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三月羅針譚~盾持ちと吸血鬼~  作者: FOXtale
四章 ■■の王
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今宵、あなたの夢が響く

どうも、作者です。百九十七話です。

――少女の夢を見る。それはなんて事のない日常。彼女と旅を始めて、一年が経とうとしたときのこと。


私も彼女も、随分と成長していた。たくさんの冒険者と関わり、たくさんの魔獣を討伐し、食材といえるか分からないものを手に入れては実際に調理して試す、なんてことをやっていくうちに、彼女とはずいぶんと打ち解けていた。


「うーん、この虫は焼くより炒めた方が良さそうかな……」


「虫も食べるんですね。人間の方々は好んで食べる印象はありませんが」


昆虫食というと、どちらかというとハーピィの皆さんを思い出す。天空峠にて生きる彼女たちは基本虫を食べている。とはいえ、ツクリのように焼いて食べるようなことはしませんが。


あと、冒険者の方々は普通に食べますね。そういう意味でも、ツクリさんの行動は普通かもしれないですね。


「へ~、ハーピィさんたちが食べる虫も気になるけど……そうだね。私の世界でも食べる地域は少なかったよ。日本だと、タガメとか、はちのことか……あ、イナゴの佃煮とか美味しいよ。こっちの世界にイナゴいるかな?」


どうやら彼女は、あちらの世界でも虫を食べていたらしい。その上で、やはり昆虫食というのはあまり好んで食べられているわけではないのだとか。


この情報は私の知的好奇心を満たすには十分だった。今まで、異世界人の存在は知っていましたが、実際にこうして一緒に行動して、あちらの世界の話を聞く機会はありませんでしたから、すごく貴重ですね。


「ツクリさんは、どうしてそこまで食に執着を?」


「ん? 家はね、結構な大家族で、ついでに親が二人そろって料理人でね。そんなんだから、私食べるのも作るのも好きになっちゃって……あ、でもこうして料理を研究するようになったのは、自由研究ってやつがきっかけでね。あ、自由研究っていうのはね」


彼女の行動一つ一つを聞いていると、何か特別な理由や、きっかけがあるわけではなかった。ただ生きているうちに自然と、そういう生き方になったのだと。


しかし、彼女の生き方を肯定した周りの人々の影響があったのは違いない。彼女は、家族や友達の話をするとき、とても楽しそうなのだから。


人々の歴史を記録していく中で、人に影響を与えるような人は大抵、周りの人間に恵まれているのだと気づいた。たまに、生まれつきのカリスマを持っているようなものもいるが、大抵は、自分の生き方を肯定してくれた誰かがいたおかげなのだと、経験則で分かる。


彼女も、そんな一人だった。当たり前に自分の生き方を貫き通す彼女は、どこまでもまっすぐで、輝いている。でも、だからこそ


「貴方は、あっちの世界に帰りたいとは思わないんですか?」


きっとたくさんの友人がいたのだろう。家族にも愛されていたのだろう。だとしたら、彼女は理不尽にこの世界に呼ばれたのではないかと、そう思う。


私の言葉を聞いて、彼女は少し手を止めて真剣に悩み始める。手で顎を触ったり、空を眺めたり、少し伸びをしてみたり、随分と悩んでいた。


「そうだな~、うん。家族や友達には、会いたいとは思うよ。でもね、こっちの世界に来たこと自体は、悪いとは思ってないよ! だってこんなにも調べられることがあるもん! それに、もう友達もできちゃったから」


……それが誰のことか、彼女に出会ったときの私だったら察することもできなかった。でも、今ならわかる。それはきっと私のことで、未だに名のない私のこと。


「それにね。おかーさんにも言われたことがあるの。私、結構自由というか、好き勝手動くタイプだったからだと思うけどね。”どこに行っても、自分の生き方をしなさい”って。だから、私は私。異世界に来たって、生きてるのは変わりないの。だったら、私らしく歩くだけなの……だからさ……何でもない」


最後、彼女は少しだけ悲しそうな顔をする。それを見て私は、彼女が何かを訴えようとして、それを言ったら、私を否定するのだと気づいたから、言わなかったのだと、何となく気づいた。


しかし、その先に続く言葉までは私にはわからなかった。私の何を否定しようとしたのか、私の何が彼女に引っかかるのか、分からなかったから。


でも、不思議と怒りや苦しみは感じなかった。でも、それを察せない自分自身に少し、悲しさだけを覚えて。


彼女は、頬を叩いて、少し気合を入れる。私も、それに倣ってみる。時々、彼女の真似をするのが癖になってしまった。


「うん! 次は、こっちの昆虫を試します! これ毒あるかな!」


「……その虫は確か、過去にこの地域にいた集落の人たちが食べていたはずです。調理法は確か……」


どこか悲しげな雰囲気は、頬の痛みとなって消えていく。私たちはいつもの調子になって、料理を再開する。そうして、またおいしいとか、まずいとか、いろいろ言いあう時間が続いていった。


「虫って、なんで蒸すとか煮るって作業に抵抗感が出るんだろう……あれかな、水に浮かんでる死体に抵抗感があるからかな……」


「そういうものなんですか。佃煮というのは、煮物なのでは?」


「あれも炒り煮なんだよね……」


なんてことを言いながら、次々と色々な食べ方を試す。ものによっては、私たち以外も巻き込むが、今日は二人きりだった。


そして、お腹がそろそろ限界だというところで、最後の料理を食べていた。


「でもこれ、煮るとおいしいじゃん……」


何とも不服そうな顔をしながら彼女はそれをパクパクと口に含んでいく。彼女の見た目からは想像できないほどの健啖家だ。


「あ、そうだ。私もさ、過去のことを話したんだから、貴方も過去のことを話しなよ! うーん、そうだ! 竜だった時のこととかさ」


彼女に質問した後は、大抵こんな風に私のことも話すように求めてくる。でも、私は一種機械的に生きていたものだから、こうして話せることは少なかった。ですが、竜の時代ですか


「そうですね……私たち、竜は元々、この世界である役割を担っていました」


「役割?」


「”試練を与えるもの”という役割です。多くの神がこの星にいた時代、人々に脅威を伝えることこそ、私たちの役割でした。一言でいえば、”災害”です」


「災害……」


それが我々の竜の役割だった。知能を持つ者以上に、多くの神がいた時、この世界には脅威というものがなかった。だからこそ、脅威を知らせるものが必要であり、その役割を担ったのが、我らが祖、龍神であった。


「祖より生み出された我々は、”理不尽の象徴(さいがい)”として、多くの人々の命を奪いました。それ自体、特段後悔はしていません。それが私の役割でしたし、我々自体、自然の要素を抽出して生まれましたから」


「貴方は……」


彼女は口をつぐむ。私が一体何の竜であったか、と聞こうとしたのだろう。さっきも言った通り、私は自然そのものが具現化した以上、それが起こることに、何も思わなかった。


「”振動、あるいは波”。それが私の権能です。大地を揺らし、水をもって呑み込む者。それが私の存在定義でした。ですが、それと同時、”知識”の竜でもありました」


だからこそ、ただ簡単に崩壊していく文明の在り方だけは許せなかった。彼らは、強く生き、多くを築き上げ、そして協力する。そこに生み出される文明そのものを美しいと思う。


だからこそ、私は人が好きだった。知識を編み上げる彼らが、それをもって理不尽に抗う彼らを、ただ壊すだけの私ではありたくないと思ってしまっていた。


「知識とは伝播するもの。しかし、伝播するにはやはり大地は不可欠です。だからせめて、私は、繋がっていない大地をつなげる、架け橋でありたいと、せめて壊れた文明の痕跡を、文化の足跡を届ける者でありたいと、こうして”記録者”になりました」


原書の役割から解放された我々の一部は、こうして人の営みに混ざった。それぞれが、人の何かを好んで、人のようにありたいと願って。


とはいえ、私以外の彼らが、何を願って”竜人”となったかは、私も知りませんが。


「それが、貴方なんだね」


「ええ、そうして今は、とても充実していますよ。多くの文明、文化を壊すのではなく寄り添ってみていくのは、とてもいいものです」


それでも、私以外の理不尽が機能し、亡くなっていく文明を、文化をやはり私は、見ることしかしないのだけれど。


「……決めた。うん、ねぇ、あの日の約束を覚えてる?」


あの日、それはきっと、彼女と出会った日のこと。とあることで困った彼女が、私に宣言し、約束したこと。


「名前、ですね」


「うん。貴方にあげる。ううん、もらってほしい……ふぅ、けっこう緊張するな、お母さんもこんな風につけてくれたのかな」


思い出を遡るように、勇気を振り絞るように、少女はゆっくりと深呼吸をして、少し不安そうに眉を曲げながら、微笑んで。


「”ヒビキ”……それが、私があげられる名前。竜であった貴方も、竜人である貴方も、未来の貴方も、全部肯定できるように……きっと貴方は響かせる人だから」


その名前がいいものであったと、私は言うことはできない。それを評価する軸が、私自身には無かったから。でも、確信だけはあった。私はきっと、この名前を使い続けるのだと。


「ツクリさん。ありがとうございます。すごく、しっくりきます」


「うん……だったらよかった! ねぇ、”ヒビキ”! 私のことも、ツクリって呼び捨てにしてよ! もう、親友でしょ!」



――私はあの時、素直に言えたのでしょうか。覚えているのに、夢はそこで途切れてしまって、実感がなかった。何より、彼女がずっと、その名前を呼んできて、私の声なんて、薄れてしまった。

読んでいただき、ありがとうございます。誤字脱字報告・コメントお気軽にどうぞ。

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