男の求婚、男の涙
「笑ってくれるなよ」
ディノランテはそう言っていた。
だが、飛鳥は「笑えるわけねーだろ!」と言葉には出さないが心の中でそう叫んでいた。それもそのはずだ。飛鳥は誰もが羨む美貌を持つこの男にときめいてしまっていたからだ。口にすることは絶対に出来ないがシェリアよりも美人だと本気で思ってしまっていた。
また同時にディノランテ本人にも深く同情した。今まで王子として扱ったきた人物を王家が正式に王女として扱うことを決め、それを国全土に伝えたということは彼はもはや王子として、ディノランテとして生きていくことができないということになる。
男を捨て女になる。日本にもそういう人がいると聞いたことはあるが、それは誰もが自分の意志によるものだ。ディノランテがエスティノラと名乗った時の苦虫を噛みつぶしたような表情から決して自分の意志ではないことは明らかだった。
同じ男として飛鳥はディノランテを同情せずにはいられなかったのだ。
そして、「笑ってくれるな」と言った当の本人はというと、身体の力が抜けたのかだらんと肩を下げ遠い目をしながら薄ら笑いを浮かべていた。
「あははははははっ!!」
そんな魂の抜けたようなディノランテを前に有ろう事か従者であるはずのミーシャが腹を抱え膝を叩きながら大笑いする。
「王女! はははっ、ディノがっ! あっはははは!」
「ミーシャ、貴様……」
「だって……普段から女扱いされたくないって言ってるのに、王女とか……。笑うしかないでしょ!」
ミーシャが言うにはディノランテは姉のセレノア、妹のピューレが認めるほどの美人だそうだ。王城では今までは当然、男だと認知されていたのだが、兵士と会話をするたびに頬を赤らめられることがよくあり陰で複雑な思いをしていたらしい。
それにしても、いささか笑い過ぎな気もするが、そのおかげで白目を浮かべていたディノランテの瞳が再び蘇ったところを見ると、これで良かったのかと飛鳥は無理やり納得した。
だが、第二王女エスティノラが実は第二王子ディノランテと分かった今、もう一つ疑問が浮かぶ。それは、何故わざわざ本人の意思を無視し王子を王女として仕立て上げたのかと、いうことだ。
ヘレナも同じことを思ったのかディノランテに問うた。
すると、ミーシャが顔を下げプルプルと小刻みに震えだす。普通なら言葉を絞り出すディノランテと共に悔しさを押し殺しているのだと思うかもしれないが、先ほどの大爆笑を見た後では、それが笑いをこらえているようにしか見えない。
「それは……、それは……私が、やつに……け、けけけ結婚を……申し込まれたから……」
「え、結婚? それが何で王女に、ってまさか……」
飛鳥はディノランテの言葉に反射的にそう発したが言葉の途中で気づいてしまった。理解してしまった。察してしまったのだ。
「結婚を申し込んだ相手って……男、何ですか?」
「うっ……あ、あぁ……」
シリュカール王国の対応、ディノランテの様子、言葉により飛鳥が推測したそれは、
「うあああああああ、な、ななな何でわ、私が! 男であるはずの私が、男に嫁がねばならんのだぁぁぁぁぁ!!」
目の前で荷台の床を両拳で叩きながら、みっともなく泣き叫ぶ男を見る限り間違いではないことを意味していた。その美しい容姿から流れる涙は一つの芸術であり、飛鳥はディノランテには申し訳ないが男に惚れられても仕方がないとつい思ってしまう。
ディノランテに結婚を申し込んだのはシリュカール王国の隣国であるガルマイン王国の第二王子ビストラ・ガルマイン。ヘレナが言うにはビストラはとてもイケメンだが重度の男色家だそうだ。
「あーっははっはははっはっ!」
そして、ずっと我慢していたであろうミーシャはディノランテの号泣に合わせ、ディノランテにもたれかかりながら再び笑い出した。
そんなカオスな様子を飛鳥とヘレナ、そして馬を操るシェリアの三人は冷ややかな目で眺めていた。
―――――
ようやく泣き止んだディノランテの、そして笑い泣きをしたミーシャの目は共に赤く腫れあがっていた。
「落ち着きましたか?」
ヘレナがコップに水を注ぎ二人に手渡した。
「すまない。つい、感情が高ぶってしまった……」
「ありがとうございます」
水を一気に飲み干したディノランテは口元に零れた水滴を手で拭う。ミーシャもコップを受け取ると一口だけ口に含んだ。
ディノランテと飛鳥たちとで態度が急変するミーシャはある意味新鮮だ。ディノランテには友人のように接し、その他にはディノランテを立てる従者としての立場を忘れない。猫耳を携えた彼女は文字通り、猫かぶりな性格と言うわけだ。まぁ、隠していないので猫かぶりとは少し違うかもしれないが……。
「さて、どこまで話したかな……」
ディノランテがふう、と一呼吸置きそう言った。
飛鳥はあんたが号泣したせいだろ、とツッコミを入れそうになるがぐっと堪えた。
「あぁそうだ。私の求婚の辺りだな」
先ほどは一言を発するだけでも辛そうな表情を見せていたが、今はうってかわって冷静さを保っている。一度大泣きして吹っ切れたのだろうか。
コップを片すヘレナに変わり飛鳥がディノランテに問うた。
「その求婚、断ることは出来なかったのですか?」
「それは厳しいと思いますよ」
飛鳥の疑問に答えたのはディノランテではなくヘレナだった。ヘレナは足に持つ聖気玉で『空間箱』を発動しコップを片した。
「シリュカールとガルマインは五年前までは犬猿の仲で、国境では頻繁に戦闘が行われ、のちに停戦し同盟国となります。互いが手を取り自国の足りない所を補い合う。確かに失ったものも大きかったでしょうが両国民はもう戦わなくてすむ。きっと、そう思っているでしょう」
ヘレナの目線はディノランテに移る。
「ですがそれは表の姿。実際は同盟などは結ばれておらず、シリュカールはガルマインの従属国となったのです。従属国であるシリュカールがガルマインの中で最近、発言力を強めている第二王子の要求を断ることができなかったのでしょう」
「……よく知っているな」
ディノランテはヘレナに睨み返した。その目は先ほどまでの優しく美しい瞳ではなく、敵を睨みつける戦士のような目をしていた。
「それは国家機密だ。それを知るのはトップである現王、時期に王位を受け継ぐ兄上。そして、一部の上層部の人間のみ。私でさえ、たまたま馬鹿な上層部の会話を盗み聞きしただけで本来なら知ることはなかった情報だ」
知らぬ間にとんでもない情報を耳にしてしまった飛鳥は少し顔には出さないが少しパニックになっていた。
明らかにさっきまで号泣していた女々しい様子ではなく、その姿はまさしく一国の王子の名に恥じぬ雰囲気を纏っていた。すでに王子ではないが……。
「私は、情報屋『キセレ』の下で働いております」
情報屋キセレ。依頼されればどんな情報でも調べ上げ依頼主に、それと釣り合う情報、またはそれに似合う莫大な金銭でそれを提供する。世界を転々とするキセレの名を知らない人の方が少ないだろう。
そして、キセレの名前を聞いたディノランテは目を見開いた。その名前を聞き何かを思い出したのか、点と点がつながったような、そんな表情をしていた。
ディノランテは顎に手を当てた。
「一度だけ、そのキセレという人物が王の下に現れたことがある。遠目で直接話したわけではないが……。あのおっさんがそうなのか?」
「はい、あのクソジジイがそうです」
何のためらいもなく答えるヘレナに思わず「躊躇ねーな!」と突っ込みそうになるがぐっと堪える飛鳥だった。




