表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
帰りたすぎるアラサーSEの異世界ハッキング  作者: 風丸
バディ

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

80/80

保留

 ——今日、ずっとこうだ。

 今日の依頼は、近郊の集落へ向かう荷馬車の護衛。道中に出たのも、小型の魔物が数匹だけだった。

 セリアが横を歩いている。いつもなら少し先を行くのに、今日は肩を並べたままだ。

 依頼中も、刃を振るう合間に、何度か目が合った。

 休憩に入るたび、「疲れてないか」と聞かれた。三度も。

 ……前までなら、体力を舐められてると思って終わりだった。

 あと、休憩のたびに私の水筒が無言で往復した。……もう、何も言わないことにした。

 一昨日の水筒の件からだ。「キスした仲でしょ」に、私が「そっちが勝手にした」と返してから、何か言いたげな視線だけが増えた。



 西日が長い。

 石畳の上に、影が二つ並んで伸びている。

 依頼帰りの街道には私たちしかいない。風の音だけが続いていた。



 ふいに、セリアの歩調が緩んだ。

 私もつられて速度を落とす。二人分の足音が少しずつ間延びして、やがて同時に途切れた。



「……どうしたの」



 返事はない。セリアがこちらへ向き直り、一歩だけ距離を詰めた。

 肩が触れそうで、触れない。赤い目が、まっすぐ私を見ている。

 セリアが身を屈めた。白金の髪が視界に流れ込み、唇がゆっくり近づいてくる。

 ——あ、これ、知ってる。

 森の一本道。あの時と同じだ。

 半歩下がればいい。顔を背けるだけでもいい。

 右足に力を入れた。

 動かない。

 セリアの唇が、触れる寸前で止まった。視線が、私の反応を待っている。

 ——『普通なわけがないだろう』。

 昨日の先生の声が、耳の奥で響いた。

 ——それでも、動かなかった。

 セリアが、ほんの少しだけ近づいた。吐息が頬に触れる。

 ——首元が、カッと熱くなった。石が青白く光り出す。



『——魔法協会より。認定魔導士の定期届出期限についてお知らせいたします——』


「待って。協会から連絡」



 セリアの動きが止まった。触れかけていた吐息が離れ、赤い目が私の首元の石に落ちる。

 事務連絡が、脳内に直接流れ込んでくる。抑揚のない定型文。

 ——前は、セリアの瞳を覗き込んでいた時。今度は、唇が触れる寸前。

 こいつ、セリアとの距離を検知してないか。



「……認定魔導士の、定期届出だって。セリア?」


「……」


「……怒ってる?」


「……あなたにじゃない」



 石に怒ってるのか。気持ちは分かる。

 セリアが先に歩き出した。さっきまで隣にいたのに、その背中が妙に遠い。

 私のせいじゃないと分かっていても、このまま黙って追う気にはなれなかった。



「……今のって」



 背中に、ぶつけた。



「私のことが好きってこと?」



 セリアは振り返らない。



「……あなたの寿命は短い。……伝える前に、いなくなるのは嫌」



 ——伝える前に、って。

 伝える、何を。……訊くまでもないか。

 セリアは、否定しなかった。

 ……それ、ほぼ告白では。



「……この前は、体が勝手に動いた。今日は、違う」


「……いや、あの」



 その先が、出てこなかった。喉のあたりで、全部つかえた。

 通知はまだ続いている。届出期限は今月末。届出に必要な書類は、認定証、直近三ヶ月の活動報告書、冒険者ギルドでの所属バディがいる場合はバディ登録証——

 ……バディ登録証って何だ。見たことない。そもそも、もらったっけ。



「……なんか、認定魔導士の定期届出に、バディ登録証がいるらしくて。……あれって、ギルドでもらうんだっけ?」


「……」



 返事がない。

 ——話を逸らしたのは、ばれてる。

 沈黙の中で、昨日先送りにしたことが、また浮かんだ。



 前を行くセリアの背中を追っている。薄い金の髪が、夕日に透けている。

 セリアは、伝える前にいなくなるのは嫌だと言った。

 なら、私も、伝えておかなければならないことがある。

 奥歯を、一度噛んだ。



「セリア」



 声が、自分で思っていたより低かった。



「……何」



 背中を向けたまま、セリアが応じた。



「……前に、別の世界から来たって話、したよね」


「……ええ」


「あの時、言わなかったことがある」



 返事はない。ただ、セリアの耳は、こちらへ向いたままだった。



「——元の世界に、帰る方法もあるかもしれないってソロンが」



 セリアの足取りが、一拍だけ乱れた。

 背中は、こちらに向けたままだ。



「……帰りたいの?」


「……」



 すぐには、答えられなかった。

 ソロンには、もう帰りたいと言わなくなったと指摘された。

 姉の子どもを可愛がって、ほどほどにセリアと働いて……ミルシェたちと談笑して、ソロンのもとへ行っては小言を言われる。セリアがお兄さんを見つけるまでを見届ける。

 そんな日々を、この先も続けていくことを、いつの間にか頭で思い描いていた。

 少し遅れて、声を絞り出した。



「……うん」



 一度言ってしまうと、あとは止まらなかった。



「『次元転移魔法の魔導書』が、虚ろの迷宮にあるって。解読できれば、元の世界に帰れるかもしれないって。私が冒険者をやってるのは、最初から、そのためだった。帰るため」



 街道を風が抜けた。

 ——ここから先が、本題だ。

 先生は、セリアとの同行が決まるまで推薦を書かない。

 ——『帰る』ための道に、さっき唇を寄せてきた相手を連れていく。

 ——「伝える前に、いなくなるのは嫌」。そう言われた直後に。

 ……考えるな。考えたら、言えなくなる。

 手のひらが汗ばんでいる。ポケットの中のアルミ玉が、指の間で滑った。



「……一緒に、来てほしい」



 言ってしまった。



「……あなたを、帰すために?」


「……うん」



 二人分の足音だけが、街道に続いた。

 五歩。六歩。七歩。沈黙が、歩数の分だけ重くなっていく。

 八歩目で、自分の足音だけが、大きく聞こえた。

 セリアの指が、剣の柄をゆっくりなぞった。



「……考える」



 考える、か。断られたわけじゃない。保留だ。それでも、セリアの背中が、さっきより遠い。

 もう一度頼む言葉は、出てこなかった。

 代わりに、焚き火の前で聞いた「兄を探している」という言葉が浮かんだ。

 冒険者なら各地を回れる。誰かを探すなら、これ以上の立場はない。——あの夜、そこまでは納得した。

 納得できなかったのは、その先だ。

 「少なくとも、Sランクになるまでは続ける」。なんでSランクなのかと聞いて、返ってきたのは沈黙だった。

 探すだけなら、Aで足りる。今のセリアなら、入れない場所の方が少ない。

 それでもSランクと言い切った理由を、私はまだ聞いていない。



「……セリアは」



 その背中に、声をかける。



「Sランクにこだわるのって、……お兄さんのため?」



 セリアの足が、止まった。

 振り返らない。立ち止まっただけだ。夕日が、背中の輪郭を赤く縁取っている。薄い金の髪の先が、光を含んで揺れていた。

 私も立ち止まった。



「……ええ」



 否定も、はぐらかしも、来なかった。



「……会えたら、どうするの」



 訊いてから、踏み込みすぎたと思った。

 セリアは、すぐには答えなかった。



「……止める」



 ——止める、か。

 兄に向ける言葉としては、重い気がする。何を止めるんだ。



「兄が……取り返しのつかないことを、したから」



 セリアが、また歩き出す。私もついていった。

 数歩進んだところで、その背中が、もう一度止まった。



「……あなたの、力」


「……?」


「…………いい。なんでもない」



 セリアの足が、先に動いた。私も追った。



 しばらく、二人とも黙って歩いた。

 風が吹くたび、道の片側に並ぶ木々の影が揺れた。



「……兄のこと、あなたにしか、話していない」



 セリアが、前を向いたまま呟いた。



「……私にしか、って」


「……話してもいいと思った」



 それだけでは、理由になっていない。

 それ以上は出てこないみたいだったから、黙って歩いた。

 二人分の足音が、しばらく夕暮れの街道に続いた。



「……ルミナリエルフ。赤き不変花エンシェントアマランス。名乗れば、みんな、一歩下がる」



 セリアが、前を向いたまま続けた。



「……崇めるか、怖がるか。どちらでも、離れる距離は同じ」



 血統の話はソロンから聞いていた。

 ……エルフだから偉い、純血だから偉い。その感覚が、私にはよく分からない。



「……あなたは、下がらなかった。私が、何を言っても」



 ……無能とか雑草とか言われた記憶しかないんだが。



「あれはセリアが煽ってきたからでしょ」


「……勝てるはずがないのに、決闘を挑んできた」



 ……いや、あの時は勝てると思ってたんだけど。今思えば、完全に無謀だ。



「……諦めが、悪い」



 ……褒められてるのか、これ。



「……挑んできた人間は、あなたが初めて」



 セリアの歩幅が、少しだけ狭くなった。



「……みんな、私から何かを欲しがる。血か、腕か、容姿か」



 セリアが、ほんの少しだけこちらへ顔を向けた。



「……あなたが欲しがったのは、私に勝つことだけ」



 ……ノートの見出しが『対バカエルフ戦略』だったことは、隠し通さなければならない。



「……どの魔法を使っても、蟲ばかり」



 いや、それここで並べないでよ。



「……あなただけ、隣にいた」



 ……その隣から、いなくなろうとしている。しかも、その腕を借りて。



 風が吹いた。セリアが髪を押さえ、一房だけ耳にかける。普段の仕草なのに、指の白さだけが目に残った。

 何か返したかった。でも、「帰る」と口にしたばかりの喉からは、何も出てこなかった。



 王都の門が、遠くに見えてきた。

 夕日が最後の赤を空に残している。門の向こうから、荷車の音と、犬の声と、誰かの笑い声が聞こえてくる。ありふれた夕暮れの音。



 ふと気づくと、セリアが半歩後ろを歩いていた。



 影が二つ、石畳の上を伸びている。

 私の影の方が、少しだけ前にあった。



 振り返ろうとして、やめた。



 門をくぐる時、セリアが隣に戻った。



「……バディ登録証は、ギルドでもらえる」


「今答えるんだ」


「……二人分の署名がいる。明日、一緒に」



 ……迷宮の返事より先に、そっちが決まった。

 門の中の灯りが、石畳に伸びた二人の影を呑み込んだ。

 半歩後ろの気配だけが、まだ背中に残っていた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ