第三話 まずは入学おめでとう
講堂には四席の椅子と長い机が一セットになった卓が、二十列ほど並べられていた。各列は中央、左、右に分かれており、収容人数はおよそ二百四十名になる。左には青森県と岩手県、中央には宮城県と秋田県、右には山形県と福島県の立て札が立てられていた。すでに多数の学生が席についている。平沢も、宮城県の立て札へ向かい、名前が貼られた席に座った。座席正面の壇上中央には、マイクが設置された演台が据えられていた。
まもなく、一人の男性が演台に進み出ると、講堂周辺を取り囲んでいる大人たちのうち一人が叫ぶ。
「起立!」
弾かれたように、学生たちは素早く立ち上がった。
「礼!」
張り詰めた静けさの中、衣擦れの音がかすかに響く。演台に立つ男性は、マイクを軽く二度小突いた。
「まずは入学おめでとう——と言いたいところですが、あなたたちが本当に入学するに値する人物かどうか、それを入校式までの九日間で見極めます。辞めるなら今のうちに辞めていただいて構いません。あなたたちの代わりは毎年入ってきます。仮にここにいる全員が辞めたとしても、我々としては何も困りません。あなたたちより適正の高い者を採用するだけです。どうぞ。出ていきたい者は今、出ていってください」
男性は講堂をゆっくりと見渡す。静まり返った空間に、緊張が満ちる。
「そうですか。では、まずスマホを回収します。二台以上持っている学生は全て提出してください。土日のみ返却します。平日に緊急の用事がある場合は申し出てください。日常的な連絡が必要なときは、施設内の公衆電話を利用してください。これから荷札を配りますので、自分の名前を書き、スマホに取り付けて回収箱に入れてください。⋯⋯その前に、五分間だけ電話番号をメモする時間を設けます。どうぞ」
男の言葉が終わるやいなや、学生たちは一斉にスマホを取り出し、指先を動かし始めた。連絡先を必死に書き留める者、確認する者、やや呆然と画面を見つめる者——動きには戸惑いとあきらめが入り混じっている。
同時に、講堂の周囲にいた職員たちが無言で荷札を配り始める。
五分後、男が短く告げた。
「時間です。回収を始めてください」
学生たちは名札を結びつけたスマホを次々に提出していく。心細そうな表情を浮かべる者もいたが、それでも全員が無言で従った。
「それでは、これより入校式の練習を始めます。私が『学生』と言ったら、全員両足のかかとをぶつけ合わせてください。続いて、『起立』の号令で、全員立ち上がること。全員の動きが揃うまで繰り返します。⋯⋯『学生』」
講堂内に、かかとを合わせる音が響く。しかし、足並みは揃わない。
講堂には五十名以上の学生が集まっており、動作を一斉に揃えるのは容易ではなかった。何度も繰り返すうちに、徐々に揃ってくる。
だが、完全に合うことはない。
「お前だけズレてるぞ!ちゃんと周りの音聞いとけ!」
ズレが目立ち始めると、容赦のない罵声が飛んだ。
やがて音が揃うようになり、「起立」の号令まで続くようになってきたが、今度は起立の動作がバラつく。
基本的に講堂の椅子は座面が縦になっており、座ると荷重で水平になり、立つと自動的に縦に戻って背もたれに並ぶ構造になっている。
そのため勢いよく立ち上がると座面が戻る速度に間に合わず、膝の裏にぶつかる。しかも、この場で「ゆっくり立ち上がる」という選択肢は存在しなかった。
起立動作を繰り返すうちに、学生たちの膝裏には鈍い痛みが蓄積していく。
そんな訓練が一時間以上続いたところで、壇上の男が言った。
「本日の練習はここまでです。では、今後の予定を説明します。全員、メモ帳と筆記用具を出してください」
学生たちが素早くメモ帳と筆記用具を出す音に講堂が満たされる。
「本日はこのあと十時十五分から、制服などの支給品を配布します。十一時三十五分から昼食、十二時四十分から警察手帳の配布と拳銃の貸与。十四時十分から環境整理。そして、十五時四十分から教場担当によるホームルームです」
彼らは今日、警察官としての生活を歩み始めた。
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