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高級酒事件①



私は一旦万屋に戻り、眼鏡をかけフード付きのローブを被った。

「フードが取れた時用にカツラも被っちゃお」


闇市でやらかして、私の身元が裏社会まで広まっちゃったら大変だもんね。うんうん。


腰まであるダスティピンク色の髪をお団子に纏め、黒色セミロングのカツラにぎゅうぎゅうと押し込んでいく。癖っ毛だが、グレー混じりの落ち着いたピンク色の髪がお気に入りだ。魔界では少数派の色なのでそこも誇らしい。


そういえばこの前、魔界ヘアサロンで虹色の髪に染めている人を見かけたな。アフロ専門店が最近流行ってるっていう話も聞いたな〜。どっちもやってみたい!


だがしかし。私は人間界の絵本、「あらよっと!いつのまにか玉の輿お姫様」という作品に憧れているので幼少期からずーっとロングヘアを貫いている。


全身鏡で色々な角度から確認するが…私のこの毛量でこのカツラは厳しかったようで、黒色の頭が場所によってボコボコと隆起していてとても歪。


これはこれでいいね。いかにも魔族っぽくなった。私天才じゃん…?


フードを被り直し、これで軽く変装はできただろう。万が一に備え、催涙スプレーや煙幕弾等を鞄に詰め込んだ。


魔王様…じゃなくてルイがついてくるなんて本当に大丈夫だろうか?

貴族の坊ちゃんに何かあったらタダじゃ済まないよねえ…。

正直、魔王様かどうかはよく分からない。貴族なのは絶対!確実!何なら上級貴族だと思っている。立ち居振る舞いが並みの人じゃないもん。

どちらにしろ、悪い人じゃないのは何となく分かる。そして私がしっかり守らなくちゃね。


外はすっかり日が暮れ、周りの店の灯りや街灯がともり昼とはまた違った賑わいを見せていた。外で待ってくれていたルイと共に、私たちは夜の街に繰り出した。


私の歩幅に合わせて歩くルイは、フードを目深に被っていながらも背筋は真っ直ぐ伸び、堂々としている。


「…もっと猫背でオドオドしてないと逆に怪しくないですか?貴族のお偉いさんだってバレバレですよ?」


「ん?何か言ったか?」


街の賑わいで私の声は届かなかったようだ。ルイは歩きながら身を屈めて、私に視線を合わせてきた。


やっぱり優しいよね、この人。


「ふふ、何でもないです。…あ、そうだ。私のことは万屋以外の名前で呼んでくださいね?髪色も同じになったことですし、私達は二卵性の双子という設定でいきましょう!」


「何で敢えて双子なんだ。友人でいいだろう」


「設定は凝ってる方がいいじゃないですか」


「分かった分かった。よろしくな、我が妹よ」


「え?私が姉で、ルイが弟ですよね?」


どちらが年長者かという話で揉めたが、話が尽きることはなく、その後も他愛のない会話で盛り上がった。




「そろそろだな」



闇市の開催場所は時期によって変わるらしいが、特殊な情報網を持つ店長に事の次第を話すと、あっさりと開催場所を教えてくれた。ちなみに店長はこれっぽっちも私を心配していなかった。しっかり稼いでこいよー⭐︎とのことでした。


ありとあらゆる路地を抜け、ついに…


「ここが闇市…ドロドロした雰囲気で素敵…」


「…それは良かったよ」


魔界に慣れ親しんでいるため、不気味な人や店は日常茶飯事なのだが…闇市というだけあってより一層不気味な雰囲気だ。少し怖いと感じてしまうくらいには。


細い路地の両側には、骨組みしかない屋台や、地面に敷いたぼろ布の上に商品を置いていたりと売り方は様々。

赤や緑の魔石のランタンがぶら下がり、不気味な光を揺らしていた。


まだ始まったばかりなのか、客はまばら。

店員や客をすり抜けながら飛んでいる角がある小さな魔族は、彼らよりさらに小さな瓶に入った液体を飲んでは地面に落とし、それが割れるのを見て楽しんでいる。赤ちゃんなのかな、可愛い。そしてその液体は何なの?お酒?私も飲みたい。


きょろきょろと売り物を見て回る私の後ろを、ルイは「はしゃぎすぎ」と笑いながら案内してくれる。きっとこういうところは慣れっこなのだろう。



酒、薬、魔道具、見たことのない生き物。

何でも売っている。怪しい店もたっくさん。


「怖くないのか?」


「うーん、思ったより大丈夫でした。多分ルイが一緒に居てくれるからですね。一人だと入り口にも立ててなかったかも」



ふと視線を向けた先に、酒屋らしき屋台を見つけた。


すぐに近寄って酒瓶のラベルを見ると、なぜか王城の紋章付き。

ただの偽物の印刷かと思い瓶の底を確認するが、やはり王城の紋章が刻印されている。


「お兄ちゃん…」


「え、いま兄妹設定いるか?」


「これ王城の紋章ですよね?」


「…偽物では?」


瓶をクルクル回して再度見るが、この封蝋はやはり本物だ。


「これ王城専用酒ですよ。普通市場に出ません」


「詳しいな」


「お酒好きなので」


即答した。


王城専用酒はその名の通り、王城でしか飲めない特別な酒だ。

主な用途は外交用としてだから、酒造所で作られた後は王城に納められ、城の倉庫で保管・管理される。


それが闇市で売っているということは…。

「誰かが途中で横流ししてますね」


「誰が」


「倉庫管理か…王城関係者ですね」


「…(ほぼ正解だろうな)」


私達がコソコソと話している姿を怪しんだ店員に、「おい、それ触んじゃねえ」と注意されてしまった。


「は〜い」と瓶を置いてどうしようかと思っていた時。


同じ屋台で先程の店員が、今度は小さな魔族の少年を脅している。


「お前盗っただろ!?」


どうやら酒を盗んだと疑われているらしい。その子は私とルイの近くで商品を見ていたけれど、盗んだような怪しい行動はしていない。


突然店員はその子の顔を殴り、体格差もあってか少年は派手に地面に倒れ込んだ。


そんな場面を見せられたら、居ても立っても居られない。


「その子やってませんよね?」


「は?」


ルイが「やめておけ」というのも聞かず、私は少年と店員の間に割り込んだ。


「証拠もないのに殴るのはどうなんですか」


「テメェに関係ねぇだろ」


「関係あります。目の前でやられたら嫌なので」


「ああ?訳わかんねえ事言ってんじゃねえ!」

話の通じない店員は、怒声とともに右手を振り上げ私に殴り掛かろうとするが、この人の動きは遅い。ヒョイっと横に避けると、店員の股間を蹴り上げた。


声にならない痛みで地面をのたうち回る店員を横目に、少年に駆け寄った。


「大丈夫?もうこんなところ来ちゃ駄目だよ」


「でも…手ぶらで帰ったら…父さんに殴られる…」


嗚咽を漏らしながら泣き始めた少年の話を聞いている間に、店員の仲間らしき人が数人集まってきた。


「おいおい嬢ちゃん、殺されたいのか?…なんだ、上玉じゃねえか。金に変えてやろうか」


男たちはどこから持ってきたのか、金棒や鎌を手にジワリジワリと近寄ってきた。


ああ、これは流石にまずいかも。…うん、逃げるしかないね!

少年を抱き上げて立ち上がると、ルイが男達から私を庇うように立ち塞がった。


「え」


ルイが男達に「失せろ」と言った刹那、光が放たれ、彼等はは声を上げる間もなく倒れ込んだ。え、この人数を一瞬で制圧したの…?さっきのは魔法?


つ、強い……。

私なんて股間を蹴り上げるしか能がないって言うのに…。



ルイはこちらを振り返り、

「調子に乗るな。危険なことに首を突っ込むな。もっと自分を大事にしろ」と捲し立ててきた。


「る、ルイこそ危ないですよ!?」


「自分の身くらい自分で守れる」


「そうでしょうけど!そうじゃなくて!こういう人たち逆恨みするから…絶対狙われますよ!?

まあ元はといえば私のせいなんですけどね!?巻き込んですみませんでしたあぁあああ」


申し訳ないことをした、と可能な限り頭を下げ、半泣きで謝罪をする私とは対照的に彼はお腹を抱えて笑っている。…失礼すぎてますます泣けてくる。


「あー、おもしろ…。久々にこんなに笑ったわ。泣くなよ、俺なら大丈夫だから」


「ありがとうございます…。あ、ちょっと待っててくださいね…」


男達が倒れている今のうちにと

屋台に並ぶ酒を両手に取り、少年に手渡した。

「これ売ればしばらく食べられるでしょ。背中のリュックにももう二本入れとくね」


少年は泣きながら「ありがとう」と言い残し、その場から去って行った。


「…あれ依頼品だぞ」


「命より高い酒なんてないですよ」


そう言って笑ってみせると、ルイはしばらく私の顔を凝視した後、すぐに背を向けた。


え、私の顔そんなに酷かった?

それとも『王城のお酒を勝手に渡しやがって…!』と怒りで声にならない…!?

え、まさか、魔法発動中か!?


「あれれ〜…?お兄ちゃん?怒ったの?」


「妙なタイミングで兄扱いするな」

 

あ、怒ってないみたい。


「本当にありがとうございました。私本当に避ける!物投げる!股間蹴る!みたいな小技しかできないので助かりました。そして本当にすみません。私の幼馴染が騎士団に所属してるので、剣の稽古を再開してもらいますからね、安心してください。お兄ちゃんは私が守るからね!?」


「だからこのタイミングで兄扱いやめろ」

くるりと振り返ったルイの顔は赤く染まっている。


「照れてません?妹に弱い?それとも守られることにグッときました?」


私が揶揄っていると「今度剣の手合わせしてやろうか」とキレられた。←


「とにかく俺のことは気にするな。お前に怪我がなくてめちゃくちゃ安心してる」


「それはこっちのセリフです!手掛かりも掴んだことだし、帰りましょう!」




エミリアがルンルンで歩き始めた一方で、魔王はその場から動けずにいた。


エミリアが少年と男達の間に入った時、心臓が止まるかと思った。こんな思いは生まれて初めてだ。


背は標準だし、黒のローブの下に色々着込んでるけど明らかに体も細いし魔力もないし、勝ち目なんかないのがわかりきっていたからか…。

そのくせに俺のことを守る?正気?馬鹿すぎね?


あー、胸あたりがモヤモヤ、ザワザワする…。


『命より高い酒なんてない』

そりゃあそうだろうよ。そんなの俺でも知ってる。ただ、その時のエミリアの笑顔が頭から離れない。


「…あいつ魅了系の魔法使えんのか…?いやまさかなあ、気持ちいいぐらい魔力ゼロだもんな」


そして帰城後、側近のアレンと従者のポチに「帰りが遅い!」としこたま文句を言われたが、魔王の頭はそれどころではなかったのだった。


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