第二話 やべぇやべぇやべぇやべぇやべぇやべぇやべぇやべぇやべぇ
平沢は二回の指摘を受け、三回目で服装チェックを突破することができた。一度ですべての不備を指摘してくれればいいのにと不満を感じたが、もちろんそれを口にすることはない。笑顔を浮かべて話をする機会はすでに失われていたし、遅れを取ればどんな仕打ちが待っているのかわからない。急がなければまずい、という焦燥感に追い立てられていた。
校門を抜けると、先を走る同級生たちの姿が見えた。
「おら急げぇ!時間ねぇぞ!」
校門の中にも学生を罵倒する男たちがいた。顔つきこそヤクザ風ではなかったが、振る舞いはまさにそれだった。平沢は同級生を追って、息が切れないように走る。しかし、たすき掛けにしたスポーツバッグが太ももに擦れ、思うように速度が出ない。背負い直しつつ体育館のような建物の脇を駆け抜けると、正面玄関が見えた。先に行った学生たちはそこに吸い込まれていく。
玄関に入ると、ロビーにはブルーシートが敷かれ、その上にプラスチック製の衣装ケースが整然と並んでいた。先に到着した学生たちがそれぞれ持っていったのだろう。部分的に空いたスペースが残っている。
平沢は見覚えのある衣装ケースを見つけた。名前の書かれた紙が貼られている。実家から郵送する際に、貼るよう指示されていたものだ。衣装ケースを抱え、再び走り出す。引越し業者じゃねぇぞ——平沢は無意識に毒づいていた。
入校前に走り込みをしておいたのが今になって役立っている。学校生活がまだ始まったばかりとはいえ、体力には余裕があった。気がかりなのは、今のところ罵倒されるばかりで、まともな指示を一度も受けていないことだ。ただなんとなく、先を行く学生について行っているだけ。見失ったらアウトだ。どうやら時間制限もあるらしい。この場所では、自分で判断し、素早く動く力が求められているようだった。
そんなことを考えながら渡り廊下を抜けると、入口の壁に「誠心寮」と書かれた四階建ての建物が見えた。走っていく男子学生に続いて中へ入ると、学生たちがホワイトボードの前に集まっていた。そこには名前と部屋番号が記されている。平沢の名前の横には「一〇一号室」とあった。おそらく一階だろう。
部屋の配置を示す案内板がないかと辺りを見回す。ホワイトボードのそば、管理人室と思しき部屋の壁に案内板を見つけた。学生たちもそこに集まっている。案内板を見ると、一階には一〇一号室から一二〇号室までが、数字順に並んでいる。これならすぐに見つけられる。時間がない。すぐに動かなければ。
「やべぇやべぇやべぇやべぇやべぇやべぇやべぇやべぇやべぇ〜!」
一〇一号室に入るなり、そんな声が聞こえてきて、平沢は思わず破顔した。同じ感性を持っているようで安心する。一〇一号室には左右にドアが四枚ずつ並んでおり、そのうち四つが開いていた。閉まっているドアのドアノブには鍵が差し込まれている。
「平沢です、よろしく。時間無いみたいだから、後でちゃんと挨拶します」
そう告げて、自分の名前が書かれたネームプレート付きのドアを開け、衣装ケースとスポーツバッグを床に下ろす。開いているドアからは「う〜っす」とか「よろしく」といった声が聞こえてきた。
部屋の中には机と収納棚、その反対側に二段ベッドほどのスペースがある。そのスペースは畳敷きで掛け布団と敷布団、毛布が畳まれており、一番上に枕が乗っていた。その整えられ方は、受験のときに宿泊したビジネスホテルの整然さを平沢の脳裏に思い起こさせた。
実家から送った衣装ケースはあと一箱あるので、もう一往復しなければならない。平沢が残りの衣装ケースを持ち帰ると、さらに二枚のドアが開いていた。衣装ケースから下着を取り出して収納棚に整理していると、ブツッ、という音に続いて、ピンポンパンポ〜ンというお知らせの効果音が流れた。すでに嫌な予感がしていた平沢は、静かに放送に耳を傾ける。
「新入学生、今から五分以内に講堂へ集合。メモ帳と筆記用具を持参すること。繰り返す。今から五分以内に講堂へ集合。メモ帳と筆記用具を持参すること。なお、講堂には正面玄関の来客受付向かいにある扉から入ること。以上」
ブツッという音が鳴る。放送は始まりと同じく唐突に終了した。
「やっべぇとこ来たな、ほんと」
「予想はしてたけど、それより厳しいな」
「来客受付って、衣装ケース置いてたところだよね?」
「情報が足りなすぎんだよ。でもたぶんそうだよ」
「五分しかねぇし、もう行くべ」
「待って待って、メモ帳どこ行ったんだよぉ!」
「予備貸してやるよ。早く行くぞ」
「ありがとう、あ、あった!」
「じゃあ、行くか」
自己紹介する暇もないので、誰が誰だかよくわからない。だが、とにかくこれから同じ部屋で過ごす仲間たちには違いない。七人で連れ立って講堂へ向かう。
寮室を出ると隣の部屋の学生たちと合流し、さらに誠心寮を出ると、女子学生たちとも合流し、渡り廊下を走る。
「もう帰りたいんだけど!」
「早い早い、でもわかる」
「超絶ブラックだな」
「ほんとそれ」
不安なのだろう、学生たちはガヤガヤと話しながら走っているが、渡り廊下からロビーへ入るドアの手前で、一人の学生が声を低くして注意を促す。
「ここ入ったら、もう喋らないほうがいい。腕立てとかさせられるかもしれない」
その通りだろう。平沢もそう感じていたので、渡り廊下でも静かにしていた。そうして、全員で無言のままロビーを抜け、講堂へと入っていった。
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