最終話 宣誓
平沢と綿貫はそれぞれ家族を講堂の来客席まで案内し、自分たちも所定の席に着く。講堂内にはざわめきや赤子の泣き声がゆらめくように響いていた。後方には音楽隊のスペースが設けられ、二十名ほどの隊員が整列して座っている。指揮者が指揮棒を振り、生演奏で入場曲が流れている。地方の報道各局も、講堂内で撮影準備に余念がない。
「それでは、第二十二回東北方面警察学校入校式を始めます。はじめに、学校長からご挨拶を申し上げます」
司会は、階段脇に設置されたスタンドマイクを通して、中鉢教官が務める。学校長が階段を上り、壇上に向かう。国旗に一礼し、演台へ進む。
「学生」
講堂内に靴の踵を打ち合わせる音が揃って響く。
「起立——礼!」
一糸乱れず、学生たちが立ち、一礼する。
「座ってください」
「着席」
号令に合わせて、学生たちは揃って座る。この動作も、何度も反復練習して揃えてきたものだった。
学校長の挨拶に続き、来賓からの挨拶が続く。各県の知事や県警本部長といった、高位の公職者による挨拶の場は、やはり学生に緊張を強いる。挨拶ごとに、起立・着席を繰り返した。
「続いて、辞令交付」
再び学校長が演台に立つ。
「青森県巡査、安倍晴臣!」
「はい!」
学生が順番に呼ばれ、演台上の学校長を向いて起立し、正面に向き直っていく。
「以上八名、青森県巡査を命じる」
『はい!』
このように、各県ごとに辞令が交付された。
「警察宣誓。——学生、起立!」
学生たちは一斉に起立する。
「新入生代表。宮城県巡査、戸嶋航大!」
『はい!』
戸嶋は新入生代表に選ばれていた。式の練習では一人だけ厳しく指導され、大きな負担を背負っていたように見えた。壇上へと上がる戸嶋は、さらに背筋を伸ばす。その姿勢が、全体への合図となる。
「宣誓!」
戸嶋の発声とともに、学生たちは息を吸う。
『私は、日本国憲法及び法律を忠実に擁護し、命令を遵守し、警察職務に優先してその規律に従うべきことを要求する団体又は組織に加入せず、何ものにもとらわれず、何ものをも恐れず、何ものをも憎まず、良心のみに従い、不偏不党且つ公平中正に警察職務の遂行に当ることを固く誓います!』
一文ずつ区切りながら、全員の声が揃う。宣誓を終え、戸嶋は静かに壇を下りた。
「国歌斉唱。——学生、起立!」
音楽隊が演奏を開始する。国歌に続き、校歌斉唱が始まる。校歌には随分と悩まされたが、覚えることができた。 宣誓文もまた、何度も繰り返して暗記した。
これから先、警察学校では中間試験・期末試験が控えており、多くは法律の条文を覚える暗記型の試験になるらしい。一抹の不安はあったが、やるしかない。
「以上をもちまして、入校式を終了いたします。ご来賓の皆様、これよりご退場いただきます」
音楽隊の退場曲に合わせ、来賓が順に席を立つ。学生や教官の拍手に促され、来客たちも拍手を送った。
「それでは、写真撮影の時間といたします。講堂内でご自由にお撮りください」
学生と家族たちは、警察旗や壇上の前で思い思いに写真を撮り始めた。教官たちも撮影を手伝っている。戸嶋は、地元・宮城のテレビ局からインタビューを受けていた。
「ご来客の皆様、お食事の準備が整いました。食堂へお越しください」
緊張から解き放たれた学生たちとその家族は、和気藹々と談笑しながら食堂へ向かった。食堂では、調理員によって用意された食事がすでに整っている。
「ご来客の皆様はテーブル席へお座りください。学生はご家族の分の食事を配膳してください」
教官の呼びかけに応じて、それぞれが動き出す。平沢も両親をテーブルに案内し、配膳の準備に向かう。普段使っている簡素な食器ではなく、漆塗りの重箱に料理が詰められていた。お盆に重箱を三つ重ね、箸とおしぼりを載せる。おしぼりはレストランのような袋入りの使い捨てで、これも日常の食事では使われないものだった。
平沢は重箱をテーブルへ運んだあと、お盆を返却し、それから食事が始まった。重箱の蓋を開けると、普段の食事とはかけ離れた豪華な内容に目を見張った。まず目を引いたのは伊勢海老。他にも、帆立の浜焼き、ローストビーフ、アサリの炊き込みご飯などが並んでいる。
「警察の食事って、こんなに豪華なの?」
「いやー…⋯。こんなの、今まで一度も出たことないよ。普段はもっと、普通のご飯だよ」
それから、警察学校での授業や訓練について話をした。まだ入校して十日ほどしか経っていないが、日常生活ではまず経験できないようなことばかりだった。そしてきっと、これからもその“非日常”は続いていくのだろう。
誇張するまでもなく話は面白かったようで、両親は笑いながら聞いてくれた。
「なかなか厳しそうな学校だけど、大丈夫?」
「うん。同じ教場のみんなと支え合って、なんとかがんばってるよ」
今度は素直に、言葉が滑り出た。気づけば、寮の仲間たち——佐久本教場の仲間たちは、いつも平沢を支えようとしてくれていた。配膳で慌てていたときも、校歌が覚えられなかったときも。余裕がなくて気づけなかっただけだ。
教官たちにも、同じように支えられている。あの厳しさは、ただ厳しくするためではなく、自分を一人前にしようとしてくれていたからだ。いつか、戸嶋が言っていたとおりだ。教官たちは、意図的に厳しく接していたのだ。
人に恵まれた環境にいることに、やっと気づいた。自分を信じてくれる人たちがいて、共に成長しようとしてくれる仲間がいる。そして、それを後押ししてくれる教官たちもいる。一度は折れかけたが、ギリギリで立ち止まることができた。——あのとき佐久本教官に引き止められなければ、自分で自分の可能性を手放していたかもしれない。感謝してもしきれない。
食事を終えると、学生たちは正門の内側に整列し、来客たちを敬礼で見送った。大勢の警察官に敬礼されるという経験は、滅多にできるものではない。来客たちは笑顔で帰路につき、幼い子どもが敬礼を返していた。
平沢は、去っていく両親の背中を見送りながら、ほんのわずかに寂しさを感じていた。けれど、同時に大きな力をもらえた。
明日のことはまだわからない。でも、今この瞬間に集中しよう。——もう一度、自分の可能性を信じて。
了
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