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魔法千年の孤独――マリスキューの店で聞いた話によると…  作者: ウニ
【第9話】 エドガー(英雄の父)33歳――無双のジーク
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4 微笑み

 回想を終えた僕は今、マリスキューの店の中で大きくため息をつく。


「長年の僕の苦労はなんだったのかな。本当、ジークはつくづく出来のいい子だよ」


 額を手で軽く押さえる僕の対面で、妻がくすっと笑う。あなたとわたしの子供だから優秀なんじゃないですか? とでも言いたげな優しい微笑みだった。


 ジークがようやく店に来たのはそんなときである。


「父さん、母さん、遅れてごめん!」


 入口の扉が開いて声が飛び込んできたと同時に、空気がぱっと華やいだ。


 声以上にその容姿は華やかである。僕らのもとへ駆けてきたのは華奢で小柄な十三歳の少女。いつものことながら、その顔立ちは妖精のように愛らしい。大きな青い瞳と雪のように白い肌。獅子のたてがみを思わせる金髪は緩やかに波打ちながら、風を受けたマントのように腰までふんわり広がっている。とてもじゃないが、鉄塊のような剣を軽々と振り回す『無双のジーク』には見えない。でもそれが本人なのだから仕方ない。


 僕とリズの娘ジーク――正式な名前はジークリンデ――は生まれつき尋常ではない怪力の持ち主なのだった。


 とはいえ、今日は戦場に来たわけじゃない。愛用の大剣は所持しておらず、代わりに小さな花束を抱えている。


「ふたりの結婚記念日のために前から準備してたんだ。修道院の薬草園で特別に育ててもらってたの。最高にきれいな花束にしたくて、色々こだわってたら遅くなっちゃった。はい、どうぞ!」


 ジークが僕と妻に花束を差し出す。白い花がたくさん集まって、半ば積乱雲のようになったものだ。驚きと喜びで僕の頭も真っ白になっていたが、ふと我に返る。


「なあ、ジーク。ひとつ言わせてもらうけど……結婚記念日は来週だよ? まだ先だ」

「細かいことはいいじゃない。せっかくの機会なんだから、前倒しで贈り物!」


 そんなふうに屈託なく言われると、父親としてはうなずくしかなかった。


「それもそうだな。素敵な贈り物、心から感謝するよ、ジーク」


 僕がにっこりして礼を言うと、妻も嬉しそうに頬を綻ばせる。


「うん、爽やかで優しい香り……。ありがとう。お母さん、今幸せで胸がいっぱいよ」


 僕と妻の喜びを見て、ジークもぱあっと大輪の花が咲くような笑みを浮かべた。


 やがて店の奥から店主のマリスキューが現れる。僕たちのために今まで飲み物を作ってくれていたのだ。両手で持った木の板の上には、湯気を立てる白い陶器のカップが三つ載せられている。


「お待たせしました」


 例によって平坦な声で言うマリスキューは、最初に出会ったときと容姿がほとんど変わらない。いや、まったく変わっていないように見える。あれから十六年も経ったのに。


 マリスキューの話によると、それは若さを保つ薬草の効能なのだそうだ。貴重品だから販売はしておらず、皆には吹聴しないでほしいと頼まれている。だったら黙っていよう。ちなみに僕はもっともっと年を重ねて、騎士の威厳と貫禄を身につけたいと思っている。


「あら、その花束は……」


 僕たちのテーブルにカップを置いたあと、マリスキューが静かに呟いて続けた。


「レツオリ草の花ですね。レツオリ草は環境によって形態が変わりますが、安定した土壌で丁寧に育てたのでしょう。とても素直な形で咲いています。状態も良好ですね」


 僕は思わず目を見開く。そうか、これはレツオリ草の花束だったのか――。


 思えば僕と妻が初めてこの店に来たとき、マリスキューにご馳走してもらったのがレツオリ草の香草湯だった。名前は忘れもしない〈転変の湯〉。文字通りそれを飲んだことで絶望的だった僕の人生は転変し、今のような幸福を手に入れることができたのである。ささやかだけれど、大切な巡り合わせ。この件がなければ、僕は前抜きな心を取り戻すことができず、妻との仲も進展せず、娘も生まれていなかった――かもしれない。そんなことを真剣に考えてしまうくらいには大事なものだった。


「だからレツオリ草の花束だったんだな……」


 僕が花束を見つめながらしんみり呟くと、ジークが誇らしげに胸を張った。


「前にマリスキューさんに教えてもらったんだ。父さんと母さんを喜ばせるには何の花がいいだろうって訊いたら、これがいいって」


 なるほど、納得のいく話だった。僕は苦笑してマリスキューに顔を向ける。ありがとうございます、と礼を言って頭を下げると、彼女も無表情で同じ仕草を返した。


 そしてジークがテーブルにつき、三人仲良くカップを傾ける。いつもながら素敵な香りだ。甘くて香ばしい落ち着いた風味が口の中に広がる。今日の香草湯もとても美味しい。


「これはヘイマク草で作った〈終祝の湯〉といいます。物事をやり遂げた人をねぎらって祝う、喜びの香草湯です。どうぞ今はゆっくりと心身を休めて、くつろいでください」


 いつもは意味深で謎めいたマリスキューの言葉も、今日は率直な慰労の気持ちが伝わってきて、しっかりと腑に落ちた。


「ありがとう、マリスキューさん」


 僕は礼を言い、それから妻のリズに顔を向ける。彼女の澄んだ瞳がこちらを見返す。


 十六年前に出会い、マリスキューの店で打ち解け、やがて恋人になって僕たちは結ばれた。本当に長い間、円満な夫婦を続けてきた。今まで何度リズに助けられたか。どれだけの喜びを彼女に与えてもらったか。互いに手を取り合って成長してきた、かけがえのない関係だ。今ではその中に娘のジークリンデもいる。

 遠い昔、絶望していた僕はもうどこにもいない。


「君と出会えて本当によかったよ。あのときから長い年月が経ったけど、僕の気持ちは今でも変わらない」

「エドガー?」

「愛してるよ、リズ」


 他にふさわしい言葉はなかった。驚いたように目を丸くするリズの頬がたちまち赤く染まっていき、わたしもです、と唇が小さく動く。隣では娘が無邪気に微笑んでいる。



 これが不死を誇る邪悪な魔法師を倒した英雄たちの日常だった。

 人が人を思い、植物が世代を重ねるように続いていく営み。それこそが人類の美徳であり、困難に打ち勝つ力でもあるのだろう。そう考えてマリスキューは珍しく柔らかな微笑みを浮かべたが、和気藹々と話に花を咲かせる家族たちの目に留まることはなかった。


ひとまずここで第一部終了です。ここまで一緒に歩んでくださった皆さまに心から感謝します。本当にありがとうございました。(作者ウニ)

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