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万屋のエミリア・シャロ

魔界の下町に店を構える″万屋″は、情報通の店長と、事務処理担当のナナちゃん、そして私-エミリア・シャロの3人で店を回している。


店に足を踏み入れると、まず正面に受付カウンターがどんと構えている。


その背後の壁一面には、天井近くまで届く大きな棚。ぎっしりと詰め込まれた資料や本が、今にも雪崩れそうな勢いで並んでいた。


店の奥には作業部屋と物置、二階は店長の居住スペースが。


決して広いわけではないが、最低限のものがギュッと詰め込まれている。



休憩を終えて戻ると、店内には書類整理中のナナちゃんひとりだけだった。確か店長は泊まりでどこかに行くって言っていたっけ?…忘れた。ごめん店長。


受付に座り、店の窓から街を眺める。多くの人が行き交い、皆忙しなさそうにしている。それに比べ万屋は…


「……暇だよね〜……」


「最近はこの辺りも平和になりましよね…。前は物騒な依頼が絶えなくて、店長とエミリアさんが店にいることが少なくて寂しかったです。売り上げは減りますけど、私は暇なくらいが嬉しいです」


「ナナちゃん…!好き…!」


「エミリアさん、近いし酒臭いです。真っ昼間から飲まないでください」


ナナちゃんはこの店でいちばん歳下だけど、この店で1番しっかりしている。そしてツンデレ。可愛いったらありゃしない。

今日も栗色の髪をきっちり一つに束ね、金縁の丸メガネをかけ直しながら、ハグしようとした私を片手で押し退けている。


二人で小競り合いをしていると、来客を知らせるドアベルが鳴った。


「いらっしゃいませ〜…って、また来たんですか」

「また来たってどういう意味だよ?俺は大切な客だろう」

「ふふふ。変な客、の間違いですよ」

「…お前も十分変な店員だ」


来店したのは、今日が二度目の訪問となる青年。

黒髪に琥珀色の瞳、鼻筋はスッと通り、男性なのに肌は真っ白でキメが細かい。前回同様、黒色のローブを羽織り、店内に客がいないことを確認するとフードを面倒くさそうにとった。万屋に来る時は、何らかの理由で変装が必須なのだろう。ここに訪れる人は大体訳アリなので、特に気にも留めないが。



前回もどこか掴めない人だった。

初対面のお客さんには、顧客情報として記録するために職業を尋ねるのだが、「職業…考えたことなかった。…政治家か?」と、曖昧な回答。


妙な回答に、私は思わず笑ってしまう。

「あはは!何ですかそれ。無職なら無職と言ってもいいんですよ?無理に政治家にならなくても」


「…職業=魔王っていうのは変だよな?魔王って政治家か?」


目の前の男は真剣に考えているようだったので、私も真面目に返答してみた。←


「魔王様は魔王様じゃないですか?…魔王様ってだけで他とは別格な気もしますし…。えーと、ん?結局貴方の職業は何でしたっけ?」


なぞなぞでも出されている気分だ。訳がわからなくなってきた。


「お前の言う『他とは別格の魔王』でいい」


「え?本当にここに書きますよ?恥ずかしくないですか?書きますからね?ま、お、う、と。はい、登録できました。ありがとうございます」



ということがあったのが前回。私の中での魔王様は、王城務めの騎士以上に筋肉がっしりでかなりの大柄、鋭い目に無精髭、そして歳も中年以上といったところだろうか。

というのも数年前だが、何かの演説で一度だけ姿を見たことがある。魔王様が代替わりしたとしても…この人の身長は180は優に超えているだろうけど、体格は細身で…騎士と対峙したらあっという間に負けちゃいそうなんだけど…。『魔王様』というより、人間界の童話に出てくる『王子様』の方がしっくりくる気もする。


私が妄想を膨らませていると、目の前の男は手をヒラヒラさせながら呆れていた。


「おーい、万屋ー。意識飛んでるぞー」


「すみません。めちゃくちゃ失礼なことを考えてました」

「そんな気はしてた」


魔王様は少しだけ口角を上げて、優しく微笑んでいる。まるで愛しいものでも見ているかのように。…それはちょっと自意識過剰すぎるか。

勝手に気恥ずかしくなって、本題へと入る。


「そういえば、今日はどうされたんですか?」



「最近特定の酒だけ市場に並ばなくて気になっている」


魔王様は流通がストップしているというお酒の一覧表を見せてくれた。

その中には、私の大好きなお酒「超ウメェ酒」と超高級酒が並んでいた。


「こ、これは…!大事件じゃないですか!ここ最近全然買えなくて毎晩泣いてました。あまりにも大事件…」


それまで静かに書類にペンを走らせていたナナちゃんが「どこがですか!?」と怪訝な顔。魔王様も若干引いている。


「ナナちゃん、これは万屋の歴史に残る大事件だよ…絶対に何か裏があるに違いない」


「そうだろ?」


「…魔王様もエミリアさんを揶揄わないでください。エミリアさんったら、お酒のこととなると見境がなくなっちゃうので。例えばですけど、原材料が不足しているとか、人気すぎて生産が追いつかないとかそういう問題ではないんですか?」


魔王様もその線で調べたみたいだけど、そんなことは全くないらしい。

それを聞いても、ナナちゃんはまだ乗り気ではない。

ていうか、しれっと失礼なこと言ってなかった?お酒のことになると見境がない?…図星だけど!ぐぅの音も出ない!それが原因で、異性に振られたこともある…私の黒歴史だ。



「まあまあ、報酬は弾むからちょっとだけでも調べてくれよ。これ前金」


ドン。と机に置かれたのは麻の小袋。ナナちゃんが中身を確認して目を輝かせていた。

その反応を見た魔王様は、追い打ちをかけるように畳み掛ける。


「成功報酬は前金の二倍」


「エミリアさん!このお話受けましょう!お願いしますね!」


ナナちゃんの目つきがさっきまで違う。前のめりで引き受けているもの。前金として相当貰ったに違いない…。


「酒好きの万屋には、城にある秘蔵酒何本か持ってくるわ」


「魔王様最高!素敵!」


こんなに嬉しい報酬はない。私もナナちゃんと同じように目を輝かせ、今日一番の笑顔が溢れた。


魔王様の琥珀色の瞳が大きく見開いたことにも気付かず、私はナナちゃんと手を取り合って喜んだ。


魔王様はフードを深く被り直して、「じゃ、頼んだぞ」と背を向ける。


「またいつでもきてくださいね〜!あ、もちろんお酒を持って!」


にっこにこの笑顔で声をかけると、魔王様は一瞬振り返って「成功報酬じゃないのかよ」と笑っていた。




静かになった店内で、女子二人は余韻に浸っていた。

「ああ〜秘蔵酒だって…高級なお酒楽しみだよおおお」

大の酒好きエミリアは顔を赤らめてうっとりとし…


「前回もですけど、さっきの人羽振りがいいですよね〜〜!!この札束、まだ数え終わらないんですけど…一生数えていたいです!!」


…ナナちゃんとやらは金に目がないらしい。


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