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猫人は猫に非ず

忙しすぎて登校までかなりの時間がかかってしまいました

申し訳ありません

「確かにうまいな。どこの菓子だ?」


 ディノランテがチョコレートを口に含み尋ねる。


 だが、このチョコレートは日本で買ったものであり、どこで入手したかと問われても飛鳥は答えあぐねてしまう。流石に日本と答えるのはまずいのは飛鳥にも分かる。


 普通の人は世界中の国名を把握していることはないだろうが、一国の王子であるディノランテの立場であれば他国と関わり、それなりの知識も有していてもおかしいことはない。そうすれば日本という国に聞き覚えがないことを疑問に思う可能性も出てくるだろう。


(出身地を日本にしたのは軽率だったかな……)


 飛鳥はナウラで身分証を発行する際に出身地を日本で登録したことを少し後悔した。だが、まさか王族と関わりを持つとは思ってもおらず、仕方ないと言えば仕方ないのかもしれない。


「これは『ムンチャ』と言ってローザ帝国、スザル領の名産品ですね」


 ディノランテの問いにヘレナが答え、飛鳥に目で合図を送った。その視線が日本のことを話す必要がないことを意味していたことに飛鳥は気づいた。


「ローザか……、遠いな。それならシリュカール(こっち)に流れてきてなくても当然か……」


 ローザ帝国。それは世界最大の国土を持ち、魔族が堂々と闊歩する魔国領に最も接した国だ。昔から魔族との戦闘が絶えることのない超軍事国家である。


 飛鳥はローザ帝国がどのような国か把握していなかったが、そこに『ムンチャ』と呼ばれる日本のチョコレートと同じ物があると聞くと是非食してみたい感情が押し寄せてくる。


 飛鳥がそんなことを考えているとディノランテの視線が飛鳥に向けられ、そういえば、と口を開く。


「先ほど何か慌てた様子だったがどうしたんだ?」

「え……? あ、あー、それはですね。このお菓子は猫にとっては毒という話があって。どんな症状があるかまでは分からないんですけど……」


 以前、テレビで猫にチョコレートを食べさせてはいけないと言っていた時のことを思い出し答えた。


 猫はチョコレートに含まれるデオブロミンという物質により様々な中毒症状を、そして最悪の場合その量によっては突然死を引き起こす場合もある。


 飛鳥は過去に見た番組の僅かな知識を脳から取り出そうとするが、幾分かなり前のことなので何か役に立つ訳でもなかった。


「毒か……。まぁ、あまり気にすることはないと思うぞ」


 ディノランテがミーシャに目を向けながら言い、当の本人も何も問題ない様子だった。


「確かにミーシャは耳や尻尾、仕草に猫の特徴が見られる『獣人猫種』ではあるが、それでも『人』なのだ。人には特に問題はないのだろう?」

「はい」


 ミーシャの猫耳を撫でながら言うディノランテに飛鳥は頷き、彼は少し安心した様子でため息をついた。


「まぁ一応、念には念を入れて少し様子を見るとしよう。何分、私たちも初めて手にした菓子だからな。ミーシャも身体に異変を感じたらすぐに言えよ?」

「わかったよ」


 今なおミーシャのディノランテに対する言葉遣いは従者としてあるまじきものであったが、飛鳥よりも背の高いミーシャが身体を丸め素直に撫でられる姿は何とも言葉にし難い可愛らしさを醸し出していた。


 そんな二人を温かい目で眺めていた飛鳥はチョコレートを一つ口に含み、つい口角が上がってしまった。


 それは決して甘いものを口にしたからではない。


 飛鳥は思い出していた。シェリアが自分の膝を枕にして静かに眠っていた時のことを。そんなシェリアの頭を撫でると(くすぐ)ったそうに身をよじりながらも、飛鳥の手を受け入れていた姿を。


 初めはただの相棒だったはずなシェリアに少しずつ心惹かれ、そんな飛鳥に素直に身を許すシェリアの姿が今のディノランテ、そしてミーシャと重なった。


 傍から見たら自分たちもあんな甘くピンク色の雰囲気を出していると思うと、つい恥ずかしさがこみ上げてくる。


「アスカさん、顔」

「へっ……?」


 ヘレナに指摘され飛鳥は両頬に手を当て、ようやく自分が見るに耐えないにやけ顔をしていたことに気づいた。


 馬車を運転するシェリア以外の視線が飛鳥に集まり、恥ずかしさのあまり背を向け横になった。


「す、少し休みます! 野営地に着いたら起こしてください!」

「分かりました。ゆっくりお休みください」


 ヘレナの言葉に一呼吸置き目を瞑った飛鳥だが、一向に眠気が来ることはなかった。


 感情が表情に出ることを抑えるのに関しては一家言持ちであった飛鳥は、まさか自分があんな顔を人前に晒してしまうことに正直驚いていた。


 シェリアに対する感情とそれを人に見られたことから身体の熱は中々下がることはなく、飛鳥が眠りについたのはそこから一時間ほど経った後のことだった。




 —————




 痛い。意識はないが確かに感じた腕への痛み。


 飛鳥はその痛みに反応しゆっくりと目を開ける。眠りについてからどれだけの時間が経ったのか分からなかったが、小窓から赤い夕焼け空が覗き込みんでいるのを見る辺り、かなりの時間が経過していると推測できる。


「いって……」


 そして、飛鳥の目覚めの原因となった痛みが再び飛鳥の腕を襲い、飛鳥はゆっくりと自分の首を傾ける。


 飛鳥はそこで自分の目に映ったものに、ついほっと息を吐いた。


 目に映ったのは絹のように滑らかで輝く金色の髪。そう、シェリアが飛鳥の腕を枕にして眠っていたのだ。


 腕の上腕に頭を乗せ飛鳥の肘から先に自分の腕を絡ませて静かな呼吸を立てていた。


 馬車の運転をしていた時には飛鳥がプレゼントしたシュシュで髪を纏めていたが寝る時に外したのだろうか、今は左手の手首に付けられていた。


「いたた……」


 そして、ついに腕の痛みと痺れが限界にきてしまった。だが、気持ち良さそうに眠るシェリアを起こす気にもなれず、飛鳥は枕に使われている腕と反対の手で上腕に乗る頭を肩にゆっくりとシェリアを起こさぬように移動させる。


 それと同時に頭を移動させるだけでは首の角度が上を向き、寝にくいと思った飛鳥はシェリアの腰に手を回すと自分の方へぐいっと引き寄せる。


 そうすることで首と身体がまっすぐとなり不自由なく眠ることができるだろう。


 シェリアの体制を整えた飛鳥は荷台の中を見渡し、そこに飛鳥たちの他に誰もいないことに気づいた。


 どこに行ったのか、と考えていたその時……、


「あ、起きましたか?」


 ヘレナが馬車の前方から顔を覗かせた。


「はい。でも、まだシェリアが寝ています。起こしましょうか?」

「そうですね。そろそろ野営ポイントに到着しますのでお願いします。すぐに夕食の支度も致しますので……」


 ヘレナはそう言うとまた荷台の外へと戻って行った。


「おい、シェリア。そろそろ起きろ」

「…………んぁ、う〜ん」

「ったく……。ふんっ!」


 飛鳥が声をかけることにより、より強く腕にしがみついたシェリアが可愛くて仕方がない。もっと寝かしてあげたいが、心を鬼にして飛鳥は自分の腕をシェリアの拘束から引っこ抜いた。


 ゴンッ!


 飛鳥は勢い余って肩ごと腕を引き抜いたことにより、シェリアの頭が自由落下をし床に落ちる。


「……痛い」


 シェリアはそう言いながら身体を起こし腕を上げ胸を反らし凝り固まった身体をほぐした。


 それにより突き出されたシェリアの胸部が飛鳥の目に飛び込む。


(何ともけしからん……)


 シェリアの胸はDカップあり、それが反らされるとより際立つ。


 飛鳥は顎に手を当てながらそんなことを思っていると、その視線に気づきシェリアが首を傾げる。


 飛鳥は右手を頭の後ろへ回し、アハハと乾いた笑いをあげる。


「そういや、シェリアはどれぐらい寝てたんだ?」

「……たぶん、アスカよりは短い」

「そりゃそーだろ……」


 分かりきったことを平然と言うシェリアについツッコミを入れた飛鳥はため息をつく。


「まぁ、一時間ぐらい、かな?」


 一時間。昼寝をするには丁度いいな、と思いながら飛鳥も身体を伸ばし、シェリアがずっと乗せていた腕をぐるぐると回す。


「そうだ。そろそろ野営地に着くってさ」

「ん」


 飛鳥がそう言ったと同時に馬の鳴き声が聞こえ馬車が止まった。


 それが野営地に着いたことを意味していたことを二人は瞬時に理解した。


 飛鳥とシェリアは荷台の後ろから降り、目に飛び込んできた風景に目を見開いた。


 目に映ったのは湖。だが、ただの湖ではなかった。水が、水そのものが光り輝いていたのだ。


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