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過保護な魔王


万屋を出て少し歩くと、屋根の上から感じる視線。チラリと目をやると、こちらに向かって手を大きく振り満面の笑みを浮かべる男がいた。


面倒くさいが、あいつが来たということは何か用件があるのだろう。話をするために大通りから路地裏への奥へ奥へと入っていくと、先ほど手を振っていた人物がどこからともなく上から降りてきた。魔法を使用せずとも、無音で着地するから大したものだ。


「……お前なあ、あんなところでブンブン手を振ってたら目立つだろうが。で、何の用?」


「俺を置いて行くからこうなるんすよ。アレン様に『護衛なしで外出させるな』ってすっげえ怒られたんすけど!俺は御主人様の命令で諜報活動してたのに関係なくないすか?あー、今回も御主人様のために頑張ったのにな〜報われないな〜!…はやく一緒に帰りましょーよ」


腰まである灰色の髪を一つに縛り、目元以外は黒い布で覆ったこの男は、俺が公爵家にいる時から使える影の従者。普段は人前には姿は現さず、王城でも存在を知るのはアレンと、公爵家から連れてきたメイドの一人だけだ。


「ポチは先帰ってろ」

「ワン」


ポチというのは本名ではないが、本人の強い希望で呼んでいる。俺が何を言ってもニコニコして、犬のように尻尾を振るドMの変態。

こんな奴だが、スパイ活動においてはかなり腕が立つ。


「つうか、あそこの万屋にいいもんでもあるんすか?この前も行ってたっすよね?俺というものがありながら…妬けるな〜」


「気色悪いこと言うな」


「俺も行ってきていいっすか?この後予定ないし♪」


「さっさと帰れ」


「ええ〜?じゃあ次の非番の日にでも…」


「行ったら殺すぞ」


「御主人様に殺されるなら本望ですっ!」


ポチはうっとりした表情で体をくねらせている。ほんと何なんだこいつ。


「……そう言われると1ミリも触れたくねえわ」


「ああーその呆れた顔と蔑む目!釣れないところも大好きっす」


俺は無視を決め込んでポチに背中を向けて歩き出す。が、ポチはこの世で一番しつこい。


「御主人様、俺も万屋に行ってみたいっす」


俺の前にふわりと現れ、今度は不敵に笑っている。

…目は笑っていないが。


「そうかそうか、そんなに契約解除がしたいか」


俺も大人気ないが、ポチには『契約解除』という言葉が一番効く。主従関係を書面で交わしただけのただの紙の契約書なのだが、こいつにとってはそれはそれは大切なものらしい。


「すんません調子乗りました。それだけは勘弁です。死ぬまで御主人様の側に置かせてください!!!」



「へーへー」


「御主人様愛してますっ!」と抱きつこうとしたポチを魔法で吹っ飛ばした。身体能力の高いポチは、俺に飛ばされても壁を蹴って綺麗に着地しニコニコと笑っている。


毎度毎度懲りない男だ。気色悪いから抱きつくなと何度言えば分かるのか。今回は言う気にもならなかったが。


「あとはこの辺の治安確認するだけだし、アレンにすぐ帰るって言っといて。あー、あと今回の潜入長かっただろ?お前に何か土産でも買って帰るつもりだったからさ。帰って待ってろ」


「嬉しすぎて涙出るっす…ツンデレじゃん…」



土産なんて早く帰ってほしいための嘘なのに、ポチは引く程泣いている。ここで「お前って本当に俺のこと好きだよな」なんて言ってしまえば、俺への愛とやらを何時間でも語り出すのでグッと飲み込み、俺は今度こそポチに背を向け大通りまでの道を目指した。


治安確認は本当だ。前魔王の時代にまともな生活をしていたのは上級貴族だけだった。金も物資もインフラである魔力も平民にまでは回ってこない。そんな国をよくも放置できたものだ。


あの時文句を言いに行ってよかったかもしれない。あのままでは魔界諸共破滅していただろう。


…俺が魔王になる気は更々なかったが、なってしまったものはしょうがない。


次の魔王候補はいつ現れるのか…。戦闘とかいいから普通に王座を明け渡したい。


(落ち着いたら法改正でもするか?)


そんなことを考えながら街を練り歩き、ポチの土産を買い、気付けば酒屋に来ていた。


…やっべー、法改正のことを考えていたはずなのに、いつのまにか頭の中万屋の女(エミリア)のことでいっぱいになってたわ。無意識に酒屋って…。こわ…。


こんな姿、部下には絶対に知られたくない。


せっかくなので店に入り、棚に整然と並べられた商品を見てまわっていると、来客を知らせるドアベルが鳴った。


店主はその客に「いらっしゃい、また来たのか。まさかあの量を一晩で飲んだのか?」と常連客であろう人物に話しかけていた。魔界は酒飲みばっかりだな。店主の声を聞きながらさっさと商品を手に取りレジに向かっていると、ふと客の方と目があった。


「万屋…?」

「あれ?まおうさ」まで言いかけたところで咳払いをし、エミリアの言葉を遮る。こんな所で魔王様なんて呼ばれたらたまったものじゃない。


「…ルイだ、敬称はいらない。今度からはそう呼んでくれ」


エミリアは一瞬間抜けな顔をしたが、意図を理解したようで「ルイも来てたんですね」と笑顔を見せた。


どうやら彼女は、俺が依頼した件を酒屋に聞き回っているらしい。ここは街の中でも品数が多い有名店だそうで、エミリアも頻繁に利用するらしい。


褐色肌で、半袖からは筋骨隆々の腕が覗く店主はエミリアと親しげに話している。


「お嬢ちゃんの言う通り、高級酒はない。入荷が突然止まっててな」


醸造所で作られた酒は大倉庫に運ばれた後、各店に並ぶ。この店主曰く、醸造所は出荷しているが、大倉庫から先に回ってこないのだそうだ。


「ここだけの話、闇市に出回ってるって噂もある」


「闇市ですね!調べてみます!」


闇市は取引が禁止された商品の売買は当たり前、客層も悪いし危険を凝縮したような場所だ。

二つ返事で調べてみます、とは…この女は本当に何を考えているのか。阿呆すぎる。


彼女は店主に礼を言い、早々に店を出ようとしていたので、俺も手にしていた酒を購入し慌ててエミリアを追いかけて外に出た。


「情報ゲットですね!やった」


「…闇市は俺一人で調べるからいい」


「万屋は私ですよね?ルイは戻って仕事でもしててください」


「依頼しといてなんだけど、危険だぞ」


「知ってますよ。でも仕事なので」


真っ直ぐに見つめてくるエミリアに何も言えなくなる。そうとなれば俺のすることはただひとつ…。


「分かった。俺も一緒に行く」


城で待つアレンとポチにしこたま叱られそうだが。

しかし目の前の無鉄砲で危なっかしいやつを放っておく方が問題だ。

そんな俺の考えもつゆ知らず、エミリアは呑気に

「魔王様ってそんなに暇なんですかね?…やっぱりあれは冗談でした?」とケラケラ笑っている。


全く余計なお世話だ。


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