プロローグ
だから私は呪いをかけたの。
貴方を嫌いになれる、とっておきの呪いを・・・
愛する貴方には恋人がいたわね。
私が何度も何度も権力を使い、貴方達を引き裂こうとした事は記憶に新しいわ。
「ねぇ、どうして私ではダメなの?爵位も美貌もお金も、私の方が優っているのに!」
そう必死になって告げた私に、貴方は眉を顰めて、こう言ったわ。
「お前みたいに傲慢で下劣な女には反吐が出る。
お前の美貌や金や地位など関係ない。中身が最悪な女と、誰が結婚したいと思う?」と。
けれど私は、ここまで言われても貴方を諦めきれないのよ・・・。
自分でも、どうする事もできない気持ちが、どんなものか、貴方には分かる?
そして貴方は私に、自分の恋人の素晴らしさを語って聞かせてくれたわね。
「メリンダはとても心が清らかで、優しいんだ。
俺は、メリンダの内面を心から愛しているんだよ」と。
・・・だから、私は試したの。
貴方が本当に内面を見ているのか・・・。
私は貴方達が結婚する日に、貴方の恋人と私の中身が入れ替わる呪いをかける事にした。
貴方が気付けば私の想いは燻るわ。
けれど、貴方が気付かなかったのなら。
・・・私は、貴方への思いを消す事ができる。
期限は3ヶ月
ふふっ。
一体どうなるのか、楽しみね。
そして今日は、晴れ渡る快晴。
神も天も味方につけた、アレクシスとメリンダの結婚式が始まる。
二人は、悪女からの嫌がらせを乗り越え、真実の愛で結ばれるのだ。
皆が祝福してくれる。
希望に満ち溢れた、新しい門出の一幕だった。
幸せそうに寄り添い微笑み合う二人に、神父は婚姻指輪の交換を告げる。
そうして二人は誓いのキスを交わしたのだ。
幸せの白い鳩が飛び立つのを、皆が目で追っている。
だから周りも、アレクシスさえも気が付かなかったのだ。
・・・メリンダが既に、元のメリンダではない事に・・・。
・・・さぁ、見せてもらいましょうか。
貴方の真実の愛とやらを。
私はニヤリと笑って、白い鳩に目を遣るのだった。
そうして私達は新居へとやって来た。
新居は小ぶりな一軒家。
メイドが二人いれば足りる程度の広さしかない。
私はテーブルに着き、アレクシスと向き合う。
「メリンダ、晴れて夫婦になれたんだ。
こんな幸せな事はないよ」
何も知らない顔で、幸せそうに私の手を握り話しかけてくる彼に、私はヒントを出した。
「私もよ。まさか、貴方と私が結婚するとは思わなかったわ」
「どうして?
・・・ああ。
あの悪女の事を言っているのか?
いくら邪魔されようとも、あんな女に屈する訳ないだろう?
俺が愛しているのは、君だけだ」
「・・・ええ。そうね。
もちろん、知っているわ」
私がにこやかに話すと、アレクシスは言いづらそうに口を開いた。
「あー、メリンダ?今日の初夜なんだが、後で夫婦の寝室で待っているよ」
・・・ふふっ、初夜ですって。
「アレクシス?言いづらいのだけれど、少し時間をくれないかしら?
心の準備がしたいのよ」
そう告げると、眉を顰めて渋々と頷いてくれたのだった。
そうしてアレクシスは『風呂に入る』と言って、バスルームへと行ってしまった。
ふふっ、ここで初夜を迎えてしまったら、流石に可哀想じゃない?
だって、メリンダじゃない私を抱いたなんて知ったら、きっと彼は絶望すると思うの。
だから私は、彼に猶予を与える事にしたのよ。
・・・彼はいつ気付くのかしら?
貴方に『最悪だ!』とまで言われた、そのままの私の言動と行動をメリンダがしている事に・・・。
早く真実の愛を私に教えてほしいわ。
そして私は、この生活に入る前に色々と準備をしてきたのよ。
呪いをかけた後、最後の仕上げを執事に伝えたの。
アレクシスの結婚式の日から3ヶ月間は、何があっても私をこの部屋から出さない事。
執事は『何故でしょう?』と首を傾げて聞いて来たわ。
だから、私、言ったの。
『もし外に出たら嫉妬のあまり、アレクシスと相手をきっと嬲り殺してしまうわ』と。
そうしたら、執事の顔から血の気が引いたのよ。
・・・ふふっ、可哀想な事をしてしまったわね。
だから、きっと大丈夫。
彼女が乗り込んで来ることはない。
変な事を口走っても、気が狂ったと思われて終わりだわ。
そうして目が覚めると、私は見慣れない寝室にいた。
・・・そうだったわ。
昨日メリンダになったのよね。
さぁ早速、アレクシスに会いに行きましょうか。
私はにこやかにアレクシスがいるリビングルームへと向かった。
「おはよう、アレクシス」
「ああ、おはようメリンダ。
昨日はよく眠れたか?」
昨日の初夜の件で思う事があるはずなのに、何も言って来ないのは、優しさからかしら?
「ええ。とてもよく眠れたわ。
今日はお休みでしょう?
何処かに出かけない?」
「ああ、いいとも。
何処に行きたいんだ?」
「そうね、貴方と一緒なら別に何処でもいいわ」
その言葉に目を丸くするアレクシス。
「そんな情熱的な事を言われるとは思ってなかったよ。
・・・けど、嬉しいな」
そう言って、はにかんで笑った。
その後の私達は、色々な所へ出掛けたり、二人で料理に挑戦してみたりと、普通の夫婦として過ごした。
そうして、早いもので期限の3ヶ月が経とうとしている。
「アレクシス、聞きたい事があるの。
私の事をどう思ってる?」
「なんだい?急に。
もちろん愛しているよ」
その言葉に、顔から表情が抜けそうになる。
・・・私はまだ、貴方を諦めたくない。
だから、メリンダじゃないと気付いて欲しい。
そうして私は、最後通告をしたのだ。
「・・・そう。
私、以前と変わったかしら?」
「妙な事を聞いてくるな。
確かに以前とは変わったと思うよ。
俺に対する愛情表現が増えたし、なにより積極的になったよな。
前よりも今の君の方が好きだよ」
ふふっ。あははは!
・・・笑える。
この人は、愛するメリンダの事も、もちろん私の事も何も見えていない。
何が真実の愛だ。聞いて呆れる。
私の中で、彼への気持ちが急速に萎んでいくのが分かる。
本当は今日、初夜を過ごしても良かったのだが、もうそんな価値をこの男に見出せなくなっていた。
それに、明日には元の体へと戻る。
だから、別れの言葉を伝えたのだ。
「3ヶ月間ありがとう。
・・・やっと、貴方を諦められそうだわ。
私が言えた立場ではないけれど、メリンダとお幸せにね」
そう言い残し、自室へと戻ったのである。
次の日、目覚めると、見慣れた天井が目に入った。
・・・戻ったのね。
早速、ベルを鳴らしてメイドを呼ぶ。
支度を終えた私は、執事を呼ぶように伝えた。
ドアをノックして入ってくる執事に、この3ヶ月間の様子を聞く。
話によると、私はメリンダだと主張し、外に出せと毎日騒いでいたようだ。
執事が『今日は落ち着かれていますね』と言うものだから『もう、私は平気よ』と告げた。
それに今までの話だと、私が二人を引っ掻き回し、酷い悪女のように思えるでしょう?
・・・けれど、真実は違うのよ。
元々、アレクシスは私の婚約者だったの。
幼馴染で仲も良好だったのよ。
なのに奴はメリンダと浮気をし、私を悪女に仕立てあげた。
彼を愛していた私は、何回も二人に忠告をしたわ。
・・・でも、それを逆手に取られたのね。
いつの間にか、真実の愛で結ばれた二人を引き裂く悪女。
そう、それが私。
そして、分かった事があるの。
真実の愛の前では、浮気も正当化されるのよ。
本当に、不思議よね?
だから、私は彼等に責任を取ってもらっただけ。
私の気持ちを弄んだのだから、当然でしょう?
でも、もうスッキリしたわ。
彼が気付かなくて本当に良かった。
もし気付いていたら、まだ彼を諦めきれなかったもの。
私もやっと、前に進めるわ。




