なんで俺だけなんだよ
はじめまして。読んでいただきありがとうございます。
この作品は、少し距離感のおかしい男子と、あまり人と関わらない男子の話です。
ゆっくり関係が変わっていく物語なので、気軽に読んでもらえたら嬉しいです。
「水瀬ー」
無視するつもりだった。
でも、その声はすぐ後ろにあった。
「なあってば」
肩に手が置かれる。
びくっと体が揺れる。
「……触んな」
振り払うと、そいつは少しだけ目を細めた。
でもすぐに、いつもの笑顔に戻る。
「冷た。傷つくんだけど」
朝比奈陽。
クラスの中心にいるやつ。
明るい茶色の髪に、少しだけ跳ねた前髪。
笑うと目尻が下がって、誰にでも好かれそうな顔をしている。
だから余計に、距離が近いのが怖い。
「てかさ、お前さ」
ぐっと距離を詰めてくる。
顔が、近い。
思っていたよりずっと近くて、思わず目を逸らす。
「なんでそんな一人でいんの」
「……関係ないだろ」
「関係ある」
即答だった。
少しだけ、言葉に詰まる。
「俺が気になるから」
軽い言い方。
でも、その目は逸らさない。
じっと、こっちを見てくる。
まるで観察されてるみたいに。
「……意味わかんねえ」
「いいじゃん別に」
机に肘をついて、俺の顔を覗き込む。
近い。
息がかかりそうな距離。
そのせいで、細かいところまで見えてしまう。
長いまつげとか、
少しだけ色の薄い瞳とか。
なんでそんなのに気づいてるのか、自分でも分からない。
「昼、一緒に食べよ」
「やだ」
即答した。
でも。
「じゃあ俺もここで食うわ」
「は?」
「お前が動かないなら、俺が動く」
にこっと笑う。
逃げ道を塞ぐみたいに。
「……なんなんだよ、お前」
思わず、そう呟く。
朝比奈は少しだけ首を傾げて。
それから、ぽつりと呟いた。
「忘れてるの?」
「……は?」
「いや、なんでもない」
すぐに笑う。
でもさっきより、ほんの少しだけ近い。
「逃げないよな」
小さく、そう言った。
「……は?」
聞き返す前に、話は流される。
昼休み。
結局、逃げられなかった。
向かいに座る朝比奈は、やたらと機嫌がいい。
「なあ、水瀬」
「……なに」
「お前さ、なんかやってるでしょ」
「は?」
「部活とかじゃなくて」
心臓が、少しだけ跳ねる。
「……別に」
「嘘」
即答だった。
そのくせ、どこか楽しそうで。
「音」
「……」
言葉が止まる。
なんで分かる。
「前、聞いたことある」
「……は?」
「放課後、音楽室」
その言葉に、背筋が冷える。
「綺麗だったよ」
まっすぐな声。
ふざけた感じじゃない。
「すげえなって思った」
視線が、外れない。
ずっと、こっちを見てる。
「だからさ」
少しだけ、距離が縮まる。
無意識みたいに。
「俺にも聴かせてよ」
断らなきゃいけない。
そう思うのに。
「……やだ」
やっと出た言葉。
朝比奈は少しだけ黙って。
それから、ふっと笑った。
「そっか」
その声は、さっきより低い。
「じゃあ、いいや」
そう言いながら。
机の下で、俺の手首を掴んだ。
「……っ」
驚いて見ると、指が絡むみたいに触れている。
離そうと思えば離せるのに。
なぜか、できない。
「逃げんなよ」
小さく、囁く。
耳に近い距離で。
「やっと見つけたのに」
その言葉と一緒に、指先が少しだけ強くなる。
まるで確かめるみたいに。
なんで。
なんで、俺なんだ。
そう思うのに。
その手を、振り払えなかった。
ここまで読んでいただき、ありがとうございました。
まだ序盤ですが、ふたりの関係には少しだけ違和感があると思います。
これからその理由や過去も、少しずつ明かしていく予定です。
よければ続きも読んでいただけると嬉しいです




