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人生をやり直しまくる令嬢、サリーナ  作者: 高杉 涼子
おまけ(婚約後のルシオとサリーナ)
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ルシオ、応える 後編

ルシオが口にした言葉をどう捉えたのか、サリーナが身じろぎする。

焦ったように「ルシオ様」と名前を呼んだ。


「あの、ですね。ご、御想像の通り、そのときは同業だったんです」


そのときは。

自分のその発言が何を意味しているのか、サリーナは気づいていないらしい。

他の可能性も考えておかないと振り切れそうだなと、ルシオは思う。


サリーナは、緊張した様子で息を吸った。


「わ、私も、商会の会頭だったんです、よ」


もごもごとしたものになってしまったのは、サリーナ自身が、本当はそんな立場になれないことをわかっているからだ。

驚くよりも、どれだけ魔法を使っていたのか気になりながら、ルシオは「うん」と相槌をうつ。

サリーナが会頭だとしてもコンラード商会と渡り合っているのだから、サリーナの魔力の総量が恐ろしい。


「その、ルシオ様。おお、大人のルシオ様とはですね、同じ組合ということで仲良くさせて頂いていただけでして。あの、特にそれ以上の関係は、ありませんからね」


言い切ったサリーナに、ルシオは首を傾げた。

サリーナが、一生懸命に何かを説明しようとしている。


「お、お互い、仕事上の関係だったんですよ」

「うん」

「それ以上の関係はありませんからね、誤解なさらないでくださいね!」

「……あ、なるほど」


ぽつりとルシオは呟いた。

つまりサリーナは、大人のルシオとは仕事上の関係であり、特に婚約をするような間柄ではなかったと主張している。

今のように婚約者となったのは初めてで、何かあって過去に戻ったわけではないと言いたいのか。


そんなことは予想済みのルシオからすれば、今更である。


「それはわかってますよ、もちろん」

「本当ですか?」

「うん」

「たまにフィゲロしながらお茶したりはしましたけど。それでも、二人きりになったことも、ありませんからね」


もう一度頷こうとしたルシオは、サリーナの言葉にぴたりと動きを止めた。

腕の中で「ま。まぁ。その。私は、勝負ごとに、魔法を使ってしまいましたけど」と、ごにょごにょと言い訳をしているサリーナを見下ろす。


「サリーナと、フィゲロしたの? 俺が?」

「え、そ、そうですね」

「へぇ……」

「ふ、不正していたので、私が勝つことが多かったのですが。よくお相手をさせて頂きました」

「その不正って、魔法でしょ? 俺は気づかなかったの?」


単純な疑問だったが、サリーナは一瞬詰まった。

申し訳なさそうに眉を下げる。


「…………はい」

「そっかぁ」

「あの、今はしていませんよ! 今はもう、不正はしませんから」


ソワソワとしながら、こちらの様子を伺っている様子のサリーナとは違い、ルシオは何とも言えない気持ちを感じる。

サリーナは不正をしていたことに対して思うところがあるようだが、その辺りのことはどうでもいい。


「フィゲロねぇ」


どこかで会頭となった自分は、サリーナとフィゲロをしていたらしい。

しかも「よくお相手をさせて頂きました」との言葉を信じるのなら、結構な頻度で会っていたのではないだろうか。


「サリーナさ。さっき、成人した俺とは二人きりになったこともないって、言ってたよね?」

「はい」

「じゃあ、二人きりじゃないときは? どこかに出かけなかった?」

「視察などには、他の方々も含めてご一緒しましたよ」

「そういうことじゃなくてさぁ。例えば……パーティーとか」


商人は、貴族が個人的に開くパーティーに招待されることがある。

金銭や幅の広さを示すことで、社会的地位をアピールする手段の一つだ。

パーティーの規模は様々だが、ドレスコードが必要な夜会もあれば、小さな茶会にも向かう。


茶会ならばかまわないが、パーティーとなれば基本的にはパートナーが必要になる。


「そう、ですね。パートナーとしてご一緒したことはあります」


サリーナは思い出すように、ただただ事実を告げている。

ルシオが何を知りたいのか、わかっていないのだろう。


「誘ったのって、俺から?」

「そう、だったかも、しれません」


一生懸命思い出そうと頭を捻っているサリーナを見ながら、ルシオはおかしそうに目を細める。

ぎゅっと抱きしめられたサリーナは、驚いたように見上げた。


「ど、どうかされましたか?」

「いや? 馬鹿な野郎だなぁと思っただけだよ」


笑いながら答えると、一瞬動きを止めたサリーナはぽかんとした。

その目が丸くなっている。


「それは、まさか。ごご、ご自身のことですか!?」

「俺じゃないよ。遠いどこかの男のこと」

「えぇ!?」


声をあげるサリーナを、ルシオは引き寄せた。

笑いながら、サリーナの頭を自分の胸に押し付ける。


大人のルシオ。

成人したルシオ。


その元は今の自分と同じかもしれないが、サリーナと婚約している時点で未来は分かれた。

すでにもう、同じではない。

今いるルシオとは別人なので、同一とされるのは不本意だ。


フィゲロは陣地取りのゲームであり、この国での市場は男性だ。

外交に使えるのでルシオも幼い頃から父親やその他の大人に鍛えられたのだが、子爵令嬢のサリーナはそうではない。

現に今のサリーナは、初心者だ。


いくら商会を率いているとはいえ、自分よりもはるかにフィゲロに触れる機会もないような、貴族の御令嬢であるサリーナ相手に負けたのか。

成人した自分はさぞ驚いただろうし、悔しかっただろう。

同時に、強く興味を持ったはずだ。


サリーナは魔法で不正をしまくっていたようだが、そもそもルシオは、勝負ごとにおいては魔法は効かないように対策をしている。

フィゲロをするときだって、変な魔法にかからないよう準備をしてから勝負をしている。

外交の場での勝負事は、勝つことで、自分に有利な条件を引き出すこともできてしまうからである。


そこまでして負けたとすれば、まずは相手の実力が自分よりも高かったと考えるだろう。

だが魔法を使っているとすれば、その実力には必ず落差が出る。

勝負を何回か行えば、その個人の持つ指し手の特徴がわかってきたりもする。

その違和感を放置する自分ではないので、サリーナの強さの原因を探ったはずだ。


サリーナが魔法を使っていることに気づく可能性は、十分にある。

ルシオの対策を上回り、尚且つその場で証拠を掴ませることなく、勝負事に関する魔法を軽々と使うサリーナに、惹かれないはずがない。


「結局、一緒か」


ルシオは口の中で小さく呟く。


同じだ。


ただの打合せも、フィゲロ勝負を挟めば時間は延びる。

勝負中は、他愛もない話もできる。

フィゲロは二人で対戦するゲームなので、対戦している最中のサリーナは、ルシオのものだ。

わざと長引かせただろうことも、想像がつく。


パーティーに参加するとなれば、ドレスや必要な物は、パートナーとして誘ったルシオがすべて送っただろう。

当然、衣装も二人で合わせたはずだ。

ルシオとサリーナの関係を勘ぐる者もいたに違いない。


遠いどこかの男とは言ったものの、ルシオの持つ本質は変わらない。

だからこそ、わかってしまった。

ルシオは興味のない相手にそこまで手をかけないし、時間も費やしたりはしない。


わざわざフィゲロをするようなことはない。

パートナーが必要だからと誘うこともなければ、ドレスや小物を送ることもない。


それを行っていたとなれば、今の自分と大差ない。

大切にしていたのか。


手を変え、品を変え、サリーナに変な虫が寄らないようにしていたに違いない。

それだけやっていたにも関わらず、この様子では残念なことに、肝心のサリーナには全く伝わっていなかったらしい。

何と言えばいいのやら。


情けない野郎だな、とルシオは低く笑って、目を閉じた。


「サリーナ」

「はい」

「好きだよ」


たった一言で、サリーナが小さく跳ねた。

寄せた頬から広がる熱に、口の端があがる。


一言、告げれば良かったのだ。

本当に、たった一言だけでいい。


この素直で愛らしい婚約者の一面を知らないとは、本当に哀れすぎる。

一瞬そう思ったものの、すぐに否定した。


父親の言葉が腑に落ちた。


大人になること。

歳を重ねること。


経験を得る反面、新しいことに挑戦するのも、自分の望みのために動くことも、難しくなる、と。

それが、成長した自分にも当てはまったということなのだろうか。

行動だけはするくせに、相手には伝えられないほどなのか。


たった一言が、口から出ないほどに。


それはまた、随分と可哀そうなことだな、とどこかの自分に思う。


「わ、私も、好きです」


真っ赤になりながらも、精一杯伝えてくれる婚約者を、ルシオは思いっきり抱きしめた。

胸元から「んむ!」と貴族令嬢とは思えないような声が聞こえたけれど、無視である。

何回抱きしめても満足できないのだから、諦めてもらおうと思う。


離すつもりはない。

魔法を使わせるつもりもない。


過去に戻るなど、冗談ではない。


「ルシオ様!?」

「好きなだけ抱きしめていいって、約束してたよね」

「い、今ですか!?」


慌てた様子のサリーナは、離れて欲しいのか腕に力が入っている。

その右手を取った。


「そう、今」


魔法を紡ぐ右手の人差し指を、そっとなでる。

小さく震えたサリーナの頬が羞恥で真っ赤になるのを眺めながら、ルシオは目を細めた。


可愛くて、甘い、ルシオの婚約者。


「今だよ、サリーナ」


とろりと笑うと、サリーナはへにょりと眉を下げた。

唇がふるふると震えて、瞳が潤んできた。


泣かせるのは不本意ではあるが、顔が赤くなってしまっているのは可愛いと思う。


「約束したよね?」

「しま、した……」


サリーナは、ルシオとの約束は守ろうとしてくれる。

それがどれほど恥ずかしいことだろうと、受け入れようとしてくれる。


それがわかっているから、どうしても強めに出てしまう。


「じゃあ、いいよね」


追い詰めるように、確認する。

しょぼしょぼとしているサリーナは、恨めしそうにこちらを見た。


「今言うのは、ズルイですよ」

「だったら、いつならいいの?」

「それは、あの……」


視線を彷徨わせたサリーナは「あ!」と高い声をあげる。

手がルシオのシャツに伸びた。


「すみません! シワになってしまいました、少し湿り気まで」

「……それは、今じゃないと思う」


ルシオの口から、低い声が出た。

制服のシャツがシワになろうと、湿ろうと、結構どうでもいいと思うのだが、サリーナは違うらしい。

がばりと顔をあげる。


「お待ちください、今、戻しますから!」

「え、駄目」


ルシオの手から抜け出そうとした、右手を引き寄せる。

動かせないように、人差し指ごと握りこんだ。


「もう、今日は。魔法は使わないで」

「で、ですが」


不安そうな表情のサリーナの手を、優しく包み込む。

温かくて、ルシオよりも小さな手。


「ちょっと、焦るから。魔法を使ってるところは、今日は見たくない」

「あ……」

「サリーナを送るときには、着替えるから」

「ルシオ様」

「今日だけだから。ね?」

「……はい」


少しだけ責任を感じるように付け加えたので、サリーナは、今後魔法を使う際にはルシオの言葉を思い出すだろう。

眉を寄せているので、手をひいて自分に寄せた。


「話は終わりです」


ルシオの言葉に力を抜いたサリーナの頬にかかる髪を、奥へとすいた。

恥ずかしいのか、ルシオに対して申し訳ないと思っているのか、戸惑う様な瞳はルシオに向けられたままだ。


その口が、ゆっくりと開く。


「ルシオ様、お尋ねにならないんですか?」

「何を?」

「その。これまでの私のこととか、いろいろ……」


口にしながら、サリーナの瞳が不安そうに揺れた。

やり直しをしている話をしているらしい。


こんな顔をするぐらいなら黙っておけばいいのに、わざわざ向き合おうとするあたりがサリーナだと思う。

ルシオから話は終わりだと切ったのだから、なかったことにしてしまって、何かを言うつもりはなかったというのに。


「……俺は。特に、きく気はないよ」


サリーナの目が丸くなった。

その態度に、ルシオが何かきけば、正直に答えようとしてくれていたのがわかる。

小さく笑いながら、頭をなでた。


「気にならないわけじゃないんだけど、聞いたところで俺が介入できることはないし」


サリーナの言う過去は、ルシオにとってはどこかの遠い世界の話に近い。


そして、ルシオだってある程度はわかっている。

何回も人生をやり直しているサリーナは、結婚だってしたことがあるのだろう。

それも、何度も。

今世だって、婚約の解消がなければ、サリーナはザイードと結婚していたのだ。


王妃となったことがあるのなら、相手は第一王子だと考えるのが妥当だし、そうなれば王妃の義務にまで話が飛ぶ。

王妃の一番大きな役割が後継ぎを生むことである以上、行きつく先は同じだ。

そこに愛情があったのかどうかは考えたくないが、貴族として結婚をするのならば、体の関係がなかったとは思えない。

それは、相手が貴族である以上同じことだ。


想像はあくまで想像で済むが、サリーナが肯定したら事実になってしまう。

第一王子ともザイードともそれなりの接点がある今、頭の中だけに留めておく方がいい。

振り切れそうになる自分が見えて、ルシオは考えを頭の隅に追いやった。


「今、サリーナがそばにいてくれから。俺は、それで十分です」

「……ルシオ様」

「あ、でも。サリーナが話したいことがあれば聞くし、俺も聞きたいことがあれば、ちゃんと言うからね」


優しく言い聞かせるように、言葉を切った。

不安そうなサリーナが、少しだけ笑う。


「無理に聞き出そうとは思ってもないから。気にしなくていいよ」

「ありがとう、ございます」


微笑んでいるのに泣き出しそうに見えるサリーナは、きゅっと唇を結ぶ。

そんな表情すら可愛いなと思ってしまって、口から言葉が漏れた。


「好きだよ」


腕の中で距離が出来た分、ルシオはサリーナの頭を寄せた。

サリーナの視界を胸元でふさいだので、これ幸いとばかりにあちこちに唇で触れた。

腕の中から、あれこれと悲鳴やら文句やら意見やらが聞こえてくる中、全く気にすることなく、思う存分、腕の中に婚約者を閉じ込めた。


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