番外 とある眷属の日常
「おはようございます。ミニストレヤお姉さま。」
「お姉ぇ。おはよう。」
「おはよー!今日もいい天気!どこか行こうよ!」
修道女姿に黒いベールのミニストレヤは、いつまでもその容姿が変わらない。
「おはようございます。ナーシャ、ナータ、リョーシャ。」
礼拝堂に立つ4人は、朝の礼拝の準備をしている。他の信者が忙しく用意している中
4人は今日一日の打ち合わせだ。
「ナーシャ。不心得者が寝室を覗こうとしていたので処しました。・・・まさか誘うなんて事h「してません!」」
「ナータ。信者の何人かが泣いていましたよ。もっと人の機微を学びなさい。」「何故!?」
「リョーシャ。「友達」と親しくするのは良いのですが、道を踏み外す者が出ます。もっと考えるべきです。」
3人にそれぞれ助言(?)を与え、ミニストレヤは息をつく。
「さあ。今日も一日忙しいのです。皆、お役目を果たしてください。」
3人の元気な返事が、礼拝所に響く。
◆◆◆◆◆
異形は、揺さぶられて眼を覚ました。
「お姉ちゃん。怖いお顔のお姉ちゃん。起きて。」
見えぬ眼で観てみれば、2人の兄妹が異形を見つめている。
「・・・・・・ここはあぶない。くるところちがう。あたしはねむい。」
「お姉ちゃんここのしゅどうじよさまでしょ?ぼくたちお願いにきたんだ」
「あたしはかげ。おんあるじのかげ。しゅうどうじょちがう。おねがい?」
「もうひとつきも雨がふらないんだ!みんなこまってるんだ。だから、かみさまにお願いにきたんだ。」
「あめがふらない。ひとのここまる・・・。なぜ?」
男の子は手をばたばたさせ何とか説明しようとする。
「えーと・・・雨がふらないと畑のやさいがかれちゃうんだ!たべるものがなくなっちゃう!」
「おとーさんおかーさんいつもこわいかおしてる・・・あめふったら、こわくなくなるの・・・。」
妹は兄の影からおずおずと言う。
「・・・・・・・。あたしはかげ。あめはふらない。そのけんのうはない。きおつけてかえる。まだひはたかい。あたしはねむる。」
「お姉ちゃんねないでよ!かみさまにお願いしてよ!」
「こわいおかお、見るのはいや。わらってほしいの。かみさまにおねがいしたら、わらってくれる?」
「おさなごたち。あたしはねむい。そのけんのうはない。どうしたらかえる?」
「かみさまにお願いしてよ!そうしたら帰るから!」
「いつもけんかしてるの。おかーさんかわいそう。」
「・・・・・・こまった。あたしはかげ。いのるものちがう。あきらめて。かえるべき。」
その言葉に兄は目じりに涙が浮かぶ。
妹はそれを見て、とうとう泣き出してしまった。
「おさなごないた。なみだきらい。・・・よりしろもないた・・・。なみだ。よくない。いや。なみだはいや。」
異形は思い出した。リュウヘイはケイオスを撫でていた。
「おさなご。なかない。なみだいや。よくない。」
その手で二人の髪をなでる。器用に、優しく。
途端、二人は火がついた様に大泣きし出した。
「なみだいや。おさなごいや。こまった。なみだいや。おんあるじ。こまった・・・。こまった。なくのいや。」
異形は血の涙を流しながら、呟いた。
◆◆◆◆◆
日は高く昇った。
神殿にある孤児院では、昼餉が振舞われている。
3人は支度を手伝い、皆と少し遅い昼食をとった。
皆に混じって片付ける。そのうちの幼い子がナーシャに声をかけた。
「ママ、このお皿はどこに・・・。」
途端、顔を真っ赤にする幼子。
「いいのよ。嬉しいわ、ママでいいのよ?ナーシャママと呼んで。」
彼女は幼子の頭を撫でる。
すると幼子の顔はくしゃくしゃになり、大粒の涙が溢れる。
「・・・おうちにかえりたい・・・。」
幼子は修道女を目指す為、ここに来たが、実態は口減らしのためだ。
その家族はもう、彼女すら養える状態にはなかった。
「ナーシャママじゃ、代わりにならないかしら?」
「ほんとにいいの?ナーシャママ・・・?」
「なにかしら?」
「ナーシャママ!!」「ずるい!あたしもナーシャママって言う!」「あたしも!」
その姿にナータは深い羨望を感じる。
一人の子に自分を指差す。
「あたしは?」
ふんすと鼻息あらく期待した眼を向ける。
「ナータ様は・・・頭がいいから、先生!」
「・・・・・・ナータ先生。実によい響き。ナータ先生は頑張る。」
ふんすふんすと鼻息も荒く、こぶしを握り、やる気を出す。
「でも、もうすこし優しくして欲しい。」
一人の子がおずおずと言う様に、ナータは言う。
「十分優しい。でもそう言うならもっと頑張る。」
「・・・いや、頑張って欲しいのは言葉のほうで・・・・・・。」
その子の真意は伝わらなかったらしい。
「ねぇ!ぼくもぼくも!」
リョーシャは手を挙げ、跳ねながら自己主張する。
そして・・・・・・。
皆は彼を見やると、そろって首をひねるのだった。
◆◆◆◆◆
兄妹は泣き疲れたのか、ここまでの道のりの辛さからか、座っている異形の膝を枕に眠っている。
異形も困りながらも、2人の寝顔を見つめていると自分まで眠くなったのか、うつらうつらしている。
そこに一つ、影がさす。
「なかなか見られぬ、不思議な事になっておる。」
その声に見えぬ眼で観てみれば、黒髪褐色で異形の倍はある背丈の男が立っていた。
「いつきた。こくりゅう。おさなごねむる。おこすのよくない。」
「最初からだ。二人は我が連れて来たも同じ。森で人の気配がするので何事かと思えば、この兄妹が入ってくる。あの二人を思い出してどうにもなつかしくなっての。こうして見守っているわけだ。」
「・・・さいしょからみている。しゅみがよくない。いや。それはいや。あたしはこまっている。よくない。」
くつくつと静かに笑う彼。
異形は憮然としていたが、何か思いついたのか、彼に言う。
「こくりゅう。やくさいのけんのうをもつ。あめをふらす。できるはず。どうせひま。めんどうをみる。」
「おまえほどではないが、暇といえば暇だな。しかし、報酬もなしとはいささか虫が良い。」
「こうりゅうのいう。せいろん。けんじゃのいしもっていけ。おんあるじにまかされた。おおきいかけら。もっていく。ぜんぶだめ。」
彼は腕を組み、思案顔だ。
「素敵な話だが、アレはただの黒曜石であろう?対価とはいえぬ。」
「こくりゅういじがわるい。いや。それはいや。あたしはこまっている。こくりゅうのせい。」
笑う彼は言う。
「儂のせいとは言ってくれる。しかし、御主の残り香は捨て難い。・・・乗ってやろう。」
「ついでにおさなご。つれてかえる。めんどうみる。」
「人使いが荒い。まあ、よかろう。」
「つっこまない。」「なんのことだ?」
◆◆◆◆◆
日は焼け、人はそれぞれの寝屋に戻る頃、神殿では。
「皆、よく働きました。大神も混沌もお喜びのことでしょう。」
3人を前にミニストレヤは労いの言葉をかける。
「皆善く働いております。ですが些か疲れた者達も多いような。」
「また何人か泣かせた。何故?また謝らないといけない。」
「今日の寝言は「屈伸するごはん」だったよ!思わず笑っちゃった!」
それぞれの報告を前に、ミニストレヤは頷く。
「皆、役目を果たしていますね。一人心配なものもいますが、まあ、善いでしょう。これから私は大神殿に戻ります。皆を残していくのは寂しい限りですが、信じておりますよ。」
彼女は3人の頭を優しく撫でた。
「お姉さまったら。」
「お姉の手、優しくて好き。」
「もう!おねえもぼくも、同い年なんだから子供みたいにするのは嫌だよ!」
リョーシャの猛抗議を、彼女は彼の口元を引っ張る事で封殺した。
「女性の年齢をあらかさまにするのは頂けません。リョーシャ。反省なさい。」
「ごへうなさえー!」
「あらあら、うふふ。」
「リョーシャは自由すぎる。いい薬。」
「ひんはひだひー!!」
◆◆◆◆◆
日が落ち、あたりに帳が下りる。
礼拝同然とした広場に、明かりが一つと、異形が1体。
異形はそわそわと、扉を見やる。
そこに黒髪褐色で長身の男が入ってきた。
「終わったぞ。」
「こくりゅうおそい。おさなごぶじか?。あめのやくそくは?」
くつくつと笑う男。
「あれらなら、雨の対価に喰ろうてやった。」
途端、異形の姿が激しく歪む。
「こくりゅううそつき。いや。あたしうそつき。いや。おさなごたちしんだ。それはいや。いや。いや。いや。いや。いや。いや。」
顔を覆い、慟哭が当たりに満ち、血の涙が溢れ出でる。
「嘘だ。」
男はそう言うと、異形の手を退け、顎を上げさせる。
「すまん。ちと魔がさした。そうまで気にかけているとは思わんだ。」
「・・・・・・おさなご。ぶじ?やくそく。はたした?」
異形の血の涙を拭いながら、男は言う。
「さすがに怪しまれたが、幼子達は送り届けた。今頃尻でも打たれているだろうよ。雨の心配は暫くはなかろう。村を守る約束はして居らぬのでな。そこまで面倒は見らぬよ。」
「こくりゅういじがわるい。ほんとうにいや。いじわるこくりゅう。いや。」
さすがに腹に据えかねたのか、ぽかぽかと男を叩く異形。しかして、それは男に何の痛痒も与えてはいない。
「子守の真似事をさせた仕返しのつもりであったが、すまなんだな。」
異形の髪を優しく撫でる男。
「こくりゅういじわる。でもむりいったのはわたし。おさなごたちぶじ。すき。あめのやくそく。まもるこくりゅう。すき。」
落ち着いたのか。言葉を紡ぐ異形。
「約束は果たした。報酬は持っていくぞ。」
「こくりゅう。これをやる。おんあるじののこりが。いちばんつよい。おさなごぶじ。すき。あめがふる。すき。やくそくまもる。こくりゅうすき。」
一抱えはある黒曜石を、異形は事も無く片手で差出し、男もまた、小石でも持つかのように、受け取る。
「これはいいな。よい物が手に入った。礼を言うぞ。」
「れいをいうのはこちら。わがままきいてすき。こくりゅうやさしい。すき。やさしいこくりゅうすき。」
異形はそういうと、男の頭を撫でようとする。しかし、その手はどうしようと届かない。
男は豪快に笑うと、異形の頭に手をやる。
「そう言われるのは、悪くない。いや、好い取引が出来た。礼を言うぞ。」
そういうと、異形に背を向け、立ち去る。
「こくりゅうすき。またくるといい。やさしいこくりゅう。すき。いじわるなこくりゅう。いや。」
半身だけ振り返り、手を振る男。そして辺りには異形のみが残る。
「おんあるじ。このきもちなに?すき?うれしい?おさなごぶじかえった。あめもふった。やくそくまもった。こくりゅういじわる。こくりゅうやさしい。うれしい?すき?」
異形は天に問うが、答えは無い。
「あるじまどろむ。ねむりふかい。あたしもねむる。うれしい。すき。このきもち。すき。」
そう言うと長いすに座り、腕を枕に静かな寝息を立てた。
◆◆◆◆◆
月は満ち、中天に高く上がる頃、神殿の一角。
「お姉さまはお帰りになりました。」
「これでいつもの日々。」
「お姉ぇは大好きだけど、厳しいよね。」
「私はただ、皆の疲れを癒しているだけなのですが・・・。」
「自分の至らぬところを聞いて、謝罪しているだけ。悪い事してない。」
「ぼくは皆と仲良くしてるのに怒られる。納得いかない。でも、ぼくはおにぃが欲しいなぁ。」
「兄さまは御主のもの。不貞はいけません。」
「自分でそれを言う?」
「でもまあ、ぼくは皆が望むままをするよ。」
「「「では、御主の教えのままに」」」
神殿に淫靡な夜がはじまる。




