エドガー視点
僕は今、ベアトリスの屋敷へと向かっている。
やっと、念願叶って18歳になった僕の足取りは軽やかだ。
そんな僕は、馬車の窓から外を眺めていると、花屋が目に入った。
「急で悪いけど、花屋に寄ってくれないか?」
御者は花屋から少し離れた馬車停で止まってくれた。
僕は馬車を降りて、先程の花屋へと歩く。
そして店頭に飾ってあった、一際目立つ赤い花を見つめた。
中心にある紫色が、彼女の愛情深く優しい瞳の色を思い起こさせる。
「いらっしゃいませ。
そちらをご用意致しましょうか?」
「・・・ああ、いや。
ただ、彼女の色に似ていたから見ていたんだ。
何か、お勧めのものはある?
大切な女性に渡したいんだ」
店員はその言葉に『では、今ご覧いただいているアネモネがお勧めです。赤いアネモネは、記念日や告白に適しているんですよ。花言葉は【君を愛する】です』と言い、また付け足すように『私も、好きな男性から頂けたら、とても嬉しいです』と主観込みで教えてくれた。
・・・君を愛する、か。
うん。まさに僕の事だな。
「では、こちらを頂きたい」
すると笑顔で頷き、ラッピングをしてくれたのだ。
そうして出来上がった花束を見ると、彼女の紫の瞳が、喜びに細められるのが頭に浮かぶ。
そして僕の顔が綻んだのを見た店員が一言告げた。
「お兄さん、頑張ってくださいね」
「ありがとう。彼女もきっと、この花束を喜ぶよ」
そう言い残し、馬車へと戻った僕は、彼女の屋敷を目指したのであった。
ベアトリス視点
私は、プレゼントの準備とお菓子やお茶、いつもとは違う特別な物を用意して待っていた。
エドガーの金色の髪に似合いそうな、オリーブ色のペリドットをあしらったカフスボタンを思い浮かべると、自然と顔が綻ぶ。
サプライズで渡したいと思っていた私は、カフスボタンが入った箱を机の引き出しへと、大切にしまった。
・・・その時、扉が開いた。
執事には、エドガーが来たらすぐに通すように伝えておいたのだ。
「エドガー、いらっしゃい!
18歳、おめでとう」
扉が開き切る前に言い切った私は、エドガーを抱きしめようと近寄る。
だが、入って来たのは大人の男性だったのだ。
背丈は私より遥かに高く、肩幅も広い。
そして服の上からでも分かるほど、しなやかな筋肉が付いていた。
「・・・貴方。エドガー、よね?」
そう聞く私に、嬉しそうに微笑む精悍な顔には、面影が残っていた。
「そうだよ。
ねぇ、ベアトリス?
いつもみたいに、抱きしめてはくれないの?」
その少し低くハスキーな声にドキリとする。
・・・こんな急に成長するなんて思いもしないわ。
心の準備ができていないじゃない。
そう考えながら静かに見つめていると、エドガーの眉が下がった。
「大人の僕は、ベアトリスに受け入れられないかな?」
憂うように笑うエドガーに、私の手が伸びた。
「エドガー、違うのよ。
ただ、こんなに早く大人になるなんて思わなかったの。
・・・本当に、エドガーなのね・・・」
私が伸ばした手は、いつもとは違う大きくて骨ばっている手に取られた。
そして、甲にキスを落とされたのである。
・・・な、にかしら。
胸が熱いわ。
私はもう片方の手で自分の胸を押さえた。
「ねぇ、ベアトリス?
・・・これを君に」
そう言って、後ろに隠していたのだろう花束を差し出した。
それは、赤い花弁が情熱的で、どこか可憐さのあるアネモネだった。
「・・・とても素敵ね。
エドガー、ありがとう」
すると、彼の茶色い瞳がとろけるように弧を描く。
「喜んでくれたのなら、嬉しいよ」
そして彼は、花束ごと私を抱きしめた。
いつもとは違う、男性の身体に心臓が高鳴る。
こんなふうに抱きしめられた事は、思い返す限り一度もない。
・・・これが、女としての喜びなのかしら。
しみじみと感じているとエドガーが口を開いた。
「ベアトリス、今日は僕と街へデートしに行かない?」
「・・・どうしたの?急に」
「いや、いつもお茶しかしてないからさ。
・・・どうかな?」
「ええ、良いわよ。
それでは行きましょうか」
エントランスを出て馬車に乗り込もうとするとエドガーが私の手を取った。
「馬車もいいけど、折角だし歩いて行かない?」
そう言って、私の手をしっかりと握ったのだ。
私は歩きながら、視線を落とした。
この指を絡ませる握り方は、恋人達がするものよね?
私とエドガーは恋人じゃないわ。
・・・けど、全然嫌じゃないの。
私よりも硬く大きい手で包み込んでくれる事に、恥ずかしさを覚えたが、それよりも安心する自分がいた。
「ベアトリスは、よく街に行くの?」
その言葉で、視線をエドガーへと向ける。
「今はあまり行かないわ。
・・・両親が、外に出る事を良く思っていないのよ。
・・・ふふっ。
私が何か問題を起こすとでも思っているのね」
「ベアトリスはそんな事しないよ。
君は優しくて、愛情深く聡明な女性だ。
だから君の両親には悪いが、そんな君を知らない事を気の毒に思うよ」
「エドガー。
・・・ありがとう。
私には貴方がいたから、他の誰がどう思おうと関係ないと思える様になったのよ」
すると、エドガーの握る手に力が入った。
「僕はいつだって、君の事を考えているよ。
・・・だから、ベアトリス。
君は一人じゃない」
「ふふっ。
そうね、私もいつも、エドガーの事を考えているわ」
話していると、商店が立ち並ぶエリアへと着いた。
ここは、メリンダと入れ替わっている時に、アレクシスとよく来た場所だ。
だが、本当の私として誰かと来るのは初めてである。
心なしか、見慣れた街並みがキラキラと輝いて見えた。
「ねぇ、エドガー?まずは、どこに行きましょうか?」
「もちろん、ベアトリスの行きたい所へ行こう」
そう言って、私は初めてのデートを体験したのであった。
けどこの時、気付かなかったのだ。
まさか、アレクシスに見られていたという事に。




