プロローグ
一体、もう何度目になるだろう。
周辺地域の治安を維持するための役割を持った、高い塔の最上階に近い部屋のバルコニーから顔を覗かせる。
行き場を無くした私達が、最後に転がり込んだ場所だ。
塔の下には松明を持った兵士達が、今にも閉ざされた扉を破って中に押し入らんとしていた。
時間は、もう無い。
未練がましく背後を振り返った。閉ざされた扉の先。そこには大切な仲間が、倒れているはずだ。
一人は毒に倒れ。一人は連戦の果てに力尽き朦朧としてしまっている。一人は腕や足に負った傷からの出血が酷く、もう立てない。
自分で止血をすると言っていたが、その手は酷く震えてしまっていて、包帯を握れてもいなかった。もしかすると、もう手元が見えてさえいないかもしれない。
(ここまで来たのに。もう戦えない)
私も同様だ。魔力は疾うに底を尽き、立っているだけで精一杯の有様だった。
それでも仲間の内で一番余裕があるのは、皆が私を庇いながら戦ってくれていたからに過ぎない。
『貴女は、最後の希望だから』
こんな状況でなおも微笑んで見せた仲間の声が、残響のように耳元で響く。
縋るようにバルコニーからの落下を防ぐための石造りの柵を登る。普段はその程度難なくこなせる高さだが、もう腕も足も疲弊しきっていて、上手く動かない。
震える足で、靴一つ分の幅のあるその場所に立つ。
この震えが疲労からなのか、恐怖から来るものなのか、もう判別が付かない。付ける必要もない。
やるしか、ないのだから。
「ごめんね、みんな」
また、失敗してしまった。
一人呟く。
心を決めたはずなのに、まだ未練があるとでも言いたげに、一筋の涙が冷たく頬を伝う。
声は仲間たちには届かない。けれど、それで良い。
残った力を振り絞り、聖女だけが扱える光の魔法を放つ。それは海を照らす灯台の光のように。あるいは月の輝きを背負ったように。私を中心に辺り一面を白く照らす。
聖女だ――と、遥か下から叫ぶ声が聞こえる。
扉を破ろうとしていた兵士すら手を止めて、全員が私を見上げる。それでいい。
私は。聖女はここにいる。
その扉が開かれ、流れ込んだ兵士達が私の愛しい仲間を見付ける、それまでの時間が一秒でも稼げるのなら本望だ。
神聖な輝きに一人たりとも目を逸らせない。その瞬間を見計らって私は地面を蹴る。
体は宙に浮くことなく、下へ下へと落ちていく。頬を打つような風圧に体が揺らぎ、暗い地面を見据えていたはずが気が付けば視界は反転し、孤独に浮かぶ月を正面に捉えていた。
(また、やり直す。今度は一体どこからになるだろう)
回を経るごとに、記憶は段々と霞んでいた。今回の旅は仲間たちの顔すら思い出せない始まりだった。
次はもう、愛しい彼らの存在すら、いや――自分の使命すらも忘れて、目を覚ますかもしれない。
(それでもいい。今度こそ、貴方たちを救えるなら)
静かに、濡れる瞼を伏せた。
何度だって私はこうしてやり直す。
冷たい死を経て、また、始まりの場所へ。
何度だって、一人で死に戻る。
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