情報屋のプライド
前回のあらすじぃ!
野生の店長が現れました
「にしても、でっけぇ荷物だな……」
飛鳥は簡易テーブルに頬杖をつきながら、キセレの持つ大量の荷物を眺める。
「そりゃ僕は『空間箱』が使えないからね。遠出する時はいつも一苦労さ」
キセレは静かに慎重に荷物を降ろす。その様子から、何かしら貴重な物が入っていることは容易に想像できる。
だが、飛鳥はそんなキセレの様子に少し拍子抜けした。情報マニアなキセレが荷物を大切に扱うのは当然として、あまりにも態度が落ち着いていたのだ。目を輝かせ、内心うきうきしているのは見ただけで分かる。
キセレが転移してきた瞬間、すぐに例の遺跡に走り出すと思っていただけに、飛鳥は気が抜けてしまったのだ。
「初めまして、キセレ殿。私、シリュカール王国元第二王子、ディノランテと申します」
荷物を下ろしたキセレにディノランテが頭を下げる。すでに一人称が『俺』で統一されていたディノランテだが、礼儀正しいその姿はやはり王子というわけだ。
「やぁ、よろしくね。君のことはよく知ってるよ。王に売られた哀れな王子……、いや、王女様だね」
「待て待て待て! 落ち着け、ディノ!」
キセレの言葉にディノランテは遺跡から持ち帰り、立てかけていた剣を振り上げる。その後ろから飛鳥はディノランテを羽交い締めにし、必死の形相で呼びかける。
「ディノ! あれがキセレのデフォだ! 特に意味もなく、人が一番嫌がることを何も考えずに言う奴なんだ! デリカシーって言葉が頭から爆散した哀しきモンスターなんだよ!!」
「アスカ君も中々ひどいよ?」
何も発さず、しかし凍った笑顔で剣を持つディノランテは怒髪衝天の一言である。
その後ろで、案の定と言うべきか、ミーシャが腹を抱え大笑いをし、ヘレナはディノランテに謝りながらキセレの頭を薪でぶっ叩く。
そして、何事もなかったかのようにシェリアは机に出されたお茶請けの煎餅をポリポリと食べ、お茶をすする。
「ふぅ、平和……」
そのカオスな状況の中で小さく頷きながら呟いたシェリアの言葉は、誰の耳にも届くことはなかった。
—————
「やぁ失敬。いつも言葉を選べとヘレナに怒られているんだけどね」
ようやく落ち着き席に座ったディノランテの正面で、頭を掻きながらキセレが笑う。だが、ディノランテの怒りが治まったわけではない。
飛鳥は改めて『女』というワードがディノランテにとって禁句であることを悟った。
「てか、キセレ。遺跡には行かないのか?」
有意義にお茶を飲むキセレに飛鳥は尋ねた。
「あぁ、行く行く。すぐ行くよ。でも、一応確認しとこうと思ってね」
飛鳥だけでなくヘレナやディノランテも首を傾げる。
「ヘレナに一通り話は聞いてるんだけどね……。殿下は本当にその遺跡について知らないんだね?」
「あぁ」
「近隣の住民からも話は……?」
「無いな」
「ふむ」
端的に言うとキセレは目を閉じ腕を組む。頭をゆらゆらと左右に揺らし何かを考え込む。
情報屋として名の通ったキセレだが、当然、この世界のすべてを知っているわけではない。しかし、旅人に情報を与える場合、その旅路に関わり、存在するものは事細かにするのがキセレのやり方だ。
情報マニアであるキセレにとって、例の遺跡は心の底から喜ばしいことだ。だが、情報屋としてのキセレからすれば、その遺跡の存在は仕事人としてのプライドが傷つけるものとなった。
キセレが転移後、本望の赴くままに遺跡に向かわなかったのは、情報屋としてのキセレがマニアであるキセレを上回ったからだ。
そして、考えがまとまったのかキセレが立ち上がる。
「よし、行こうか」
シェリアが零した煎餅の欠片を拭きとっていた飛鳥や、ディノランテやミーシャと談笑をしていたヘレナがキセレに続き立ち上がる。
「ほれ、シェリア。行くぞ。全部食っちまえ。あぁ、また零して」
「ん」
飛鳥に急かされ煎餅を口に放り込んだシェリアは、リスのように口に含んだまま馬車の荷台に入っていった。
流石に抜き身で剣を持ち運ぶわけにはいかないディノランテは、鞘の代わりに丈夫な布を剣に巻きつける。
荷台から出てきたシェリアの手には『空間箱』により縮小化された一つのキューブ。その中に入っているのは魔女の神杖。
魔女の神杖は何の変哲もない二メートル弱ほどの一様の棒なので、そこまで場所を取らないと思うかもしれないが、その質素な杖に唯一取り付けられた太陽を模した装飾が邪魔で邪魔で仕方がなかった。なので、普段何もない時はキューブにしていた、というわけだ。
飛鳥は座ることで固まった腰に手を当て背中を反らす。ポキッと背中が鳴り思わず「うっ!」っと声が出るが、関節が鳴る時の快感が意外にも癖にる。
「いよっし。じゃあさっさと遺跡調べて、ニヴィーリアに行こうぜ!」
「いや、君たちはお留守番だよ」
頭の上で腕を組み、肩を、そして脇腹を伸ばす飛鳥にキセレが言った。
身体を横に倒したまま飛鳥はキセレに目を向ける。
「えっ? 留守番って……、俺が?」
「俺がっていうか、アスカ君と賢者ちゃんと……、後ヘレナもね」
「えっ? 私もですか!?」
一人ずつ指をさしながらキセレは留守番組を告げた。
飛鳥は正直なところ、さっき遺跡で大変な目に合ったばかりなこともあり、行かないで良いというのであれば甘んじて受け入れる。
決して体力的にキツイとか、また何かに遭遇するかもしれないとビビっているわけではない。ビビっているわけではないのだ! と、口には出さず一人で言い訳をする飛鳥。
だが、そのキセレの選出に不満を見せたのがヘレナだった。キセレの下で何年も働いてきたヘレナは、他の遺跡調査に同行することも少なくはない。この場で店長であるキセレを一番サポートできるのは自分であると自負しているのだ。
キセレに何か考えがあることはヘレナも分かってはいるのだが、それ故に、共に遺跡には赴かず待機を命ぜられたことは、ヘレナの奉仕精神に少しばかり傷を付けることになってしまったのだった。
そんな表情は全く変えていないように見せかけて、口元が思いっきりへの字になり、拗ねたようにムスッとするヘレナにキセレは声をかける。
「まぁ落ち着いてくれ、ヘレナ。そう怒らないでよ」
「別に怒ってなどおりませんので」
「じゃあ拗ねな……」
「拗ねてなどおりませんので!」
普段はクールにしているが、ひょんなことでヘレナの感情が漏れ出すことを飛鳥は知っていた。だが、それがヘレナの魅力の一つだということも飛鳥は知っているのだ。
頬を膨らませそっぽを向くヘレナにキセレは頭を掻きながら「はぁ」と息を吐く。
「やれやれ、まったく……。今回、君を置いていくのは僕とアスカ君たちとの間で連絡を取れるようにしたいからなんだよ」
「連絡?」
未だそっぽを向くヘレナに変わり飛鳥が言う。
「そう。今回の遺跡、僕の考えが正しければ初めの調査は君たちと別行動をする必要がある。そのために、この魔道具で随時状況を……、というかこっちの指示に従って行動してほしいんだ」
「ふ〜ん。まぁ、キセレなりに何か考えがあるってことだな……。というわけですよ、ヘレナさん。怒りを鎮めてください」
飛鳥たちに背を向け簡易テーブルの上に散らかったカップやお菓子を片付け始めていたヘレナは、飛鳥の言葉に振り返ると、
「怒ってなどおりませんで!」
と、両手をブンブンと振りながら叫んだ。
「わはは。それじゃあヘレナの怒りも治ったところで遺跡に向かって出発だぁ!」
もはや、別の意味で怒っていそうなヘレナを放置しキセレは大きな荷物を背負う。
そのキセレにヘレナが「怒っておりませんので!」と付け加えるが、もう誰も相手にすることはなかった。
そんなヘレナに苦笑いを向けながら、ディノランテとミーシャはキセレの後を追っていくのだった。




