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猫、チョコを食う

 ディノランテは五年前、父であり王であるピヨンド・シリュカールが情報屋であるキセレを呼び寄せた時のことを思い出していた。ディノランテは生涯、あのキセレという人物のことを忘れないだろう。


 一国王に呼ばれたにも関わらず現れた男の身なりは、ひどくお粗末なものだった。どこにでも売っていそうなよれよれのシャツとズボンを身に纏い、寝起きかと思われるほどの撫肩によりシャツが肌蹴て、おっさんの肩が露わになっていた。やる気のない顔には無精髭、ぼさぼさになった頭、一本筋の入っていない背中。キセレのすべてがディノランテには初めての光景だったのだ。


「なんて言うか、あいつって昔からあぁなんですね」

「お恥ずかしい限りです」


 キセレのだらしなさが最近のものではないと飛鳥も重々承知だったのだが、まさか国王の謁見ですらその態度を改めない姿勢に逆に感心してしまう。


「あの日からだ、父王が変わられたのは……。ずっと、ガルマインに遜ることなく戦い続けた父王が、いきなり同盟と言う名の支配を受け入れた……」


 ディノランテはヘレナにキセレが五年前、父に何を言ったのか聞くがヘレナは静かに首を横に振る。


 ヘレナの沈黙が依頼主であるシリュカール王との守秘義務によるものなのか、それとも、そもそもキセレが話した内容を知らないのかはディノランテは判別することが出来なかった。だが、ヘレナに返答を拒否されたのならば、それ以上、追及することはできなかった。


 シリュカール王は変わってしまった。それは王をよく知っている者なら誰もが思ったことだ。以前のような威厳は消え去り、ガルマインを恨む……とまでは言わずと屈辱さ、悔しさという感情すらも見せぬ父にディノランテが落胆したことは言うまでもない。


 そして、今回のディノランテをエスティノラと置き換え、ガルマインの第二王子へ嫁がせるっという奇行。


 もし、ガルマインにディノランテを王子として嫁がせたのなら、国民はガルマインの言いなりになる王に不信感を抱くだろう。


 だから、()()()()()()()にしたのだ。他国の王子に王子を、ではなく王子に王女を。


「父王は民に私は元々女で、兄上の身に何かあった時の保険として私を男として育ててきたのだと……」


 普通なら、そんな話を信じることはないだろう。だが、シリュカールの国民はそれに納得した。何故なら、第二王子ディノランテはあまりにも……、あまりにも美しかったから。二人の王女よりも、時には世界で五本の指に入るとも噂されることもあった。


 国民に己の非力さを見せたくないという小さなプライドを持つ父に、そして王の馬鹿な発言を真に受ける国民に嫌気がさしたディノランテは、ミーシャを連れ生まれ育った故郷から逃げ出すことを決めた。


 そして、表向きはガルマイン王国へ向かう途中、ディノランテとミーシャは飛鳥たちと出会ったのだった。




 ―――――




「これが私たちが、今ここにいる理由だ。他に何か聞きたいことあるか?」


 ディノランテの周りで巻き起こる騒動の規模に飛鳥はポカンと口を軽く開いた。最初は特に何も考えずどこか別の街へ送り届ければいいと考えていた。


 だが、国から逃げるということはディノランテは、その正体を誰にも知られてはならないということだ。


 そして最悪の場合、ガルマインに向かう途中だったディノランテが姿を消したという事実が両国にばれたら、共に行動する飛鳥たちが誘拐の疑いをかけられてしまう可能性も出てくる。


 だが、シリュカール内部の情勢やディノランテの秘密を知ってしまった以上、


「やっぱり依頼は受けられなーい、ごめーん」


 と、断る雰囲気ではない。


 そんな軽く積んだ状況に追い込まれた飛鳥は唐突にあることを思い出した。


 それは、ディノランテの乗る馬車を襲う盗賊たちだ。飛鳥は今までの話を繋ぎ合わせ冷や汗が垂れる。


「あの、一つ聞いていいですか?」

「ああ、構わんぞ」


 ディノランテは胡坐に肩肘を突き答える。


「殿下たちを襲っていた盗賊って……」

「……そういえば、その話をしていなかったな。想像通り、あの盗賊は私が雇った盗賊共だ」


 やっぱりそうか、と飛鳥は項垂れる。


「私たちは国を出るつもりだが、音沙汰もなく消えるわけにはいかない。父王の独断ではあるが一度は婚約を決めた以上、それを放棄したら外交問題に問われる可能性があったんだ。ガルマインのクソ野郎どもにも外聞があるからな」


 シリュカールはガルマインに逆らうことは出来ないが、表では同盟国となっている。それをシリュカールが一方的に破棄することは何も知らない国民に不信感を抱かせるため得策ではない。


 だから、ディノランテは自分の意思で逃げたのではなく盗賊に攫われた状況を作り上げようとしたのだ。しかも、ガルマインに拠点を置く盗賊団を利用して。


 飛鳥は片腕で襲い掛かってきた盗賊の言葉の意味をようやく理解した。きっと盗賊たちは体よく誘き出されたと思ったのだろう。そう考えると、あの怒りに納得もいく。


(でも、グルだったなら、殺す必要なんて……)


 無用な殺しだった。飛鳥の頭にあの時の盗賊の断末魔が鳴り響く。肢体のあちこちを貫かれ肉を焼かれ息絶える光景が脳裏に流れる。


 飛鳥は思わず目を強く瞑り眉間に手を当てた。


「まぁ気にすることはない。どうせ、後で片付けるつもりだったからな」


 ディノランテは飛鳥の様子の変化に気付きフォローを入れるが、飛鳥はそういう問題じゃないんだけど、と呆れてしまう。


 だが、今はその的外れなフォローでさえ有難く感じる。もうやってしまったものは仕方がない。


 飛鳥は両頬を力強く叩いた。


 出来れば関わりたくはなかったが、ここまで状況が進めば腹をくくるしかない。シリュカールやガルマインに気付かれることなく移動し賢者の神杖のあるニヴィーリアにも向かわなければならない。


「……無理じゃね?」


 飛鳥は自身に置かれた状況を冷静に分析し、そして気付くと無意識にそう言っていた。


 その時、今まで黙って話を聞いていたヘレナが口を開く。


「そうとは言い切れませんよ。ニヴィーリアは独立国家ですから」

「なんだ。お前たちニヴィーリアに行くのか?」


 ニヴィーリアは独立国家だ。しかも、元々は難民が集まってできた国であるため、亡命者などにも寛容だ。ディノランテとミーシャを逃がすのならニヴィーリア以上、適した場所はないだろう。


「この時期にということはレ・ファルマに出場するのですか?」


 ずっと荷台の隅で手の甲を猫のように舐めていたミーシャが声をかける。高身長で可愛いというよりも美しいという言葉が似合うミーシャが、愛らしい猫のような仕草をした際の破壊力は凄まじい。


 飛鳥は奈良にある実家の日本家屋の庭によく入り込んでいた野良猫と被り、つい鼻血が出そうになる。


「はい、五年に一度の祭典ですからね」


 ヘレナはそう言いながら菓子を空間箱(エスプ)から取り出した。お茶を組み直しシェリアにも菓子を渡す。


 馬車の操縦だけで退屈だったのか菓子を受け取るとすぐさま平らげてしまう。ヘレナに会話には入らなくとも話の内容ぐらいは聞いておけ、と言われていたはずなのだが、


(あの様子だと全く聞いてなかったな……)


 と、飛鳥は呆れてしまう。まぁ、ディノランテが実は男だったと分かった時は反応を見せていたので、本当に自分の興味があること以外は右から左へ受け流していたのだろう。


 ディノランテは目の前に置かれた菓子に手を伸ばした。今回、ヘレナが用意したのは日本で購入した普通のアーモンドチョコ。


 だが、ディノランテにはチョコレートが珍しいのか恐る恐る封を開ける。ミーシャが臭いを確かめるが、ただ首を傾げるだけだ。


 ミーシャが毒見の意味を込めてチョコを舐めたその時、


「あ……!」


 猫がチョコを絶対に食べてはいけないことを思い出し声を上げた。


 ミーシャは一舐めした後、目を見開くと一気にチョコを口に入れる。


「……あぁぁぁ」


 ミーシャがチョコを口にし、本来彼女が出さないような声が発せられる。流石のディノランテもミーシャの様子に疑問を抱く。


 しかし、


「……おいしいですぅ」


 当のミーシャは両頬を抑え満点の笑みを浮かべていた。


 その笑顔にどこか見覚えがあった飛鳥は首を捻った。そして、横にいるヘレナに目を向けるとすべてに納得した。


 先日、シェリアとヘレナを連れ日本に戻った際、何かを食べるたびに見せていたヘレナの表情にそっくりだったのだ。


 飛鳥の視線に気付いたヘレナは、それと同時に飛鳥の視線の意味に気付き恥ずかしさのあまり一人、頬を染めていたのであった。

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