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【全24話・毎日18時投稿】異世界よりもヤバいとこ〜バグってはいけない警察学校〜  作者: いふや坂えみし
第一章 平成三十二年十月一日

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第五話 もうあんたが指示してくれ

 平沢たちが食堂へ着くと、すでに二十名ほどの学生が集まっていた。白いライン入りの黒ジャージ姿から、ひと目で同期の学生だとわかる。


 食堂内には横長のテーブルがずらりと並び、それぞれのテーブルには八脚ずつ椅子が裏返されて重ねられていた。数が多すぎてわからないが、ざっと見て三百名ほどは収容できそうだ。


 カウンターの奥では調理師たちが食事を用意しており、肉じゃがに似た食欲をそそる香りが立ちこめている。物珍しげに食堂内を見渡していると、黒ジャージ姿の学生たちが次々とと集まってきた。


 チャイムが鳴る。警察学校でも普通の学校と同じ音だった。奥の柱に据え付けられた大きな壁時計を見ると、時刻は十一時三十五分を指している。


 やがて階段を登って、教官が一人食堂へ入ってきた。朝、竹刀を手にして凄んでいた教官である。その教官は学生たちを見回すと、まっすぐ平沢に近づいてきた。


「お前」


 声をかけ、平沢の左腕に目線を移す。ジャージの左腕には、名前が刺繍(ししゅう)されている。


「平沢、全員に指示を出して食事の準備しろ。お前ら、この平沢の指示に従って動け」


 頭の中が真っ白になった。混乱したまま「はい」と返事をする。何から手をつければいいのか、まるでわからない。それでも、まず椅子は降ろすべきだと判断する。


「ぜ、全員、自分の座る席に集まってください」


 学生たちは顔を見合わせながら、ゆるゆると動き始めた。全員がテーブルについたのを見て、


「全員、テーブルの上の椅子を降ろしてください」


 不安を押し隠しながら出された指示を受け、学生たちはガタガタと音を立てて椅子を降ろし始めた。


 次は何だ。何をすればいい。食堂の中を見回す。カウンター近くの柱の脇に、身の丈ほどある大きな金属製のキッチンワゴンを見つけた。近づいて確認すると、皿やボウルなどが入っているようだ。


 なんだか地面の感覚が乏しい。硬いフローリングの上を歩いているはずなのに、柔らかい地面を踏んでいるような錯覚にとらわれる。


「全員、一枚ずつ皿を取って、カウンターから食事を受け取ってください」


 平沢がそう指示を出すと、


「先に手ぇ洗え!食中毒起きるぞ!考えて指示出せ!」


 容赦なく怒号が飛ぶ。他人から怒鳴られる、という経験は少ない。心にズシンと響いて、精神が削られていく。


「あ、はい。全員、……手洗い場どこだ。あれ?」


 平沢は混乱し、言葉が詰まる。すると、戸嶋が助け舟を出す。


「平沢さん、奥に手洗い場ある」


 指さされた先には、トイレが見える。その隣にある手洗い場の存在にも、遅れてようやく気づいた。


「あ!ありがとう。全員、奥の手洗い場で手を洗ってから戻ってきてください」


 学生たちが一斉に手洗い場へ急ぐ。


「食堂で走るんじゃねぇ!怪我するぞ!」


 教官が間髪を容れず叱責する。ほんの少しだけ時間ができた。手洗いは最後にしよう。平沢はキッチンワゴンを再び覗く。(はし)、スプーン。これはすぐに配れる。湯呑み。お茶が用意されているのだろうか。カウンターに目を移すとポットが置かれている。あれかもしれない。


 最初に手洗いを終えた学生たちが戻り始める。


「それでは、戻ってきた人から、箸入れを持ってテーブルに箸を配ってください!」


 再び教官が口を出す。


「テーブル拭く前に箸を置くんじゃねぇ!食中毒を起こすなってさっき言ったぞ平沢ァ!」


〈くそ。正解はなんだ。もうあんたが指示してくれ……〉

 内心で毒づきつつも、平沢はテーブルクロスを見つけた。


「はい!テーブルクロス⋯⋯乾いてる。ので、えーと、手洗い場で絞ってから水拭きをお願いします!」


 声に力が入らない。だが腹の底力を振り絞り、勢いでごまかすしかない。罵声を浴びれば浴びるほど、気力が萎えていく。集中しないと。

最後まで読んでくださってありがとうございます!

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