第12話 3ヶ月の成果
地獄の基礎体力訓練が始まってから、三か月。
朝六時。
訓練場へ集合。
腕立て伏せ。
懸垂。
ディップス。
バーピー。
レッグレイズ。
二十キロを超える背嚢を背負っての山岳行軍。
奥多摩の山道を何度も走り、障害物走を繰り返す。
そして毎日の生肉を中心とした高タンパクな食事。
その生活が、三か月続いた。
最初は腕立て伏せ五十回で倒れていた二郎も、今では汗を流しながら最後までこなせるようになっていた。
山道を走れば息は切れる。
それでも途中で立ち止まることはなくなった。
『ほれ。』
『最初は百メートルで死にそうな顔をしておったのにのう。』
ダニッジが愉快そうに笑う。
「誰のせいだと思ってるんだよ……。」
『わしは応援していただけじゃ。』
「応援というより鬼教官だったけどな。」
『がっはっはっ!』
訓練が終わると、二郎は汗を拭きながら訓練場の鏡の前へ立つ。
「おっ。」
思わず声が漏れた。
「大きくなったな。」
身長は百二十センチから百三十センチへ。
三か月で十センチも伸びていた。
以前は幼児のような体格だった身体も、今では肩幅が広がり、腕や脚にはしっかりと筋肉が付いている。
腹筋もうっすらと割れ始め、少年兵のような引き締まった体つきへ変わっていた。
『ようやく身体ができ始めたな。』
ダニッジが満足そうに頷く。
「生肉のおかげかな。」
『それもある。』
『だが一番は毎日の鍛錬じゃ。』
『お前は三か月、一日も逃げなかった。』
二郎は苦笑した。
「逃げる余裕なんてなかっただけだよ。」
その時。
林が静かに歩いてきた。
「二郎様。」
二郎は姿勢を正す。
「はい。」
「本日をもって、基礎体力訓練は終了です。」
「えっ!」
思わず声が大きくなる。
「本当に終わりですか!」
林は静かに頷く。
「はい。」
二郎は拳を握り、小さくガッツポーズをした。
「やった!」
しかし、その喜びは一瞬だった。
「ただし。」
林が付け加える。
「最低限の筋力トレーニングと山岳訓練は継続します。」
「毎朝行います。」
「……。」
二郎は固まった。
「山、まだ走るんですか……。」
思わず小さく呟く。
『当然じゃ。』
ダニッジが肩を震わせて笑う。
『体力は一日休めば鈍る。』
『積み重ねが大事なんじゃ。』
「聞かなきゃよかった……。」
林は机の上へ訓練道具を並べ始める。
木刀。
訓練用ゴムナイフ。
木製の訓練銃。
一本一本を丁寧に置いていく。
「明日から次の段階へ移ります。」
「これより三か月。」
「近接戦闘訓練を開始します。」
「軍隊格闘術です。」
二郎は首を傾げる。
「空手とか柔道ですか?」
林は静かに首を横へ振った。
「違います。」
「軍隊格闘は試合に勝つための技術ではありません。」
「生き残るための技術です。」
その一言だけで、訓練場の空気が張り詰めた。
林の眼差しが鋭くなる。
「武器を失った時。」
「銃を奪われそうになった時。」
「複数の敵に囲まれた時。」
「味方を逃がす時間を稼ぐ時。」
「その状況で敵を無力化し、自分が生きて帰る。」
「それだけを目的とします。」
二郎も自然と真剣な表情になった。
林は木製の訓練銃を手に取る。
「銃は撃つためだけの武器ではありません。」
次の瞬間。
ガッ!
銃床が木人の顔面へ叩き込まれる。
続いて腹部。
膝裏。
最後に首元へ銃身を押し付け、そのまま地面へ倒した。
「近距離では、こう使います。」
二郎は目を丸くする。
「銃って殴るんですね……。」
「実戦では当たり前です。」
林は今度は訓練用ナイフを抜く。
「ナイフも切るだけではありません。」
「刺す。」
「引く。」
「押さえ込む。」
「関節を極める。」
「状況に応じて使い分けます。」
「映画みたいだ……。」
思わず漏れた二郎の言葉に、林は静かに答える。
「映画ではありません。」
「現実です。」
「スポーツ格闘技には反則があります。」
「しかし軍隊格闘にはありません。」
「目。」
「喉。」
「金的。」
「関節。」
「急所を狙い、一瞬で戦闘を終わらせます。」
「勝つことではありません。」
「生き残ることです。」
ダニッジも静かに頷いた。
『その通りじゃ。』
『死ねば終わり。』
『勝っても死ねば意味はない。』
林は続ける。
「もちろん空手や柔道などの基礎も学びます。」
「ですが、本当に身につけていただくのは近接戦闘術です。」
「敵との距離が数メートル以内になった時。」
「武器。」
「徒手。」
「ナイフ。」
「銃。」
「周囲にある物。」
「すべてを武器として使います。」
二郎はごくりと唾を飲み込んだ。
「厳しそうですね……。」
「当然です。」
「実戦では、一度の判断ミスが命取りになります。」
林は一本の木刀を二郎へ差し出した。
「では始めましょう。」
「まずは構えからです。」
二郎は木刀を両手で受け取り、大きく息を吸う。
「お願いします!」
林は静かに頷いた。
「これから教えるのは武道ではありません。」
「生き残るための技術です。」
「一つひとつ、確実に身につけていきましょう。」
こうして八木二郎は、新たな三か月――
実戦を生き抜くための近接戦闘訓練へと足を踏み入れた。




