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人生をやり直しまくる令嬢、サリーナ  作者: 高杉 涼子
おまけ(婚約後のルシオとサリーナ)
80/188

サリーナ、考える 前編

視線が交わり恥ずかしくなったサリーナは、そろそろと俯いた。

それでも真っ赤になった顔はルシオに隠せないし、繋いだ手は引けない。


手前にあるカップを見つめながら、サリーナは考える。


ルシオの話をまとめると、つまり。

フェアスーン王女殿下の周囲で信奉者が増えていく理由は、依存性のある薬物のせいということになる。

そしてそれを担っていたのは、フェアスーン王女殿下が信頼していた侍女なのか。


「とりあえず、話はこれで終わりなんだけど。質問あるよね」


正直に言えば、山盛りである。

ルシオは、本当に最低限のことしか口にしていないだろう。


この件に関しては、王家や隣国も、魔法を使って調べていたはずだ。

それが、どうして今までこの事実に気づかなかったのか。

王家が関わっているとすれば、何をどこまで知り、これからどうしていくのだろうか。

隣国は知っているのだろうか。


国家への反逆を行った侍女は、これからどうなるのだろう。

ルシオは口にしていないが、彼女一人ですべてを行ったとは思えない。

黒幕は彼女の父親なのだろうか、もしくはもっと広い何かなのだろうか。

今のところフェアスーン王女殿下の侍女が何かあるとは聞いていないが、様子を見ているのだろうか。

彼らの処分もまた、気になるところである。


フェアスーン王女殿下にしてもザイードにしても、かの国へ行くことは決定済みだ。

かの国は、この事実を知っているのだろうか。

他の取り巻きたちも、どうなっていくのか。

少なくとも流行り病だとかで休んでいる令息たちは、このままどうなっていくのだろう。

このままでは学院を退学せざるを得なくなる。


それから。

何故ルシオが、知るに至ったのだろうか。

たまたま知ったとは思えないので、調べたのだろう。

始まりは王家かルシオの父親かわからないが、どちらにせよ何の利点もなく動くとは思えない。

王家への恩を売るためにしては、手間がかかりすぎている。

そう考えれば、先に手を出したのはルシオか父親のどちらかだろう。

でも、そのきっかけがわからない。


他にも考えていけばいくほど、疑問が湧き出てくる。


だが。

今一番、サリーナが質問するとすれば。


「私は、何をすればいいんでしょうか」


ゆっくりと問いかけると、ルシオの目が丸くなった。

サリーナは微笑んだ。


ルシオは何も考えなく、サリーナに話をしたりはしない。

侍女の話をしたということは、サリーナが知っておく必要があったからだ。


ルシオは「話しておきたいことと、相談というか、お願いがあって」と言っていた。

話が終わりならば、ここからは相談事であり、お願い事のはずだ。


「何か出来ることが、ありますよね?」


これは、確信だった。


何故か、ルシオは大きくため息をついた。

一度目を閉じて、ゆるゆると頭を下げる。


「……そういうところ、本当にわざとかと思うよ」

「え、え? ど、どこでしょうか」

「素なんだもんなぁ」


柔らかく答えをはぐらかされて、どう言えばと考える。

ルシオは一度ぎゅっと手を握った後、ゆっくりと離した。


「ルシオ様?」

「相談事って言うか、完全にお願いになるんだけど」

「は、はい」

「サリーナの方が、俺よりもはるかに茶葉には詳しいからさ」


そう言いながら、ルシオはティーカートの上に乗っていた、もう一つの白い箱を開けた。


思いがけない言葉に、サリーナは首を傾げた。

今この場に、茶葉は必要だっただろうか。


ルシオが明けた箱の中からは、緑色のガラス瓶と、小瓶がいくつも出てくる。

緑色のガラス瓶の中は液体ではなく、小分けにされた袋が見える。

小瓶の中身はお茶だろうか、横にラベルが貼られている。


緑色のガラス瓶を手にしたルシオは、慎重にそれを机の真ん中においた。

この瓶の中身は、何だろうか。


「これ、は?」

「薬物の偽物を中心にした複合物。薬物は液体を固めただけだから、青い瓶の中身と一緒だよ」


ルシオが瓶を開けて、一つ取り出した。


「一回分の摂取量に分けてるから、これで一人分」


ソーサーの上に乗った袋に、偽物とはいえ薬物が入っているかと思うと落ち着かない。

これを、どうしようというのだろう。


「これに合うお茶を作りたいんだ。薬物が入ってるって、わからないようなヤツ」

「……え」

「いろいろ試したんだけど。飲めるほどじゃないんだよね」


そう言いながら、ルシオが小瓶を並べ始めた。

サリーナからラベルが見えるように、くるりと回す。


「アドバイス、もらえたら嬉しい」


向けられた小瓶を、サリーナは見下ろした。

合うお茶ということは、この小瓶に入っているのは試作品ということか。

依存性が高い薬物が入った飲み物をお茶として合わせようとしているということは、誰かに飲ませようとしているのだろう。


誰に。

何のために。


疑問がそのまま口をついて出そうなところを、寸前で堪えた。


飲ませようとしている相手は、フェアスーン王女殿下の関係者だろう。

当然、慢性中毒者が対象だろう。

ルシオの話からすると、王女殿下の周囲の人間全員になりそうな気がする。

当然取り巻きたちも含まれるだろうから、高位貴族にでも受け入れてもらえるようなお茶でなければならない。


サリーナは、小さく息を吐いて顔をあげた。

どれだけ考えても、明確なことはわからない。

例え何があっても、自分がやるべきことは変わらない。


「こちらの小袋には、薬物の他には何が入っているんですか」

「全部で三種類、これだね」


サリーナは、渡された紙に目を通す。


薬物の名前はないので、他に入れているものの名前らしい。

胃を守るもの、吸収を穏やかにするもの、体力回復に良いものが入っているようだ。

どれも薬として使われるもので、味や匂いに大きく影響を与えるものではない。


サリーナは、手前の小瓶を一つ手に取った。


貼られたラベルには入っている名前と分量が書かれてある。

温度は、どれぐらいを考えているのだろう。

匂いと味も含めれば、組み合わせは無限である。


サリーナは顔をあげた。


「開けてもいいですか?」

「いいけど。試飲するなら、少しだけにしてね」


心配をしてくれるルシオには申し訳ないが、口に入れてみないと味はわからない。

蓋を開けて匂いを確認している間に、ルシオが大量のスプーンを持ってきた。


「これで足りるかな」

「ありがとうございます」


先端をつけて味を確かめる。

薄っすらと苦みを感じる。

温度をあげたとしても、これはお茶としては飲めないだろう。

酸味もあるので、甘味を加えたら何とかなるだろうか。


元々薬物自体がかなり面倒なので、どうしたものか。

疑似薬物の味を打ち消すか誤魔化すか、上乗せしてしまうか。


一つ一つの小瓶の中身は、微妙に味も香りも違う。

ただどれも少し口に入れただけで、もっと飲みたいなとは思わない。

これにさらに何かを加えたところで、劇的に変わるだろうか。


ルシオがどう考えて混ぜたのかを確認しなければと思いながらも、サリーナはルシオを見た。


「お伺いしてもよろしいでしょうか?」

「うん、何?」

「最終的には、おいしく飲める、薬物入りのお茶が出来ればいいんですよね?」


ルシオが息をひそめたのがわかった。


疑似薬物とはいえ、味も香りも本物と見間違うほどだった。

入っていることがわからないようと言われたら、アドバイスでこと足りるとは思えない。

お茶に相当詳しいルシオがここまで苦戦しているのだから、時間がかかるだろう。

別方向から考えることも必要ではないだろうか。


「私にも、一から配合させてもらえませんか?」

「駄目」


即答である。

ばっさり切られてしまった。


もちろん、快く受け入れてくれるとは、思ってはいない。

ただ、サリーナはルシオを見つめたま口を開く。


「アドバイスできることがあれば、ちゃんとお伝えします。ですが、私にもお任せいただけませんか?」


ルシオは頷かない。

サリーナは身を乗り出した。


「今ある物をベースに考えるのではなく、最初から考える必要もあると思うんです」

「別に、かけ合わせるだけならいいよ、それだけならね。でも、作れば試しに飲むでしょ?」

「どれだけ飲んだとしても、疑似薬物ならば、体には何も影響はありませんよね」

「疑似だろうと、俺が嫌。だから、絶対に駄目」


ルシオの態度は頑なだった。

全然受け入れてもらえそうにない。

心配をしてくれているのだろうとは思うけれど、どうにか話を聞いて欲しい。


「サリーナ」


名前を呼ばれて、ぱっと顔をあげた。

向かいに座っているルシオは、言葉に詰まったように眉を寄せる。


「俺、本当は。例え偽物だとしても、こんなモノに触れてほしくはないんだよ」


サリーナは、不意に胸が締め付けられた気がした。


いつもいつも、サリーナを守ろうとしてくれる、優しい人だ。

そのルシオが「嫌」だと言い「触れてほしくなかった」と言っている。

先ほどだって偽物だと言いつつも、心配だと口にしていた。


それは、ルシオの本心なのだろう。


それなのに今こうやって向かい合っているということは、現状他に手がないからだと思う。

サリーナに声をかけるほど、追い詰められているのではないのだろうか。


こんなものが放置されていたとしても、コンラード商会には何の関係もないだろう。

気づかずおかれていたのだから、今すぐ何かしなければいけない気もしない。


それでも尚、この状況なのであれば。

こちらも切り替えなくてはいけない。


「ルシオ様、いけません」


サリーナは、あえて静かな声を出す。

息を吐いて、気持ちを整える。


「中途半端では、混乱をきたします。迷わず、最善の道を取ってください」


口調に圧を乗せると、ルシオの視線が強くなる。

しかしサリーナもしっかりと見返して、ゆるりと瞬く。


「私に声をかけてくださったこと、嬉しく思います」


下腹部で組んだ指先にまで力を入れて、強気に笑う。

ここは、譲れない。


「どうか、信じて頂けませんか?」


嗅いで試飲してみないと、何もできない。

出来ることがあるのならば、最善を尽くしたい。


「ルシオ様」


呼びかけるように名前を呼ぶと、ルシオがぐっと唇を噛んだ。

辛そうに眉を寄せた表情に、言葉をかけそうになるのを堪える。


優しくて心配症のルシオが手を離せないのであれば、サリーナの方から離さなければ。


静まった部屋の中で、サリーナは背筋を伸ばしたまま黙る。

その目の前で、ルシオが大きなため息を漏らした。

頭が垂れる。


「サリーナのことは、信じてるよ」


擦れた声は、自重したような笑いも含まれている。

声をかけた方がいいのかと迷っているうちに、ルシオが顔をあげた。


「これは全部、俺のワガママだよ。ただそれだけだ」


ワガママ。

まさか今ここで、ルシオがそんなことを口にするとは思ってもいなかった。


ワガママを言って欲しいと思っている。

できればそれを叶えたいという気持ちも変わらない。


ただ。


「ワガママをおっしゃってくださるのは嬉しいです、嬉しいのですが。私も、譲れません」


ルシオが何と言おうとも、自分でお茶を配合したい。

合わせたものは、自分でがぶがぶ試飲したいし、それは満足いくまで続けたい。


ルシオは、頷いてはくれない。

それでも納得してはもらえないのなら。


「期限を、切られているのではありませんか?」

「そんな、すぐにうまくいくとは思ってないよ」


少しゆっくりと問いかけると、曖昧な答えが返ってきた。

ルシオの表情は変わらないけれど、サリーナは自分の考えが間違っていないと思っている。


「ルシオ様」


サリーナは息を吸い込んだ。

何も知らずにいられたら知らないふりもできたけれど、もう遅い。

今更である。


「私は、ルシオ様のお側にいたいんです」


サリーナは、左手を出した。

手の甲を下にして、ルシオに指先を向ける。


「手の、届くところに」


優しく告げると、ルシオの瞳が揺れた。

ルシオはゆっくりと手を伸ばし、指先を下からすくい取る。


そのまま、ふっと笑った。


「……線引きが上手いなぁ」

「手が届けば、引っ張ることもできますから」


サリーナは、にっこりと笑って言った。

ルシオのブレーキが効かないときでも、手が届けば引き寄せられる。

それはサリーナだけが出来ることの一つのはずだ。


「へぇ……」


親指でサリーナの手の甲を撫でたルシオは、ぐっと手を引く。

紫色の瞳がサリーナを見た。


「俺に紐をつけて。手綱、握る気なんだ」

「ふぁ!?」

「期待しちゃうなぁ、いろいろと」

「ままま、待ってください! ち、違います、そうではなくて!」

「違うの? 手、引っ張ってくれるんでしょ?」

「ひ、必要があれば、ですからね! そんな、まるで毎日のような言い方は……」

「やるねぇ、サリーナ」

「しませんよ、しませんからね!」


あまりに言われように真っ赤になりながら叫ぶと、ルシオが声をたてて笑い出した。

からかわれた、と思ったものの、赤く染まった顔はどうすることもできない。


繋がった手を引くこともできずに、ルシオをじとりと見た。


「……意地が悪いですよ」

「嫌いになった?」


どことなく楽しそうに言われて、うぐ、と息を飲みこんだ。

サリーナが嫌いになるわけがないとわかっているのに、わざわざきいてくるなんて。


肯定も否定もできずに口をぱくぱくとさせていると、ルシオが堪えたように肩を震わせる。


「ず、ずるいですよ!」

「ズルイのは俺じゃなくて、サリーナでしょ」

「私はそんなことはしていません!」

「わざとじゃないから質が悪いって、早く気づいた方がいいと思うなぁ」


嘆く口調は、どことなく軽い。

くつくつと笑うルシオは、幼い子供のようだ。


ルシオは机に体を預けるように、うつ伏せる。

視線が一気に低くなる。


繋いだ手に、両手が重なる。

下から向けられた瞳には、優しさが見えた。


「いいよ、サリーナ」

「え」

「思う通りにやってみてよ」


それが、先ほどまでのお茶の話に戻ったと気づく。

温かくなった。


「お茶の件は、全面的にサリーナにお任せします」

「ありがとう、ございます」

「お礼を言うのは俺の方でしょ。そもそも頼んだのは俺なんだし」


どこか呆れたようなルシオを見ても、サリーナはただただ嬉しいだけだ。

気持ちのままに、笑みを浮かべる。


「言っておくけど、俺の前だけだよ。一人で勝手をするのは、絶対に許さないからね」

「え、あ、はい」


ルシオが本気で言っているのを感じて、慌てて頷いた。

それだけ、サリーナことを気にかけてくれているのだろうと思う。


「あーあ。ホントに俺、サリーナに手綱を握られてる気がする」

「なな、何を言い出すんですか!」


あれは言い方の問題だったはずだ。

机に伏せたルシオが顔をあげる。


「何だっけ。手のひらで転がされて、手綱握られて?」

「ごごご、語弊、語弊が!」

「いいけどね、俺は」


言い返そうと口を開いたサリーナは、するりと抜けた指先にぎくりと固まった。

少し体温の低いはずのルシオの指先が、熱い。


「そばにいてくれるなら、どっちでも」


小首をかしげたルシオの瞳が優しくて甘くて、サリーナはふにゃりと力が抜けた。

やっぱり、ルシオはずるい。


熱くなった頬をそのままに「そばに、いますよ」と小さく呟く。

ぱちぱちと瞬いたルシオがあまりにも嬉しそうに笑ったので、サリーナは思わず「好きです」と言いそうになるのを堪えた。



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