を図っていた男の瞳が、すっと細くなる。


「解呪の魔道具は設置済みです」


ちらりと視線を向けた先に、持参した解呪の魔道具が見えた。

壁におかれた魔道具は1つではなく、部屋を取り囲むようにぐるりとおかれている。

これで、この部屋の中では魔法が一切効かなくなる。

魔道具が仕込まれていたとしても、その効力は発揮されない。


「仕込まれていた魔道具ナンバーは、1、4、5、9、10」

「……それはまた、随分期待されたもんだな」


げっそりとルチアは嘆いた。

ナンバーは、この部屋に仕込まれた魔道具の効力である。


1は、思考力を奪う。

4は、認識を歪める。

5は、性欲の向上。

9は、事前に登録した声に逆らえなくなる。

10は、欲望の解放。


強力な媚薬に加えてこれらの魔道具がすべて作用したら、ルチアは精神を保てないだろう。

忍び込んできた侯爵令嬢が目の前にでも来たら、より理性を吹っ飛ばすのは簡単だ。

野獣のごとく襲い掛かり、その後は本能のまま動くだろう。


「いくらかけたんだか」


人の精神に作用する魔道具は、かなり高額だ。

ルチア一人を囲うためだけにどれだけ金をかけたのか、呆れるほどである。


思わず秘書と視線が交わる。

お互い口にせずとも、顔がうんざりしていた。


「ルチア様は、少しお休みください」

「助かる」


平然としているものの、胃がキリキリと痛い。

秘書の男は立ち上がり、部屋中を調べ始めた。

持ってきた特殊なペンライトで壁を照らし、異常がないかを確認している。

おかしなところがあれば、そこに魔道具を張り付ける。


「いくつあるんだよ」


魔道具の残りが心配になってきたルチアが嘆く。

それもそのはずで、この部屋には至る所に隠し通路があった。

真夜中にこの部屋に忍び込むのは簡単だろう。


「後は、ドアだけですね」

「わかった、ありがとう」


頷いたルチアは、ゆっくりと深呼吸をする。

明日の朝には、すべてが終わる。

絶対に思うようにさせるか、と拳に力を込めた。



シャワーを浴びて、早々に寝る準備を整えたルチアは、ドアに頑丈に鍵をかけた。

その上に魔道具を張り付けて、その効力を確認する。

部屋におかれた数えきれないほどの魔道具の動きも問題ないかをチェックして、ベッドにあがった。


「さて」


ベッドの脇にはタオルと、持ってきた水が入った水差しがおかれてある。

ベッドフレームに背を預けて、ルチアはあぐらをかいた。

苛立ちに任せて目は据わっているが、頭の奥は冷静だ。


大丈夫。


目を閉じて、ゆっくりと深呼吸をする。

知らないうちに強張っていた体の力が、ゆっくりと抜けた。


必ず、帰る。






侯爵令嬢は、抑えきれない興奮に口が緩むのが止められなかった。

同じ屋根の下にいるルチア・コンラードのことを考えるだけで、うっとりとした気持ちになる。

窓の外は、すっかりと暗くなっている。

ベッドに横になったものの、今から起こることを考えただけで、笑いが止まらない。


彼女には伯爵令息という婚約者がいたが、どうにもこうにも気に入る相手ではなかった。

婚約者として最低限の筋は通してはいるが、プレゼントも最低限である。

欲しいものを欲しいだけ買う事が当たり前の彼女にとって、何かにつけて吟味をする令息は愚かにしか見えない。

婚約解消をして、より良い条件の男へ乗り換えようとしたものの、爵位の高い公爵家の令息たちはすでに婚約者がいる。

その間に割って入ることもやってはみたがうまくいかず、公爵家からの抗議をもらい、父親から叱咤されただけだった。

このことでは伯爵令息からも冷たい言葉をもらい、さらに彼女のプライドを傷つけた。

何が何でもこんな男との婚約は解消してやる、と思っていたところに現れたのが、ルチアである。


ルチア・コンラード。

コンラード商会の後継者であり、学院でも優秀な成績を残していると聞く。

コンラード商会など全く興味もなかったが、彼の婚約者であるサリーナの身についている品物は、彼女の購買意欲を余すことなく刺激した。

コンラード商会は金銭的には全く困っておらず、さらに貴族との取り引きも増えており、将来性も高い。

欲しいものは手に入れることを当然と考える彼女は、特別な宝石を見つけたかのように目を輝かせた。

ルチアは平民だが、学院での態度は堂々たるもので、自分に従わせてみたいと思うには十分すぎる魅力がある。


当初、身分の高い自分が話しかければ、ルチアはすぐにこっちを向くと考えていた。

侯爵家がわざわざ顔を出して商会まで行けば、普通は至れり尽くせりで歓迎されるからだ。

ところがである。

商会に足を運んでもルチアはすぐに奥へと戻ってしまうし、わざわざ学院で話かけても、ルチアは他の貴族に対する態度で接し、崩れない。


「あんな貧相な小娘のどこかいいのかしら」


侯爵令嬢である自分には興味もなさそうなルチアだが、子爵令嬢である婚約者、サリーナには大変甘い。

その瞳を自分にも向けさせるためにはどうしたらいいのか、と侯爵令嬢は荒れた。

娘に大変甘い母親に相談したところ、その話が父にまで届き、大掛かりな仕掛けをうつこととなった。


まず、侯爵家の遠い別荘地に、購買のためとルチアを呼びつける。

次に帰宅が遅くなるからとルチアを泊め、夕食に媚薬を仕込む。

客室には思考力を奪い、欲望を解放する魔道具を複数設置。

夜中に隠し通路から部屋に忍び込んだ侯爵令嬢は、そのままルチアとの関係を持ち朝を迎える。

婚姻前に関係を持つことは、貴族の間ではかなりの失態となる。

だがメイドを目撃者としてしたて、「ルチアが深夜に侯爵令嬢の部屋を訪ね、そのまま嫌がる令嬢と無理やり関係を持った」ことにすれば、話は別だ。

侯爵家には何の痛手もない。

侯爵家で起こったことだ、場所や事実は簡単に隠すことができる。

コンラード家には慰謝料を請求。

伯爵令息との婚約解消とともに、責任を取らせる形で将来性のある婚約者、ルチアを手に入れることができる。

最高の案のように思えた。


とはいえ、当初令嬢の父親である侯爵は、相手がただの平民だということに嫌悪を隠すことはなかった。

だが、貴族間でのコンラード商会の勢いとその潤沢な資金を知って、興味を抱いたようだった。

身分もあり扱いにくい伯爵令息よりも、平民の方が使いやすいと切り替えた。

精神に作用する魔道具はかなりの高額だが、娘を傷つけた慰謝料としてコンラード商会に請求すれば元は取れる。

魔道具と媚薬によりルチアは精神を壊すかもしれないが、その後も魔道具で操って囲ってしまえば、永遠にわからないだろう。



ルチアは媚薬入りの食事を完食し、精神に作用する複数の魔道具がおかれた部屋にいる。


数種類の媚薬は、どれも遅効性だが強力で、そろそろじわじわと効果が出てくる頃だろう。

特にルチアの顔に興味はないが、あの紫色の瞳は綺麗だと思う。

それが手に入ると思うと、笑いが止まらない。


「そろそろかしら」


薄いナイトウエアは、彼女の体のラインをくっきりと浮かび上がらせる。

透けてこそいないが、動くたびにちらちらと肌が見える。


「ルチア様、今参りますわ」


ルチアは体にこもる熱の原因もわからず、パニックを起こしているに違いない。

媚薬で苦しむルチアは、どのような顔をしているのだろうか。


赤い唇が、にんまりと弧を描いた。

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