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異世界テンプレとは

評価、ブクマ、感想お待ちしております!

「今日の予定は?」


 朝食を食べながらシェリアが問う。


「今日はギルドに行こう。ジザルさんに定期報告も兼ねて金も稼がないと。これ以上キセレに恩を作ったら次は何を要求されるか分かったもんじゃない」


 ヘレナやギルド内にいた者たちの反応を見るにキセレは金に対して貪欲である。今のところ飛鳥に見せた表情は知識に対する狂人化のみだが、金に対しても迫られるのはできれば避けたい。


「せっかく異世界で冒険者になったんだ。一応、薬物調査の依頼は受けてるけど、どうせなら冒険者らしい依頼うやってみたいしな」

「ん。それじゃあ食べて早く行こ」


 すでに食べ終わったシェリアはまだ食べている最中の飛鳥を急かす。


「まぁ待て、朝からいきなり早食いなんてできねーよ。てか、お前はよく食べたな」

「森だと一瞬が命取り。食べれる時に、食べておかないと」

「なるほどね」


 いつでも、どんな時でも早食いなシェリアに今まで疑問を抱くことはなかったが言われてみればその通りだ。ここは異世界。人が日常的に死ぬ可能性だってある。食事一つ油断できはしないのだ。


 だが、宿屋ぐらいはゆっくりさせて、お願いだから。




 —————




「……うぷっ、腹がおかしい。食べ過ぎた」


 無事、とは言い難いが朝食を終え飛鳥とシェリアは冒険者ギルドに向かっている。


「そんなにキツかったなら、私が手伝ったのに」

「……俺も今思ったよ。てかシェリアって結構食ってるよな。太ったりしないのか?」


 思い返せばシェリアはすきあらば何か食べようとしている。暴飲暴食、とまでは言わないがそれなりに食べているように思う。


「さぁ、何年か前から胸はおっきくなったけど……」


 そう言いながらシェリアが自分の胸を下から持ち上げる。異世界に来る前、ブラの洗濯をした時「D」、そして数字が評価されていたが、あれはやはりカップ数ということでいいのだろうか。


 それなりに大きな胸をしているシェリアは今なおプルプルと自分の胸を揺らす。


「やめろ。外で……、朝からそんなことすんな。男性諸君が仕事にならん」


 シェリアはいつも通り「ん」と答えるとすぐに手を離す。昨日の沐浴もそうだがシェリアは羞恥心が完全に破壊されている。いや、破壊も何も幼い頃から森で一人で暮らしていたのならそもそも性に対する知識そのものがないのかもしれない。


(性教育、俺がすんのか。……まじか)


 そんなことで朝から悩む飛鳥だが、


「アスカ、見えてきた」


 シェリアが指差すその先に本日の目的地であるギルドが見えてくる。


 日本時間で例えると午前八時頃だろうか、通勤ラッシュのピークを過ぎるがそれでもまだ人が多くみられる時間。


 ギルド前でも同じような状況で、今到着した者なのか、それともこれから依頼に向かう者なのか、人がごった返しになっている。


「今からこれに突っ込むのか」


 ギルド前でさえこの有様だ。きっと中に入ればさらに賑わっているのが容易に想像でき飛鳥の足を止まらせるには十分だ。


 飛鳥からほとんど自立したシェリアもこれにはさすがに躊躇しているか飛鳥の袖を掴む。


 二人は意を決しギルド内に入る。しかし二人の目に入ったのは予想外の光景。人があまりにも少ない。いや、昼間と比べたら決して少ないことはないのだが、外の賑わいと比べるとあまりに人が少ない。


「兄貴来ましたぜ! 例の新米が!」


 その時、飛鳥の耳に甲高い声が入る。


 飛鳥の正面に駆け寄り顔を覗き込まれる。

 その男の体は細く、蹴るとすぐ折れてしまいそうな脆さが垣間見え、いかにも「ザ・モブ!」といった風貌である。


 そして、その後ろからのそのそと覚束ない足取りで身長二メートルはありそうな大男がやってきた。


「うぃっく。あー、こいつ、がぁ……言ってた、うぃっく……新米かぁよぉ」

「へい、そうです! 金髪の女、蔓延らせて悦に浸ってる奴です!」

「そいつぁぁ、見過ごせ、ねぇぁぁあ?」


 ギルドには酒場が併設されており、二十四時間営業でいつでも酒や食事を楽しむことができる。だからといって朝から酒を飲むものはほとんどいない。


 この男は昨夜からずっとこの酒場を利用し、あたりはアルコールの匂いが漂い、鼻の奥を刺激する。飛鳥より嗅覚の鋭いシェリアは完全に鼻をつまみ匂いを遮断している。


「おめぇ、なぁ? 新米の、うぃっく、癖になぁあ? 俺様に挨拶なし、たぁどーゆー了見だぁ、ぁぁ?」

「すみません、知らなかったもので」


 飛鳥は冷静に対処しようとするが最早、話が通じるとは思えない。


「そんなこたぁ、な? どうでもいいんだーよなぁ? ナウラ一の剣士である、うぃっく、俺様に挨拶するのは、当然なんだぁなぁ!」

「昨日この街に初めてきたもので」

「んなこたぁ聞いちゃいね、えぇんだぁ!」


 理不尽極まりない。この街にそんな冒険者がいることすら知らないし、そもそもこの自称ナウラ一の剣士がこの時間にいるなんて予想だにしない。


 新米冒険者に絡むチンピラ。そして、実は実力を隠していた主人公にボコされ逆恨みされる。


 よく見るテンプレ中のテンプレだが、それとは明らかに違う点が一つある。それは喧嘩などの腕っぷしを必要とした場合、それが全く役に立たないことだ。簡単に言えば、飛鳥はクソザコです。


 大男は飛鳥の胸ぐらを掴み引き寄せる。口から酒の臭いが漂い思わず顔を背け。


「くっさ!」


 そう反射的に言ってしまった。


「なんだとぉ!」


 大男のただでさえ赤い顔に血が上り、さらに赤くなるのが見て取れた。そして飛鳥を掴んだ反対側の手が振り上げられる。


(これは、オワタ……)


 掴まれた手を振り外そうにも、その太い腕は飛鳥の筋力ではビクともしない。飛鳥は目を瞑り歯をくいしばる。


 しかし、待てど待てども痛みが起こらない。ゆっくりと片目ずつ開けるとそこには、


「なっ!? 兄貴の……パンチが、あんな小娘に!?」


 シェリアがその細い腕一本で大男の太い腕を食い止めていた。


「離して。アスカが困ってる」

「なんだぁ? てぇめぇぇはぁよぉ!」


 大男は完全に標的を変え飛鳥から手を放すと、その拳をシェリアに向かって繰り出してくる。


 素面の実力は分からないが今の千鳥足で立っていることすらやっとな大男のパンチがシェリアに当たるはずもなく、大男はその無駄な大振りに体力を奪われすぐに息切れしてしまった。


 飛鳥はシェリアが攻撃に移ろうとした瞬間思い出した。ナウデラード大樹林でシェリアがクマを斬殺するところを、


「し、シェリア! 殺したらダメだぞ!」

「えぇっ⁉︎」

「何驚いてんだ! もっとややこしくなるわ!」


剣気(シュヴァリア)』、一度見覚えのあるクマ両断した支援法術。シェリアは口にこそ出さないがそれを使おうとしていた。

 もし使っていたら確実にこの大男は死んでいただろう。もちろん、シェリアは人殺しの経験などあるわけもなく、進んでそれをしようとは思っていない。

 だが、相棒である飛鳥に手を出そうとする、この会話の通じない生物はシェリアにとってただの獣にしか見えなかったのだ。体も濃いめの体毛に覆われていたし。


 シェリアは飛鳥の言葉を忠実に守るためにどうすればいいかを考えた。


 そして出した結果が、


「ふっ!」


 吐き出される息と同時に繰り出される肘。ナウデラード大樹林でクマ相手にも見せた振りかぶりながら鳩尾を捉えるシェリアの常套手段。森の中で何十、何百では足りぬほど繰り返した動きはスムーズに大男に直撃する。


「おっっごぉ、お、おぉ……」


 その痛みに思わず鳩尾を抑える大男。そして、胃に入れたものが戻ってきたのかすぐに口にも手を当てる。


硬化(ディール)!」


 シェリアは間髪入れず後ろに回り込みながら相手の頭、そして両肩に防御法術の一つである『硬化(ディール)』をかける。


 その後すぐに相手の後ろから腰を掴むと、男は謎の浮遊感に身を包まれることになる。


 シェリアは体を反らし後ろ向きに相手を地面に叩きつける。見事なバックドロップだ。だが、『叩きつける』は少し語弊があった。今、男に起こっている状況を正しく言葉にするのであれば、


「突き刺さってる」


 ギルド内にいた誰かがそう言った。男の頭部はギルドの木で出来た床を突き破りその下の地面に上半身がすっぽり埋まってしまい、宙に浮く下半身はだらしなくM字……、いや、逆さになっているのでWを形作る。


 流れるように洗練されたシェリアの動きの中で見た『硬化』。飛鳥はシェリアがわざわざ相手に防御をかけたのかここでようやく理解した。


 そして、飛鳥はこの大男の取り巻きであろう痩せ細った腰巾着に言う。


「シェリアが法術かけてくれたから怪我はないだろうけど、このままだと窒息死するかもしれないから早く出してあげな」


 そう、シェリアは飛鳥の「殺すな」を守ったのである。


 殺さないために手を抜くのではなく、いちいち相手に防御法術をかけるとはシェリアの戦いにおける選択肢が少ないことに飛鳥は呆れてしまう。しかし、飛鳥もまた大火力の魔術を放つしかないある意味脳筋と一緒なので、そのことを口に出すようなことはしなかった。


 受付の向こうであわあわとその光景を見ていたネイラがここでようやくモーションを起こす。


「ギルドマスターを呼んできます!」


 そう言い奥へ消えて行った。


 変なことに巻き込まれてしまった飛鳥とシェリアだが、一日はまだ始まったばかり。幸先の悪いスタートに飛鳥は少し憂鬱になるのであった。

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