番外編
午後の柔らかな日差しが、窓から差し込んでいる。
私とオズが暮らす家の食卓には、シャルネが持ってきてくれた焼き菓子と、湯気の立つ紅茶が並んでいた。
オズは朝から大聖堂へ出掛けている。
国の立て直しには関わらないと言い切ったが、大聖堂が保有していた古代魔法に関する資料について意見を求められたらしい。
珍しく、渋る素振りもないまま出掛けていった。
「興味があるわけではない。間違った解釈を広められると迷惑なだけだ」
出掛ける前には、そう言っていた。
私には違いがよく分からない。
「それで?」
向かいに座るジルが、焼き菓子を片手に身を乗り出した。
「何が?」
「大賢者様との進展だよ」
紅茶を飲もうとしていた手が止まる。カップが小さな音を立てた。
「な、何で急にそんな話になるの?」
「男と女が一つ屋根の下で暮らしてるんだ。気になるのが普通だろ」
「ジル様。もう少し控えめにお尋ねした方が……」
そう言いながらも、シャルネの瞳は期待に輝いていた。
助けてくれる気はないらしい。
「進展って言われても……」
カップを置き、視線を泳がせる。
オズとの関係は、旅をしていた頃とは少し変わった。
けれど、何がどう変わったのかと聞かれると、説明が難しい。
頬が熱を持つ。
「た、たまに、手は繋ぐよ?」
「…………」
「…………」
二人が同時に黙った。
「何、その顔」
「いや」
ジルがシャルネを見る。
シャルネも困ったようにジルを見返した。
「ダメ?」
「ダメじゃないけどさ。あんた達、もう一緒に暮らしてどれくらいになる?」
「えっと、もうすぐ一年かな」
「手を繋ぐ以外には?」
「ないよ?」
「抱き締めたりとか」
「なっ……!」
「口付けは?」
「ジル!」
顔へ一気に熱が集まる。
ジルは面白そうに笑い、シャルネは頬へ両手を添えていた。
「では、お互いにお気持ちを伝えたりは?」
「気持ち?」
「好きだとか、一緒にいたいとか」
今度こそ何も言えなくなった。
そんなことオズに言えるはずがない。
もちろん、オズからも言われたことはなかった。
「言わないよ!」
「何で?」
「は、恥ずかしいから」
「手は繋ぐのに?」
「手を繋ぐのと、好きって言うのは全然違うでしょう!」
「そうか?」
「違うよ!」
ジルが納得していない顔で首を傾げる。
シャルネは少し考え込んだ後、遠慮がちに尋ねた。
「オズ様からも、そのような言葉は一度もないのですか?」
「好きとは言われてないよ」
「では、他には何か?」
「他……?」
記憶を辿る。
オズは言葉が少ない。
必要なことしか話さないし、私が期待するような甘い言葉など絶対に口にしない。
けれど、以前、研究資料を片付けていた時のことを思い出した。
「あっ。そういえば、一度だけ……」
「何て?」
ジルが目を輝かせながら、再び身を乗り出す。
「僕はもう、お前と同じ時を生きていける、って」
「…………」
また沈黙が落ちた。
先程よりも長い。
「それで?」
「それだけだよ」
「どういう状況で言われたんだ?」
「オズは不老の魔法が切れたから、これからは私と同じように年を取るんだねって話をしてた時」
「他には?」
「お前が老いるなら、今度は僕も同じだけ老いる、って」
ジルが持っていた焼き菓子を、ゆっくりと皿へ戻した。
「重……胃もたれするわ」
「何で引くの!」
「いや、それはもう『好き』とかいう段階じゃないだろ」
「どういうこと?」
「人生、全部一緒にいる前提じゃねえか」
言われてから、オズの言葉の意味を改めて考える。
顔が更に熱くなった。
「そ、そんな意味で言ったわけじゃないかもしれないでしょう!」
「いや、他にどういう意味があるんだよ」
「オズ様らしい、とても素敵な御言葉です」
シャルネはうっとりと微笑んでいる。
「でも、本人はきっと深く考えてないよ」
「あの大賢者様が考えずにそんなこと言う方が怖いって」
「ジルはオズのことをどんな人だと思ってるの?」
「表現不足で面倒で重い男」
「酷い!」
「褒めてるんだよ」
「どこが?」
その時、玄関の扉が開いた。
三人揃ってそちらを見る。
帰ってきたオズが食卓を囲む私達を見渡し、そして眉根を寄せた。
「何故いる」
「随分な挨拶だな。遊びに来たんだよ」
「招いた覚えはない」
「でも、人数分の椅子はあるぜ」
「捨てるぞ」
オズはジルを無視し、身に着けていたローブを椅子の背へ掛ける。
私は先程までの話を思い出し、まともに顔を見られなかった。
「何を話していた」
「何でもないよ!」
即座に答える。
オズの銀色の瞳が、私へ向けられた。
「お前の反応で何かあったことは分かった」
「本当に何でもないから」
「大賢者様の愛情表現についてだよ」
「ジル!」
「愛情表現?」
珍しい言葉を聞いたかのように、オズはそのまま復唱する。
ジルは止める間もなく続けた。
「同じ時を生きていけるとか、一緒に老いるとか言ったんだって?」
「ああ」
あっさり肯定された。
「事実を言っただけだ」
「ほら! ほらね!」
何故か安心して声を上げる。
深い意味はなかったのだ。
「指を差すな」
オズは私に向かって顔を顰め、ジルはますます引いたような顔をしていた。
「事実として、レイアと一生一緒にいるつもりなのか?」
「僕は、その質問に答える必要があるのか?」
「ある。俺の好奇心のために」
「必要ないな」
オズはそれだけ答えると、私の隣の椅子へ腰を下ろした。
テーブルの下で、指先へ何かが触れる。
見ると、オズの手だった。
偶然触れただけかもしれない。
それでも、そっと指を絡めてみる。
オズは手を引かなかった。
「……レイアさん?」
向かいに座るシャルネが、私達を見ている。
慌てて手を引こうとしたけれど、オズが手を離さないので動かせなかった。
「何でもないよ」
「またそれか」
ジルが呆れたように笑う。
「お前ら、老後の話をする前に言うことあるだろ。好きだとか、愛してるとかさ」
「ジル!」
「順番が滅茶苦茶だ」
「余計なお世話!」
シャルネは口元へ手を当て、嬉しそうに微笑んでいた。
「とてもお似合いだと思います」
「シャルネまで……」
「帰れ」
オズが淡々と告げる。
テーブルの下でオズはジルの足を小突き、ジルはそれを避けていた。
「はいはい。邪魔者は帰りますよ」
そう言いながらも、ジルは新しい焼き菓子へ手を伸ばした。
「帰る奴が何故食べる」
「これはシャルネが持ってきたものだ。俺には食う権利がある」
いつもの騒がしいやり取りが始まった。
私は繋がった手へ、もう一度少しだけ力を込める。
オズは何も言わなかった。
ただ、私の手を握る力も、ほんの少しだけ強くなった。
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